第四問 配信者の正体看破

第17話 山仲美世は付き添いたい

 翌週、月曜日。


 テスト結果がちらほら返却され始めた日の昼休み。


 クラスメイト各々が自由に昼食を取る2年B組で、私――山仲美世は大きくため息をついた。


 悩みの種の正体は分かりきっている。


寄坂よれさか櫛奈くしなは、10年前に殺されたんだよ。和菓子先生の手によってね』


 とんでもない爆弾発言を残して姿を消したAI。


 あまりの衝撃に呆然としたままその日は帰ってしまった私であったが、翌日のテスト最終日の放課後に、もう一度彼に会いに行こうと試みていた。


 そう、のだ。実際はたどり着けなかったのだが。


 視聴覚室Cは第二校舎の四階にあるはずだ。それは間違いない。だが、第二校舎の四階を隅から隅まで探しても、視聴覚室Cなんて教室はどこにも見当たらなかったのだ。まるで――最初からそんな教室は存在していなかったかのように。


「夢でも見てたのかな……」


 しかし、それが夢ではないと証明するように、天使のバゲットの抽選に私は当選していた。


 胸の内のもやもやのせいで、あまりよく味わえなかったのが心残りだが。


 一体何がどうなっているんだろう。


 はあ、ともう一度、私は大きく息を吐く。そんな私を、奈月と佐夜は珍獣でも見るかのような目で見つめていた。


「食いしん坊バカアホ美世に食欲がない……!?」


「大丈夫? はい、チョコあげるから元気出しなって」


 佐夜が個包装のチョコレートを次々と私の目の前に積み上げていくのを、私はぼんやりと見る。奈月は呆れた目を佐夜に向けた。


「アンタ、それまたおまけつきってやつ?」


「ふっふっふ。惜しいぞ奈月ちゃん。これは、この聖母子学園の学園祭で行われる、芳呉よしくれサカナちゃんのライブチケット応募券の副産物であーる」


「あーなんか購買でやってたわね、そういえば」


 佐夜の言葉に、はてと私は考える。


「そんなのやってたっけ?」


「アンタはお菓子そのものにしか興味が無いからね……」


「むっ、お昼ご飯にも興味はあるよ!」


「そういう問題じゃなくてね?」


 苦笑いしながら奈月は私の前のチョコレートに手を伸ばす。


「ま、何があったかは知らないけど元気出しなよ。もうすぐ学園祭なんだし」


「そうそう。学園祭のライブではサカナちゃんの中の人である誰彼たそかれモカ様も……おっと、これは公然の秘密なんだった」


 わざとらしい誤魔化し方をする佐夜に、やれやれといった顔の奈月。そんな二人を見ているうちに、私もだんだん元気が戻ってくる気がしてきた。


「……よし! 一旦このことは置いておく! 二週間後の学園祭楽しむぞー!」


 学園祭の準備は、期末考査明けの月曜――つまり、今日から毎日放課後に行われる。


 二週間もあると捉えるか、二週間しかないと捉えるかは自由だが、時間制限があることだけは事実だ。


 気合いを入れる私に、奈月と佐夜も笑顔になった。


「そうそう、アンタはそれでいいのよ」


「チケット三枚当たったら分けたげるからねっ」


「いや、それは別に要らないけど」


 そっけなく断る奈月に、佐夜はえーっと大げさに抗議する。そんな二人をほのぼのと見ている私だったが――不意に教室のスピーカーから鳴り響いた聞き覚えのある声に、私は絶望の淵にたたき落とされた。


『2年B組40番、山仲美世。放課後、生徒指導室まで来るように。繰り返す――』


 幾重にも反響しながら校舎中に響き渡る宣告に、友人二人は私の肩をぽんと叩いた。


「まあなんだ。がんばって?」


「叱られた後には楽しい楽しい学園祭が待ってるぞ!」







 そういうわけで、私は今、生徒指導室の前にやってきていた。


 まるで最初にここに呼び出されたときのように、心臓はバクバクと暴れ回っている。


 理由はわざわざ考えなくてもわかりきっている。そして――私がここで取るべき行動も明白だ。


 私は生徒指導室のドアをぐっとにらみつけて覚悟を決める。学生証を取り出してコンソールにタッチすると、ピーという電子音とともにカギは開いた。


 もう一度だけ深呼吸すると、私は勢いよく生徒指導室のドアを開いた。


「和菓子先生……自首してください!」


「は?」


 部屋の奥では、格好つけたポーズを取ろうとして失敗したみたいな体勢で、和菓子先生が間抜けな顔をしていた。


「ネタは挙がってるんです! 和菓子先生は学生時代に寄坂櫛奈さんを、こ、殺したんですよね!」


「え?」


「言わずとも分かってます。先生がそんなことする人じゃないってことぐらい! だからきっと事故とかだったんですよね!」


「ちょっと」


「一人で警察に行くのが怖いなら私が付き添ってあげますから! 大丈夫ですよ! きっとジョージョーシャクリョウってやつがありますから!」


「待って、何? 何の話?」


 あくまですっとぼける先生に、私はこれまでの経緯を説明する。


「かくかくしかじか!」


「あーなるほど? ふふっ、そっかー」


 こちらが真剣に話しているというのに、先生は面白そうに笑うばかりだ。私はだんだんむかっ腹が立ってきて、むすっとした顔で先生に言い放った。


「もう、本気にしてくれないなら捕まっても弁護してあげませんからね!」


「あはは、それは怖い」


「本気なんですからねー!」


 全身を使って不服を表しているというのに、和菓子先生はそれをすべて無視して私の横をすり抜けた。


 パタンと音を立ててドアが閉まり、自動的にカギも閉められる。私は真っ青になった。


「ま、まさか私を閉じ込めて口封じを――!?」


「そんなわけないでしょ。ほら、コーヒーと紅茶どっちがいい?」


「チョコを持ってきたので紅茶がいいです!」


「はいはい。まあ座りなよ」


 余裕たっぷりに促され、私は釈然としない思いのままソファに腰を下ろす。


 和菓子先生はティーバッグをカップに入れると、それにお湯を注いだ。こぽこぽという音とともに、ゆっくりと紅茶の香りが部屋中に広がっていく。


「あれ? 今日は紙パックの紅茶じゃないんですね」


「は? だってもう寒い季節じゃん。俺だって鬼じゃないんだよ?」


「えっ」


 意外なことを言い出した和菓子先生を私は目を丸くして見つめる。


 まさか風情のない紙パック直注ぎ紅茶が、単純なもてなしのつもりだったとは。


 自分は熱いコーヒーを苦そうにすすっている和菓子先生に私はなんとなく尋ねる。


「じゃあ、和菓子先生が熱いコーヒーを飲んでるのは先代の和菓子先生の真似ですか?」


「何が『じゃあ』なのか全然わかんないんだけど……。そうだよ。何か悪い?」


 ぶっきらぼうに答えた和菓子先生に、私は微笑ましくなってふふっと笑う。


「和菓子先生って可愛いところあるんですね」


「急に何なのもう……。入ってきたときといい、君は暴走列車か何かなの?」


「失礼ですね! 友人からは無軌道の狂戦士ともっぱらの評判なんですよ私は!」


「胸を張ることじゃないでしょそれ……。はい、紅茶どうぞ」


「わあ」


 目の前に置かれた紅茶を早速、口に運ぶ。茶葉の善し悪しは私には分からないが、シンプルではっきりとした味わいが口の中に広がった。


 それをしっかり飲み込むと、私はいそいそとチョコレートを鞄から取り出し始めた。


「今日はお茶菓子を持参したんですよ。友達からのお裾分けなんですが」


「……君さあ、どうして自分が呼び出されたのか忘れちゃったわけ?」


 ため息交じりの先生の声に、私はハッと正気になる。


「そうだ! 先生、自首を……!」


「違う違う。俺の用件は、『赤点マシーン美世ちゃんへのお説教』だよ」


「え?」


 きょとんと目を丸くする私に、和菓子先生は大きく嘆息する。


「テスト最終日の四教科中、三教科で赤点をたたき出したおバカちゃんがこの部屋にいるんだけど誰か分かるカナー?」


「えっ、誰ですか?」


「お前だよこのバカが!」


「ひええ……」


 縮こまりながらも私は手の中のチョコレートをもそもそと食べる。和菓子先生は戦慄した顔をした。


「無敵かこいつ……。君は何? 捕食される直前まで食欲を優先させるいじきたない小動物か何かなの?」


「それって小動物みたいに可愛いってことですか? キャッ、照れちゃいます!」


「助けてくれ……手に負えない……」


 和菓子先生は自分側のソファにどかっと腰掛けるとそのまま天を仰ぐ。私はもう一口チョコレートを頬張った。


 先生はそのままの姿勢でしばらくぐったりとしていたが、気を取り直すように大きく息を吐くと、私に向き直った。


「2年B組40番、山仲美世。君、俺の補習に合格しないと学園祭参加禁止だから」


 私は、衝撃でぽろりとチョコレートを取り落とした。


「ええーーっ!」

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