第5話 異能

 異能について教えてほしい。

 普通であれば断るが、彼女の目からは強い決意を感じた。断るのは無理だろう。


「とりあえず部屋の前で話すのもなんだから中に──」


 部屋にあげようと思ったが、部屋の惨状を忘れていた。


 Vtuberの配信画面が映ったパソコン。ありとあらゆる場所に配置されたフィギュアやグッズ。壁に貼られたポスターなど隠そうにも隠せないものばかりである。


「と、思い至った訳ですが、客間でゆったりと話しませぬか?」

「ど、どうして急にそんな口調に……? あまり人に聞かれたくない話だからちょっと──」

「いやぁ、今部屋が想像の2000倍ぐらい散らかってて──」

「そ、そうなんだ……大丈夫? 寝れるスペースある?」

「ダイジョブダイジョブ。この時間ならだれもいないし、橘さんにも言えば人除けぐらいしてもらえるからさ」

「……ん、ありがと」


 危ない。なんとか死守できた。別のドキドキも抱えながら俺たちは客間へと向かった。



 客間でお茶を2人分用意し、向かい合って座る。状況が状況であればお見合いのように見えるが、そんな雰囲気ではなかった。本題に入るとしよう。


「異能について知りたいってことだったけど、条件はある」

「条件?」


 2本指を立てる。


「まぁ基本的で一番重要な事だけど、まず一つは口外しないこと」

「それはもちろん」

「……」


 そこが一番不安なんだよなぁ。


「もう一つは、理由を教えてほしい。どうして異能について知りたいのかを」

「……そう、だよね」


 可哀そうだが、ここは心を鬼にして話す。


「望月さん、異能って言葉を聞いてからやけに気にするようになったというか、元気も無くなってたし。もし話せるのなら、話して欲しい。興味本位で聞きたいだけなら、悪いけど教えることはできない」

「……そっか。服部君、よく見てるね。あはは、隠してるつもりだったんだけどなぁ」


 あれで……? と思ったが傷つけそうなので黙っておくことにした。


「うん。話します。包み隠さず、ね」

「……分かった。といっても、俺も異能について詳しい訳じゃない。忍者の間で語られてる、共通認識レベルの話になると思う」

「うん。それで大丈夫」


 単純に話すよりも書いた方がいいだろうと思い、iPadで文字を書き起こす。


 異能は多種多様である。

 異能は一人の人間に対して一つ。

 異能に取り憑かれることなかれ。

 異能といえど、一人の人なり。


「これが異能に関しての規則のようなものになるかな」

「ふむふむ……」

「まぁ上2つは説明しなくても書いてあることの通り。3つ目からは掟になる」

「掟……」

「異能っていうのは、人工的に生まれたものじゃなくて、ある種神様の贈り物、みたいな捉え方を昔からしてたから、その名残。要約すると、執拗に狙ったりするなってことかな。よくいるんだ。研究目的で異能者に対して不当な実験をする困ったやつらがさ」

「そっか……」


 今までで一番暗い顔をしている。どうやら何かに触れてしまったらしい。


「最後だけど──」

「うん。その前に、そろそろ私のこと、話さないとね」

「あ、あぁ……」


 秘密にしているのが辛かったのか、望月さんは俺の話を遮るようにして話を切り出してきた。


「どこから話せばいいかな……うん、まずは見てもらった方が早いかも」

「見る?」


 望月さんは立ち上がり、両手を頭の近くへと持って行った。


「うーん、うーん……」


 静かに見守っていると、その瞬間は訪れた。


「えいっ!」


 バチィッ!!


「うおっ!?」


 大きな音と共に目の前に光が広がった。一瞬のことでよく見えなかったが、少し焦げ臭いような匂いが辺りに漂っていた。


「異能、か」

「うん……私、こんな体質なんだ。人よりも感覚が過敏で、ちょこっとだけ、電気も出せちゃう」

「そっか、だからか」

「……? 何が?」

「望月さん、忍者とか気配を隠してる人間をすぐに見つけたでしょ。人の気配に敏感なのは、人から発している微弱な電波を拾ってるんだろうね」

「あ、そういうことなんだ。えへへ、ますます普通じゃないね」


 無理に笑っているのが嫌でもわかる。それぐらいぎこちない笑い方だった。


「実はね、私追われてきたの」

「なんだって? 誰に」


 ふるふると望月さんは首を振った。


「分かんない。怖い人たち。でも、お父さんとお母さんが罪を犯したから、私も同罪なんだと思う」

「罪って……」

「異能の研究。さっき服部くんが言ってたヤツだよ」

「……」


 禁忌とされている異能の研究。

 実際に俺もそういった危険行為に及ぶ人物と何度か対面したことがある。


 そのほとんどが、人体を滅ぼしかねない危険な人体実験を企てていた。


「異能についてたくさん調べてた。研究室みたいなのもあったんだよ? もうびっくり。私が出かけたり、寝たりしている時に、研究室に引きこもって作業してた。私に感づかれないように」


 望月さんは、こちらを見て困ったように笑った。


「私のこと、どうするつもりだったんだろうね」


 返す言葉が無かった。

 実の両親に人体実験の被験者にされるかもしれない。そんなこと考えたくもなかった。


「でも、神様はちゃんと見てた。私の家、っていうか別荘があるんだけどね。そこに、スーツを着た変な人たちが押し入ってきて、家はメチャクチャ。私は何とか逃げ出すことができた。お父さんとお母さんは、まだ知らない。それから、おじいちゃんに色々助けてもらって、変な人たちに追われながらここまで来たの」

「その人たち、ここに来てから見かけた?」


 望月さんは首を振った。


「私、何か悪いことしたのかな」


 望月さんの目からはポロポロと涙が流れていた。いつもの元気な様子とはかけ離れた姿。今までの姿が虚勢を張って生まれたものだとしたら、相当我慢してきたのかもしれない。


「私が、生まれてこなければ──」

「異能といえど、一人の人なり」

「え……?」


 その言葉だけは言わせたくなかった。俺は遮るように、4つ目の掟を口にした。


「この規則はいくつか解釈があるんだ。異能を使うにしても人は人。十分に戦えるぞ、って事らしい」


 しかし、俺はその考えとは違っていた。


「俺は、異能であっても人間は人間。つまり、ちょっと変わったことができるだけの、人間には変わりないって解釈があったりして、それが俺は好きなんだ」

「ちょっと、変わったことができるだけ……」

「そう。俺からすれば、普通の人と変わらないってこと。望月さんは望月さんであることに、変わりないよ」

「──」


 ……ちょっと格好つけすぎたかな。望月さん黙っちゃったよ。


 すごくドン引きされてるんじゃないかと思ったが、望月さんの目からは先ほどよりも多く涙が流れだしていた。


「っ……!」

「え、あ、ご、ごめん。気に障ったら──」

「ううん……! ありがとう、服部君。ちょっと、いや、結構、かなりありがとうかも……ぐすっ」


 初めて望月さんの涙を見た気がする。今まで我慢してきたのだろう。一度あふれた涙はしばらく止まらず、長いこと涙を流していた。


 どれくらい経っただろうか。こういう時モテる男なら何か声をかけるんだろうか。そんな考え事をしていたら望月さんは泣き止んでいた。


「……ん。ごめんね服部君。おかげで楽になったよ」

「いや、俺は話しただけだから」

「ううん。服部君、忍者みたいだった」

「……? どゆこと?」


 今のやり取りに忍者らしさがあっただろうか。思わず首をかしげてしまった。


「あ、えっとね。私、小さい頃悪い人たちに攫われたことがあってね」

「お、おぉ……」

「その時、忍者さんが助けてくれたの! それ以来、忍者さんは私の中でヒーローみたいな存在なんだ~」

「へぇ」


 人助けを好んでする忍者とは、物好きな忍者もいたものだ。


「おじいちゃんに忍者について聞いたら、服部家なら間違いないって。私自身、あの忍者さんみたいになって力をつければ嫌な思いも減るのかなって」


 凄い行動力だな、素直にそう思った。普通なら拉致なんて怖い思いをしたらトラウマになって引っ込み思案になりそうなものだが。


 望月さんの力になってあげたい。


 疑問が解消し、初めてそう思えた気がする。


「じゃあ、明日から本格的に修行しないとだね」

「え!? いいの!?」

「まぁ乗りかかった船だし、俺は構わな──」

「ありがとう! 服部君には感謝してもしきれないよ!」

「お゛──」


 ぎゅっと手を両手で握られてしまう。あまりにも耐性が無さ過ぎて変な声が出てしまった。


「あ、ごめんね。嫌だった?」

「い、嫌とかそういう訳じゃ──」


 やばい。変な空気になってきた。

 密室、深夜、二人きり、この状況で何も起きないはずもなく──。


「おい」

「おわぁ!?」


 いつの間にやら、じいちゃんがふすまをそっと開けて覗いていた。


「それはまだ許しとらんぞ祐。もっと段階を踏んでからだな……」

「何の話だよ! ええい、俺はもう寝るから! 望月さんもお休みっ!」

「あ、うん! おやすみなさーい!」


 逃げるように自室へと駆け込み、速攻で布団に入った。


 明日から忙しくなりそうだが、やれることはやろう。そう思いながら目を閉じ眠りに入った。



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