第2話 冒険者たちの明暗(後編)

  狩人ハンターの行動に、女魔導士は顔をひきつらせた。

「ど、どういう意味ですか?」

「どういう……って自分でよく分かっているだろう?」

 彼は軽蔑の目でじろりとにらむ。

「リーダーに言われて、俺は二人の様子を注意して見ていたんだよ。不仲なら、仲をとりもってやってくれってさ。それで目撃したんだ。お前が自分のスープにガラス片を入れるところを……な」

 思いもよらぬ狩人ハンターの証言に、女魔導士の顔から血の気が引いた。


「なるほど。自作自演ということね」

 治癒士ヒーラーが深々とため息を吐いた。

「おかしいと思ったのよ。あの子が嫌がらせなんてするわけないもの」

「違うんです!本当にアタシ、嫌がらせをされていて……」

 涙ながらにそう訴えるが、もはや女魔導士の言葉は仲間たちには届かない

 そんな彼女に、リーダーの剣士が重々しく忠告した。

「これ以上、パーティーの輪を乱せば……分かっているな?」

 その言葉を聞いて、わなわなと女魔導士は震えていた。



 こんなはずじゃない、こんなはずじゃないのに――っ!!

 女魔導士は焦っていた。


 初めて会ったときから、女魔導士は運搬人ポーターが気に食わなかった。

 自分が扱えなかった時空間魔法を、よりにもよって貧乏くさいえない女が使っていること――それが彼女のプライドを傷つけたのだ。

 さらに、仲間たちも可愛い自分を差し置いて、運搬人ポーターのブスに気を遣っている。ソレを見て、余計に運搬人ポーターが嫌いになった。


 あの女を追い出そう。

 女魔導士がそう決心するのに、さして時間はかからなかった。


 大衆はに弱い。要は先に泣いた者が勝ちだ。

 女魔導士は経験からそれを知っていた。

 自分のように可愛い女の子の涙には、さらに価値がある。だから、あんな口下手でぼけっとしている運搬人ポーターなんて、簡単に陥れることができる――そのはずだった。


 しかし、結果はどうだろう。

 狩人ハンターに現場を目撃されていたのが運のつきだ。

 一瞬、見間違えだと言い張ろうと思ったが、斥候役の彼の目がとても良いことは周知の事実だったため、それもできなかった。


 何とかして、汚名返上しなければ――と女魔導士は考える。

 あの運搬人ポーターよりも自分の方がで、このパーティーに必要なのは自分の方なのだ――それを証明する必要があった。


 だからこそ、女魔導士は決定的な過ちを起こしてしまう。



 いつの間にか周囲を魔物に囲まれていた。

 おそらく、女魔導士が騒いでいたのを聞きつけてやってきたのだろう。

 敵は巨大な蜘蛛の魔物の群れで、洞窟内の狭い空間を縦横無尽に動き回る。糸を噴きだして、こちらの自由を奪い、おまけに毒まで持っている厄介な相手だった。


 パーティーメンバーたちは一匹ずつ、蜘蛛を着実に仕留めていく……が、数が数だ。中々、戦闘は終わりそうになかった。

 そこで女魔導士はハッとする。

 今こそ自分が、超高火力の魔法で敵を一網打尽にすれば、皆も自分のすばらしさを理解してくれるのではないかと。

 功を焦った彼女は、爆炎魔法の構築に取り掛かった。


 真っ先に、それに気づいたのは治癒士ヒーラーだった。

 治癒士ヒーラーは顔を青くして、大声で叫ぶ。

「ちょっと!何やっているの!?ここがどこだか考えなさい!!」

 しかし、そんな治癒士ヒーラーの忠告も頭に血が上った女魔導士には届かない。


 女魔導士の術が完成し、爆炎が蜘蛛たちを吹き飛ばした。

 だが、その並外れた魔法の餌食になったのは蜘蛛だけではない。魔法の威力に耐えかねて、バラバラと洞窟の天井や壁から石や岩が落ちてくる。

 今、まさに洞窟自体が崩壊しようとしていた。


「……あれ?」

「君はっ!何をやっているんだ!?」

 女魔導士の呆けたような声と、剣士の怒声。それに混じって、ガラガラと轟音が響いていた。

 このままでは全員、生き埋めになってしまう――皆が死を悟ったそのとき、


「皆さん!こちらにっ!!」


 運搬人ポーターの少女が叫んだ。

 もはや考える間もなく、仲間たちは彼女の下に集う。

 そして――



「い、生きてる……?」

 震える声で運搬人ポーターの少女が言った。

 彼女の周りには、他五人の仲間たち。彼らは体を縮めて身を守っていたが、おそるおそる辺りを伺った。

 天井はすっかり抜け落ち、青空が見えている。周りは崩れた岩だらけだ。ただ不思議なことに、運搬人ポーターの周囲だけ何もなかった。


「一体、何をやったんだ?」

 事態を上手く呑み込めない様子で、剣士が運搬人ポーターに尋ねる。

「とっさに、崩れてきた岩を亜空間に収納したんです。こんなに上手くいくとは思いませんでした」

 運搬人ポーターがそう言うと、皆はしばしポカンとした後……


「アハハハ!まさか、時空間魔法にそんな使い方があったとは!」

「すげぇや、天才だ!」

「おかげで命拾いしたわ」

「いやぁ、助かった!」


 運搬人ポーターの少女をもみくちゃにしながら抱擁し、皆で無事を喜び合った。

 その輪の中に唯一入れなかったのは、もちろん女魔導士だ。

 そして、彼女は当然のようにパーティーをクビになった。



「そんなっ!どうしてですか!?アタシ、がんばったのに!」

 女魔導士は抗議したが、リーダーの剣士は頑として譲らなかった。

「そんな……たった一度の過ちで……ひどいっ」

「たった一度……だと?」

 ひくひくと剣士は顔を引きつらせる。額には青筋が浮いていた。

「俺は君に何度も何度も注意したはずだ!周囲の状況を考えろ!ちゃんと考えて魔法を使え、と!」

「でもぉ……まだアタシは新人だから……」

「新人でも犯して良い過ちとダメな過ちがあるっ!!」

「アタシの魔法、威力がすごいって褒めてくれたじゃないですかぁ!」

「たしかに威力はすごいが、使い方が大問題だ!」


 ぐすん、ぐすんと泣く女魔導士。

 しかし、そんな彼女を擁護する仲間はもはやいない。

 そして、剣士は断言した。

「とにかく!この先、君と一緒にいたら命がいくつあっても足りやしない!!君はクビだ!!!」



 そして数か月後。

 女魔導士は新たな冒険者パーティーに迎えられていた。

 前のパーティーよりは知名度や実力は劣るものの、それでも一応は名の通った冒険者たちの仲間入りができて、女魔導士は気分が良かった。

 しかもここには、目障りな女もいない。男だけの冒険者パーティーなのだ。


「それは酷い目にあったね」

 心配顔でそう言ってきたのは、このパーティーのリーダーである魔法剣士だ。

 女魔導士は現在の仲間たちに、どうして自分が前のパーティーを解雇されたのか語っているところだった。

「女の嫉妬って怖いな」

「ああ。可愛いからって彼女をいじめて、おまけに濡れ衣まで着せるなんて」

「そんな女たちに騙される男もバカだよな。目が腐ってるんじゃないか?」

 仲間たちが女魔導士に同情する。

「アタシも至らないところがあったから」

 そう嘆きつつ、女魔導士は心の中でにんまりした。


 今度こそ上手くやってみせる。

 同情の次は、自分の実力を認めさせて、このパーティーで不動の地位を築いてみせる。

 そう燃える女魔導士だが――結局、彼女は何一つ学んでいなかった。



 深い森の中、女魔導士とその仲間たちはゴブリン退治をしていた。

 ちょこまかと機敏に動き回るゴブリンたちを、女魔導士は必死に追った。こちらを嘲笑うかのように逃げるゴブリンは、非常にうっとおしい。

 このままではらちが明かない。これは得意の超高火力――爆炎魔法をお見舞いしてやろう。

 森の中をあちこち駆けながら、女魔導士は決心する。


 ここは森の中で、天井や壁が崩れるような洞窟の中じゃない。ド派手な術を放っても問題はないはずだ。

 これだけの魔法を扱える魔導士はそうそういないから、きっと仲間たちも驚くだろう。そして、いっそう自分のことを褒めたたえるハズだ。

 そう夢想して、女魔導士は魔法を構築した。


 女魔導士が爆炎魔法を放つ前、目の前のゴブリンたちがにやりと笑った気がした。

 そして彼らは急に方向転換すると、彼女の脇や股の下をすり抜けて、その背後へ回る。

 女魔導士は慌てて、攻撃方向を変えようとするが――もう遅かった。

 彼女の手から、爆炎魔法が放たれる。

その射線上には、女魔導士の仲間たちがいて……


「あ」


 森の中に爆音がとどろいた。



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冒険者たちの明暗 猫野早良 @Sashiya

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