第37話

「おやすみなさい」


 そう言って、クルア先輩は木の根元で丸まった。


 すぐに寝息が聞こえ始める。


 顔を覗くと、そこに警戒心は浮かんでいない。

 苦痛に歪んでもないし、安心しきっている。


 よく私を信用できると思ったものだ。


 ――


 また太陽が昇り、沈んだ。

 私はクルア先輩を起こし、歩く。


「学校、まだ悪魔いますかね」

「ゼブルくん、だっけ? 彼で見れないの?」

「樹林に隠れてますから。蝿じゃそこまで飛べませんし」


 あと単純に、暗い。

 月は日に日にかけてって、戦力も低くなり明かりも弱くなる。

 悪魔が居たとしても、多少強引に突破する方がいいかもしれない。

 まあ、クルア先輩がまた罪悪感に苛まれるから言わないけど。


「急ぎましょう。動ける時間は少ない」


 少しでも情報を得たくて、ゼブルくんを遠くに行かせすぎた。

 テレパシーで探そうとして、気がつく。


「人間が、います」

「!」


 何故、此処に居るのか?

 知っている奴か?

 何のために来た?

 どうやって辿り着いた?


 疑問が尽きない。すぐに能力で確認する。


(いったいどこに居るんだよ、ウロさん……)


 ……誰だ?

 

 私を探している事はわかる。声から、男だと言う事もわかる。だがそれ以外の情報が一切ない。

 心を読んでも自分の名前なぞ考えるはずないし、視界にも顔は映らない。

 仕方がないので推測する。


 まず”さん”を付けて呼ばれた事がない。

 そして男の知り合いも限られている。思い当たるのは、イササとチヒロぐらいだ。


 ふむ。わからん。

 

「1人で私を探している様子です。ただし正体不明。今ゼブルくんを飛ばしていますが、能力によっては遣られる可能性も」

「……黒貌の差し金?」

「十分あり得ます」


 クルア先輩を探しに来たのなら、その名を呼んでいるはず。


(あぁ、早く帰りたい! ウロさん、早く見つかってくれ!)


 しかしどうも、彼の心に私以外の名前が出てくることはない。


 ゼブルくんの視界。

 邪魔な木々を越えて、ようやくその姿が見えた。

 それは――


「……流司?」


 統率班の1人、”奴隷”の流司だ。

 彼は、頭が黒く塗られた木彫りの人形を持って、一人歩いていた。

 

「差し金で間違いなさそうです。彼女の奴隷でした」

「えっそんな人居たの」

「はい」


 クルア先輩が驚くのも無理はない。

 流司は、統率班内の仕事に従事させられてた。

 ある時は荷物運び、またある時は配膳係という、”奴隷”の名前に負けない仕事っぷり。

 ただ、黒貌のお抱えと言う側面が多かった。

 流司は主に雑用をやらされていたが、その半分以上は黒貌の物。

 ”拠点を地下で繋げ”なんて、どう考えても無理な命令もされていた。

 流石に無理だろう、と先生が黒貌を咎めたらら、何故か流司が怒りはじめた。

0

『に、にゃる様の言う事に文句言うな!っ にゃる様がやれと言ったらやるんだ! それに――』


 ほぼ奇声の怒号。迫力があったわけではないが、なんとなく君の悪さを感じた。


「ま、アレとは直接会わない方が無難でしょう。態々探しに来た理由は気になりますが、危険を冒す程ではない」

「そう、だね。もしかしたら、私達を始末する気かもしれない」

「はい。ですのでテレパシーでコンタクトを取ります」

「あっその手があったか」


 私の能力が一番役に立つのはこのように、遠隔から情報を得る場合。

 安全圏から伸び伸びと交渉できる。


(もう何時間くらいにゃる様を見ていないんだろう。ウロさん見つけて、早く会いたい)

(あなたの探しているウロさんだよ。何の用?)

「あっやっと見つけたっ……! お、俺と一緒に来てください、にゃる様が交渉したいと言ってましたっ!」


 テレパシーで接触した語り掛けた瞬間、急に声量が大きくなった。

 思わず顔をしかめる。

 こんな所で叫んで、悪魔が来たらどうするんだ。

 

(君が見つけたんじゃなくて、私が見つけたんだよ……交渉の話はノーだ。私が席に着く理由がないだろう)

「なんでだ! にゃる様のご厚意をっ無視する……いけない、落ち着け。俺は、にゃる様親衛隊隊長なんだ。見合った振る舞いをしないと……」


 急に怒り出したかと思えば、急にぶつぶつと独り言を言い始める。

 こいつ、此処まで気持ち悪かったっけ。


「にぇ、にゃる様は”交渉に来たらカイを渡す”と言ってましたっ」

「!」


 一応心を読んでファクトチェック。ウソはない。


 ふむ、カイか。

 確かに彼女は欲しい。

 眷属、水、汎用的に戦える力など、私達に足りないものを補っている。


「どうしましょう」

「カイは色々役に立ってくれたし、交渉ぐらいしていいんじゃない?」

「ですね。黒貌はどうせ、私に攻撃は出来ませんし」


 いざとなれば”龍の怒りオーバーフロー”で、無理やり要求をのませられる。

 これは、こっちが一方的に有利な交渉だ。

 ……その分何か企んでいそうだが、正直な事を言うとそれさえ気になってしまう。


 どちらにせよ、交渉を持ちかけられた時点でこの道は決まっていたのかもしれない。

 

 私とクルア先輩で考えが一致した。

 返事を流司に伝える。

 

(いいよ、わかった。どこに行けばいい?)

「あ、案内するからっ出てきて欲しい! 危害を食わる気がないのはっ心読んでくれればわかるから!」


 確かに、彼の頭は黒貌の事しか考えていない。ひとまずコイツに何かされる事はないだろう。


 もし他の人間が企んでいて、流司だけ聞かされていないとしても、私はテレパシーでわかる。

 遠くに居ても発見できる。

 危険はない。


 ならば私は、自分のこの目で色々知りたい。


「ほら、出て来たよ。早く出発しよう」


 私はクルア先輩と一緒に、彼の前に姿を現した。

 一瞬、二人出てきたことに驚いていたようだが、直ぐに持ち直した。

 

「よしっ! あとちょっとだ。これでもうすぐにゃる様と……」


 彼は猫背になり、手汗で濡れた人形を強く握って呟いた。

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