第6話 メイドと従業員と警察と

 朝。慣れとは怖いもので、それが当たり前かのように望月さんと登校をしていた。住んでる家が同じだからそうなるのも当然と言えば当然なのだが。


 周りを警戒しながらいつもの通学路を歩く。昨日、望月さんは家を襲われここに逃げてきたと言っていた。襲った連中が、再び望月さんを狙わないとは考えにくい。警戒しておくに越したことはないだろう。


「橘さんってすごいよね。家事はテキパキこなしちゃうし、所作も綺麗っていうか! そういえば橘さんも忍者なの?」


 望月さんは何も気にしない様子で話してくる。しかしそれでいい。変に警戒している方が相手にバレやすいからだ。


「いや、橘さんはちょっと違う、かな。まぁ忍者と同じって思ってもらっていいと思うけど。メチャクチャ強いし」

「強いんだ!」

「そりゃもう。色んな暗器を取り出しては相手をズッタズタに──」

「おや、それは怖いですね」


「「え」」


 突然の声に振り替えると、そこにはメイドが立っていた。


「おわぁ!?」

「きゃあ!?」

「おや、驚かせてしまいましたか」

「なぜにここにいるんです!?」

「ふふ、口調が面白いことになってますよ若。要件はこれです」


 橘さんはカバンから2つの袋を取り出した。


「お二人とも、お弁当を忘れていますよ」

「あ、忘れてた……。ありがとうございます橘さん」

「いえいえ。こちらは由愛様の分です」

「わぁ、ありがとうございます! いつもすいません、私の分まで」

「勿論です。今や由愛様は若の妻──ではなく配偶者ですから」

「言い直す意味あった? 違うからね」

「それはそうと若」


 ぐっと距離を詰め、顔を近づけられる。ただでさえ普段の振る舞いからも大人の色香が漂っているのに、それがより濃く感じられる。というか視界が橘さんの顔で埋め尽くされているんだが。


「私めの痴態を由愛様にお話しすることは無きよう、どうかお願い致します」

「痴態て。お、俺はただ橘さんがメチャクチャ強くて格好いいってことを──」

「それ以上喋ると接吻で窒息させます」

「接吻で窒息!?」


 そんな日本語あるの!? と思ったが、橘さんならやりかねない。ここは大人しく言うとおりにすることにした。


「それでは私はこのあたりで失礼します。若、由愛様、お気をつけて行ってらっしゃいませ。若、お褒めいただけるのは大変嬉しいですが、どうか私と若だけの特別にさせてくださいね」


 そう言ってニッコリと笑った橘さんは去っていった。


「びっくりしたね。全然気配分かんなかったよ」

「あぁ……さすがだよ橘さんは」


 橘さんレベルの人に襲われたらどうしよう、と考えたがやめた。あんな人が何人もいたら、この街は紛争地帯にでもなっていることだろう。



 授業中、昨日の橘さんの話を思い返していた。

 特に気になるのは、やはり橘さんの家を襲った連中だ。


 異能の研究を断罪せんとする連中なのか、はたまた悪事に拍車をかけようとする連中なのか、どちらか今の時点では全く分からない。


 こういう時、頼れるツテがある。

 気乗りはしないが、万が一のこともある。

 俺は放課後、とある場所に行くことを決意した。



「……」


 放課後、校門にて望月さんを1時間ほど待っていたが、一向に現れる気配がない。

 いや、元はと言えば、何も言わずただ待っている自分が悪いのでは? 

 放課後付き合ってほしい場所がある。校門前で待っているから一緒に行こう。

 なぜ言わなかった……。こうなってくると自分にしか非がないようにしか見えない、というか自分にしか非がない。


「待てよ」


 望月さんの身に今現在進行形で何か起こっているとしたら?


 そう考えると焦りと罪悪感はどんどん強くなる。自分が傍にいてやらなかったせいで、彼女は──。


「服部くん?」

「っ!?」

「わ! ごめん、驚かせちゃったかな」

「も、望月さん」


 こちらの心配をかき消すほどいつも通りの望月さんがそこにいた。


「あ、もしかして待ってくれてた……? ごめん! 友達と話してて、部活とか入らないかって誘われてたの。ちょっとだけ部活見学してたんだ」

「いや、俺も何も言わなかったのが悪いし……」

「ということはやっぱり待っててくれたんだ。いひひ、優しいねぇ服部君は」


 意地悪な笑みを浮かべる望月さん。昨日の夜とは大違いだが、やはりこちらの方が彼女らしい。


「実は、今日会わせたい人がいてさ」

「え、そうだったの!? 時間とか平気?」

「それは大丈夫。待ち合わせをしてるわけでもない──いや、あの人は時間守らないから待ち合わせても意味ないか。とにかく、大体行きそうな場所の目星はついているから」

「分かった。それじゃエスコートよろしくお願いします、忍者様♡」


 スカートの端をちょんとつまんでお辞儀をする。振る舞いは洋風なのに忍者……。世界観がメチャクチャだ。


「忍者って単語は控えてね。あと目立つのも禁止」

「はーい」



 目的地に向かう最中、気になっていたことを聞くことにした。


「あまりへこんでないんだね」

「ん? ふぁふぃふぁ?」


 いつの間に買ったのか、望月さんはあんまんを頬張りながら首をかしげていた。


「いや、昨日の話からすると望月さん襲われたんだよね。塞ぎ込んだりしてないからすごいなって」

「いやぁ照れますなぁ」


 褒めてない、と言いたいところだが普通にすごいと思う。知らない人に襲われたにも関わらず、トラウマにもならず、こうして自由に過ごしている。


「私、かなりの負けず嫌いなんだ」

「……? はぁ」

「あれ? ピンと来てない? うーんとね、安全な場所に引きこもって、自分のやりたいことは我慢して、何もせずに過ごす。確かにそれは一番安全だと私も思うよ? でもさ、それって負けた気がしない?」

「……分かるような分からないような」

「だからね、お前たちの思い通りにはならないぞ! って事かな。お前たちなんか怖くない、臆してたまるものか! って感じ!」

「はは、やっぱりすごいよ望月さんは」

「えへへ、また褒められちゃった」


 俺も見習いたいものだ。そう思ったところで、目的地に着いた。


「おぉ~! すごいにぎわってる!」

「この辺りの繁華街は俺たちの学校の生徒もよく利用してるのを見るかな。ちょっと遠いから、俺はたまにしか来ないけど──」

「おじさん! コロッケ一つ!」

「あいよ! コロッケ一つね!」

「行動力の化け物だなホントに……」


 目を離すとすぐにどこかへ行ってしまうのでよく見張っておかなくては。


「ふぉれふぇ」

「食べ終わってからでいいよ」


 コロッケを頬張りながらでは真面目な話もできやしないだろう。


「それにしても──いやなんでもない」

「……めっちゃ食べるなデブ女、少しは自重しろとか思ったでしょ」

「いやそこまで思ってないから」

「ちょっとは思ったんだ!? い、いいもん! 後で修行するから動くし! だからこのコロッケは実質カロリーゼロ!」


 望月さんのハチャメチャ理論を適当に聞き流し、目的の人物を探す。


「この辺りだと思ったんだけど……」

「この辺ってパチンコ屋さんぐらいしかないけど……私たち入れないよ?」

「パチンコ屋さんに入るわけじゃないよ。今から合う人は結構その類の店に入り浸ってるから、大体この時間になれば死にそうな顔で──いた」


 目的の人物。それは繁華街から少し離れた公園のベンチに座っていた。

 座っている、というより項垂れているという方が正しいかもしれない。


 背広姿の男は完全に地面に向き合っており、話しかけるのもためらわれる雰囲気だった。


「ついてねぇや……今日は」


 そう言って顔をあげ、今度はベンチに大きく寄りかかり天を見上げていた。


「ねぇ服部君、あの人? はっ、もしかして、忍者のお偉いさん? これから始まるスパルタ特訓!?」

「いやいや、全然違うから。申し訳ないけど今日は紹介だけね。そんな怖い人じゃないから大丈夫」


 30代ぐらいの背広姿の男性。普通なら話すのに緊張するかもしれないが、素性を知っている俺は容赦なく話しかけた。


日比谷ひびやさん、こんにちは」

「ん? おぉ~、ハトリの坊ちゃんじゃないですかい、珍しいですねぇ、坊ちゃんから会いに来てくれるだなんて」


 相変わらずひょうひょうとした人だ。自由気ままというか、なんというか。


「日比谷さん、仕事中じゃないんですか?」

「いえいえきちんと仕事してますよ。街の治安維持に尽力しておりますんで。おや、そちらのお嬢さんは……もしかして結婚報告ですか?」

「橘さんといい日比谷さんといい……色々とすっ飛ばしすぎですよ」

「えっと、望月由愛っていいます」

「やー、これはどうもご丁寧に。私、刑事の日比谷黄河ひびやこうがって言います。よろしくお願いします」


 そう言って日比谷さんは手慣れた感じで警察手帳を見せた。


「け、警察の方だったんですね」

「えぇまぁ。今も立派に職務を全う中という訳ですよ」

「よく言いますね。どうせまた今日も負けたんでしょ」

「いやぁ後1万……いや、5千円もあれば勝てたんですって。ところで坊ちゃん、お金貸してくれたりしません?」

「警察が学生にお金借りちゃダメでしょ……」

「すぐ返しますから~、何だったら儲け分の3割上乗せして返しますんで!」


 ギャンブル中毒者の言うことなぞ聞いてられないので、適当に受け流すことにした。

 ほら見なさいよ、職務中にパチンコ打ってるって分かったら望月さん引いてますやん。


「どうせスるんですから今日はもう賭け事止めて、話聞いてくださいよ」

「とほほ……え、話? 私にですか?」


 少し声の大きさを落として、切り出した。


「異能について、最近何か事件とか起きてないですか?」

「異能……ですか。坊ちゃんの口から聞くことになるとは。今日はどうしたんですホントに」

「まぁまぁ。それで、どうなんですか?」

「ふぅむ。ここ最近大きな事件は特にないですけどねぇ。あ、最近ニュースになってた詐欺グループをボコボコにした、ぐらいの事件はありますけどね。まぁ坊ちゃんなら知ってて当然──」

「ん゛ん゛っ゛! その類以外で」

「さぁ、これといった事は無いですよ。ホントに」


 この人は胡散臭そうな見た目と口調をしているが、信用はしている。本当に事件などは起こっていないんだろう。


「ふぃ、ちょっと喉が渇いてきましたねぇ。いやぁ春先だっていうのにもう暑くて暑くて」

「あ! 私、飲み物買ってきましょうか! 私も喉乾いてるので!」


 元気よく望月さんが手を挙げた。


「えぇほんとですか!? いやぁおごりなんて──」

「200円、ほら出してください」

「しょぼーん……まぁいいですよっと。これで3人分買ってきて貰っていいです?」

「え、いいんですか!?」

「そりゃもちろん。札じゃなきゃ遊技はできないですからねぇ」

「???」


 何言ってるのこの人? といった感じだったが、じゃあ買ってきますねとウキウキしながら望月さんは自販機に向かっていった。

 この人がお金を出す、それに奢るとは珍しい。それはそうと、学生をパシリにするとは最低な大人だ、そう思った時だった。


「ま、さっきのは表向きな話ですが、私個人としてはちょっと警戒態勢ってところですかね」


 日比谷さんの口調が少し変わった。先程のような幼稚臭さは抜けて、真面目な大人の雰囲気を漂わせている。


「というと?」

「街で妙な連中を見かけることがあるんですよ。スーツを着て基本的に2、3人で動いている。歩き方とか見てるとどうも普通の人とは違っていそうなんですよねぇ」

「……」

「坊ちゃんが珍しく私を訪ねてきたことといい、あの見慣れない女の子と言い、いつもの日常から少し外れてることが連鎖的に起きている。こんなのが続くときは、決まって何か起こる。個人的な経験則です」

「……何かっていうのは」

「そこまでは何とも。まぁ──」

「お水買ってきましたよ~!」

「坊ちゃんがいれば、まぁ問題ないかなって思ってますけどね~」

「……そうですか」


 いつもの口調に戻った。


 しかし、気の抜けない状況ということは分かった。用心しておくに越したことは無い。帰り道、いつもより周りを警戒しながら家に帰った。

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