第14話

 飛んだ私に対して、悪魔はやすやすと反応して来た。

 翼を振りかぶり、前に出す。

 奴はその動作だけで私を殺せる。


 悪魔の刺突が私に近づき、当たる直前ので自分のベクトルを変えた。

 触手の膜で、空中でもある程度は動ける。

 すんでのところで回避した。


 危ない。いや、なんなら触手が2本消し飛ばされてしまった。

 このおかげで気が付いたけど、やはり触覚もなくなっているようだ。


 割と不便である。

 私が頼りにしているのは、ゼブルくんの目だ。


 蠅の目は高性能だ。

 例えば蛍光灯。

 人間にはずっと点いているように見えるが、蠅は点滅しているように見える。

 端的に言えば、フレームレートが違う。


 だから、それに反応できるだけの脳みそと体があれば――


 地上で悪魔の突きを回避する。今度は体を反らして。


 ――回避は容易だ。


 しかし、私はずっと攻め込めていない。

 

 と、悪魔が翼を大きく振りかぶった。

 一瞬の隙だ、と考えて飛び込む。


 が、異様な加速。

 振りかぶっていた最中のはずなのに、それは唐突に回転する。

 

 私は残った触手を上手く使い、空中で飛んだ。2段ジャンプだ。

 なんとか回避することはできたが、今度はすべての触手を失う。

 折角悪魔の上に回れたので、降下して蹴りを入れる。狙いは頭。


 この体の鋭利な足が上手く命中。しかし刺さらない。

 飛びのいて、距離感を戻す。

 

 相手も警戒しているようで、何もしない間ができた。

 見れば、私の触手は再生しつつある。身体能力に全振りって感じだ。

 

 けど、このままでは泥仕合だ。

 何か火力が欲しい。


 悪魔の攻撃は、また突きだ。足4本を使った加速で回避しつつ、過去を振り返る。

 何か対処法はあるはずだ。私達はここまで乗り越えて来たんだから。


 高火力で思い出すのは、やっぱりクルア先輩の”ツクヨミ”だ。

 チヒロとの合わせ技ではあるが、悪魔をずたずたに切っていた。


 そうだ、チヒロもなかなかいいと思う。

 大翼の悪魔には破られていたが、注目すべきは柱を破壊した時。

 反射する物体の形、場所によっては大きな杭となり、その存在に絶対のダメージを与えられる。

 都合のいい事に、ここには金属製のピラミッドがある。

 うまく誘導すれば、大ダメージを与えられるが……大分高難易度だ。


 この悪魔、動きが早すぎる!

 やっている事は単純な突きの繰り返し。ただそれだけなのに、攻め込む隙が無い。

 

 今度は、右翼から突きが来る。私に刺さるタイミングを見計らって、ジャンプする。もう片翼は振りかぶっていて、近づくだけの時間ある。

 上手く翼の上に乗れたので、そのまま頭に向かって走ろうとした。

 が、無理だった。

 

 両翼が使えないなら今度は嘴。これも同じように鋭く、同じように加速する。

 私はあっけなく落とされた。


 これ、高火力があったとしても無理だな。隙が無さすぎる。


 周りの状況を確認する。

 太陽はまだ頭の上にある。チヒロは血を流しながら立ち上がった。カイはクルア先輩の肩を借りている。


 駄目だな。そもそも逃げてくださいって言ったし。


 カイ……そうだ。

 彼女も触手を召喚していた。

 たしか、頭を掴んで引き裂く、と言う攻撃だった気がする。

 真似てみるか。


 左翼、右翼と私を貫こうとする。

 2回目の回避を失敗して、触手が2本切られてしまう。しかしそれもすぐに再生した。

 

 本当に、再生力だけは素晴らしいな。

 

 こいつの動きは、さっきも言った通り単調だ。

 翼と嘴での突きを繰り返すだけ。

 両翼は今使った。ならば次は嘴。


 やはり来た。単調と言っても、速さと火力は化け物だ。毎回避けるたびにヒヤッとする。

 今回の攻撃は、右の脇腹をかすってしまった。


 いい位置だ。触手を3本メイいっぱい伸ばし、くちばしにぐるぐる巻きつける。

 

 伸ばしたら、当然戻さないといけない。

 この巨体だと、それ事態が攻撃になることを想定していなかった。


 これは、耐えるしかない。


 歯を食いしば――れないので、気分だけ。空気の雪崩に耐え、しかし慣性で悪魔の尾まで飛んでしまう。

 残った3本を帆の用にして、空気抵抗で飛ばされないようにした。そのまま背中に降り立ち、頭へ向かう。

 

 ――が、体が背に伏す。ゼブルの視界を見ると、悪魔は、飛んでいた。


 驚き、全ての触手を巻き付けた。

 勢いはまるでジェット戦闘機。このままでは振り下ろされて死んでしまう。

 それはどんどん加速して、遂に雲まで辿り着く。


 と、急に浮遊感。

 

 今度は一気に急降下し始めたのだ。

 手を離したら死ぬ。このままへばりついていても死ぬ。

 この体で出来ることはもうない。なら!

 


 視界が地面に迫っていく。

 いつか見たものと同じ。

 恐怖はあの時と変わらない。

 この先の事も、あの時と変わらない。


 しかし、1つ違うのは――


「よし、やるぞぉ! FOR!」


 ――地面には、悪魔が写っていたことだ。


 瞬間、そこから大翼の悪魔が出現する。

 

 同じ速度、同じ強度で彼らはぶつかった。


「ギュェ――エ――!」


 しかし、大翼の悪魔は強かった。

 ぶつかって、すぐに方向を変えていた。

 

 上空へ。

 何回か見せていた謎の加速。それを下向きに使い、衝撃を流していた。


 だが、右翼は破れた。

 急降下も対空もできないまま、彼は落下する。


 私は触手を解き、膜を張って空気を掴みながら降りて行った。


 地面に着いて間もなく。轟音が鳴る。

 大翼の悪魔が落下した音だ。

 

 砂埃の中、立ち上がる大きなシルエットを見た。

 

 構えて、その姿を凝視する。

 

 もはや彼はボロボロだ。両翼に穴が開いて、嘴は欠けている。

 それでもまだ向かってくる。


 考えてしまうのは、デルコマイの事。


 あいつはいい奴だった。人の為に行動出来て、守るために命を捨てる奴だった。

 なら当然、こいつだってそうなのかもしれない。子供がいて、妻がいて。それらの為に戦っているのかもしれない。


 ――けど、それが関係あるのだろうか。


(カイ、触手で尻尾掴んで)

(……うん)


 私は、ぼろぼろの頭を掴んだ。


 分からない事が1つある。

 

 すべての生物は、他を犠牲にして生きている。

 食べる為、守るため。

 何かを殺して生きている。


(準備、出来たよ)

(ありがとう)


 それは遥か昔から存在する絶対のルールだ。

 殺されたら、他の生物に命を預ける。

 

 光から奪ったエネルギーで空気と水を固体にする。

 固体から奪ったエネルギーで地球を奪う。


 それが生物の在り方だったはずなのに。

 

 なんで、奪われる側を気にしてしまうのだろう。



 私は走った。


 大翼の悪魔は、引き裂かれた。

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