プロローグ 幼少の頃の喜億

 デルコマイと寺島さんが去ったと、水姫みずきちゃんと遊んでいた。


「ウロちゃんそれとってー」


 彼女は積み木に顔を向けたまま伝えてきた。

 普通の人間なら何のことだかわからないだろう。しかしテレパシーをもってすればなんてことはない。

 彼女が三角の積み木を取ってほしいのはお見通しだ。


「はい、どうぞ」

「ありがとぉ。ウロちゃんすきー」


 私の異能は子守のためにあるのかもしれない。


「ウロ―、俺とも遊べよー」


 唐突に左袖が引っ張られた。

 赤髪で、鼻に絆創膏を貼っている。いかにも活発そうな男の子だ。

 

「いいよ役次えきじ君。何して遊びたい?」

「先生たち描いたんだ!見てくれ!」


 そこに描かれているのは、私とデルコマイと寺島さん。あとその他のお世話係だ。

 

「私たちは先生枠なんだ?」

「当然! よく遊んでくれるしな!」


 なんとも嬉しいことを言ってくれる。

 子供はうそをつかない。テレパシーを使わなくてもわかる。

 この純粋さはまぶしいものだ。


「それでさーアドバイスがほしいんだよ。ウロ、絵うまいだろ?」

「うん、そうだね」

「自分で言う! まあだから、ここ直したほうがいいとかあったら教えてほしいんだ」


 役次えきじ君が描いた絵をもう一度よく見て、アドバイスを考えようとした。

 しかし、また声がかかる。

 

「僕ともあそぼ、ウロ! おにごっこしよ!」

「えー、今俺の絵見てもらってるんだぜ」

「いや、大丈夫。私はテレパシーが使えるからね。アドバイスしながら鬼ごっこなんて余裕だよ」


 胸を張って彼らに伝えた。

 声をかけてきたのは水色の髪をした男の子だ。彼と役次えきじ君の目をしっかり見る。


「じゃああたしとも遊んで! ロケット一緒に考えて!」

「え……い、いや。もちろん大丈夫さ」

「ねー! たくろーが僕のおもちゃとったの!」

「……解決しよう」

「バケモンごっこしようぜ!」

「おままごとしよ」

「ゲームして!」


 ………………。


 よくこれ捌けてたな、寺島先生……。

 

「よし! 全部ウロちゃんに任せなさい!」


 注目を集めるよう立ち上がり、声を大きくして発言した。

 その時に気づく。そういえば、切った枝を完全に忘れていた。

 隙を見て、冷蔵庫に入れよう……。



「がおー、食べちゃうぞー!」

 

 子供たちを追いかける。彼らはきゃっきゃと楽しそうに逃げ回った。

 これは鬼ごっことバケモンごっこを組み合わせた遊び。

 といっても、私が脅かしながら追いかけるだけなんだけど。


 ふとした時に窓の外が見えた。そこは燃えるように赤い。

 所長――母さんの元へと向かったデルコマイたちは、まだ帰ってきていない。

 さっきゴブリンに襲われたことを思い出す。

 周りには無力な子供達。


「どうしたの?」


 水姫ちゃんが不安そうに、丸い目でこちらを見上げる。

 彼女は化け物の子供という設定で、私の後ろをよちよちついてきていた。


 当然庇護欲をそそられる。

 しかし今、この場所で彼女たちを守れるのは私だけだ。

 他の先生たちも何故かいないし。


「なんでもないよ。うん、なんでもない」


 不安をかみ砕こうと2回呟く。


 安心を得るため、せめて何か情報を得ようと思った。なのでテレパシーを使用する。

 周囲の人間の意識を伝い、遠くまで済ます。

 この施設を超え、私が知っている倉庫のあたりまで。そこも超え、研究棟へ。


(そろそろお片付けかな……)――近い。

(洗濯物取り込まないと)――まだ近い。

 

(じ、銃が、効かないッ!?)


 ――ヤバい!

 その視界に映る者は、鬼。赤い巨躯。額の二本角。手に持つ金棒。

 目の持ち主は座り込んでいる。施設と研究棟をつなぐ外通路。右手に発砲後の銃。鬼に傷はない。


(みんな、奥の部屋に隠れて!)


 施設にいる子供全員へ、私の思念を伝える。


「えっなにっ」

「よくわかんねぇけど、なんかあったんだろ! とりあえず逃げるぞ!」


 みんな賢い。役次えきじ君のような年長者が、率先して他の子を誘導してくれている。

 本当に、助かる。そのおかげで私は冷静になれる。


「さて。この状況は、何だ」


 冷や汗を垂らして呟く。喋らなければやってられない。誰かに助けてほしいのかもしれない。

 ――いらない思考を消し去って、情報を集める。


 ゴブリンに囲まれる視界が写る。男を叩く視界が写る。

 自分の体を遠くから見る視界が写る。頭を吹き飛ばす視界が写る。

 地面を這う視界が写る。人を踏み潰す視界が写る。


「っうぷっ」

 

 思わず吐き気がこみ上げる。流石にキツイ。思考をそらす。

 どうやら私は魔物の頭ものぞけるみたいだ。

 この状況でこれは有利。とてもうれしい。

 しかしそうなると、唯一読めないデルコマイがさらに際立つな。


 自分の視界に意識を戻せば、そこに映るのは怯える子供達。

 簡易的な避難は完了している、と認識していいのだろうか?

 私の指示だ。彼らが死ねば私の責任だ。

 鬼に襲われていた男性の思考は、もう読めない。

 明確に、生々しく。それはすぐそこまで迫っている。


 また逃げるように思考をそらす。

 今できることをしなければならない。


 空から施設を見下ろす視界。ゴブリン同士群れる視界。

 走って人間を追いかける視界。重々しく歩く視界。

 邪魔な壁を破壊する視界。木々を燃やす視界。

 ――豚の顔を吹き飛ばす視界。


(ウロです! 名前と、今の状況を教えてください!)

「ウロちゃん! 寺島です!」


 奇しくも寺島さんとつながった。

 彼女は豚顔の人型――オークにとどめを刺して、こちらの問いに答え始める。


「数えきれないくらいの魔物の襲撃! 所長は研究棟で時間稼ぎ!」

(デルコマイと寺島さんは!?)

「やっぱりデルくん着いてないんだね! 私は足止め中! 結構強いから心配しないで!」


 そう言って、さらに数を増やし続けるオークを殴る。


「そっちについてないなら、どこかで襲われてるかも! ウロちゃん助けに行ける!?」

(……子供たちは!?)

「テレパシーで見られるでしょ! もしヤバそうならすぐに戻っていい!」


 一瞬の沈黙。私は言葉を吐き出す。


役次えきじ君! 皆をみてて! デルコマイを探してくる!」

「お、おう! 任せろ!」


 彼は頼りになる。立派な大人へ成長するに違いない!

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