学校の怖い話『掃除用具入れ』

寝る犬

掃除用具入れ

 ぼくの学校には、一つ怖い話がある。

 昇降口にある大きな鏡と南京錠のついた掃除用具入れの怖い話だ。


 昔、いじめっ子に上靴を隠され、掃除用具入れに閉じ込められた子がいた。

 しかも、いじめっ子たちはカギを閉めて閉じ込めたまま、帰っちゃったんだ。

 一晩中「出してよ」「助けて」「靴返して」と泣き続けたその子は、早朝の4時44分に死んでしまったらしい。

 よほど中で暴れたんだろうね、掃除用具入れはずれて旧校舎の方を向いてて、大きな鏡には4時44分を指す時計が映っていたんだって。


「誰が見たんだよ、その鏡に映った4時44分」


 朝7時過ぎ。

 朝掃除の当番になったぼくたちは学校へ向かっていた。

 優斗くんはつぶれて傷だらけのランドセルをがしゃっと鳴らして背負いなおす。

 言われてみればそうだ。

 誰が4時44分だって確認したんだろう?

 それでもぼくは、せっかくの怖い話を「ウソ」にしたくなくて、食って掛かった。


「……わかんないけどさ! でも兄貴もミニバスの先輩に教えてもらったから本当の話だって言ってたよ!」


「ウッソくせぇ」


「その事件があってから、4時44分に鏡を旧校舎に向けると、いじめられた子供が現れて足首ごと上靴を持っていくようになったんだって」


「お前それさぁ、あんな重い掃除用具入れを旧校舎に向けるなんて、大人じゃなきゃ無理だろ」


 確かにそうだ。

 先生の身長よりも高くて、かくれんぼの時に三人隠れることができるくらい広い掃除用具入れだ。

 それに、朝と放課後の掃除の時間以外は先生がカギをかけている。

 大昔に作られたバカみたいに重い鉄の用具入れを思い出して、ぼくは「う~ん」と首をひねった。


「そんなに気になんならさ、放課後にみんなで動かしてみようぜ」


「動かせるかなぁ」


「中身全部出してさ、みんなで引っ張れば引きずるくらいできんじゃね?」


 優斗くんが声をかければ、たぶん面白いこと好きの友だち十人くらいはすぐに集まるだろう。

 ちょっと怖かったけど、怖い話が好きなぼくはとっても興味があった。


「うん、面白そう」


「ま、何も起こらねぇだろうけどな」


 ぼくたちは校門を抜けて昇降口へ向かう。

 上靴に履き替えていると、後ろのほうからボソボソとしゃべる声が聞こえた。


「え? なに?」


「なにも言ってねぇし」


 優斗くんが笑って答える。

 それでも何か聞こえた気がして、ぼくは耳を澄ました。


『……て……してよ……』


 声の方向へ顔を向けると、そこには大きな鏡の張り付いた例の掃除用具入れがあった。

 重いはずの用具入れがカタカタと鳴っている。

 ぼくは思わず、用具入れとは90度ずれている旧校舎を見上げて、古い時計を確認した。


 7時15分。


 大丈夫。4時44分じゃない。

 鏡に時計も映っていない。

 やっと声が聞こえたらしい優斗くんと顔を見合わせて、ぼくたちは用具入れに近づいた。


『助……けて……出してよ……』


 もうはっきりと、声が聞こえる。

 ぼくは怖くなって後ずさった。

 だけど優斗くんはひるまない。


「誰だ? ふざけんな!」


 大きな声で恫喝する。


『……助けて! 出して! 助けて! 出して! タスケテダシテ! スケテダシタスケヨダテシテ!!!』


 ガタガタガタガタ!!

 ものすごい音を立てて用具入れが揺れる。

 中から聞こえる声は、もう絶叫に近くて、ぼくは耳をふさいだ。


「ざっけんじゃねぇぞコラァ!!」


 用具入れの赤黒いノブに手をかけ、優斗くんが勢いよく扉を開く。

 その瞬間、中の声は消え、揺れもおさまった。

 掃除用具入れの中には、バケツやモップが並んでいるだけで誰もいない。

 朝の昇降口がシンと静まり返る。

 その時、普段なら聞こえることのない旧校舎の時計の針が動く音が、小さく「カシャ」と聞こえた。


「え?」


 思わず時計のほうへ顔を向ける。


 7時16分。


 大丈夫。4時44分じゃない。

 ホッとして顔を戻すと、掃除用具入れの扉を開いたまま、動きを止めた優斗くんが震えている。

 扉が90度開き、旧校舎の時計を映していた。

 7時16分のはずの時間は左右が逆転していて、まるで4時44分を指しているように見えた。


『靴ぅぅゥ! 返ェぇしぃテぇぇェ!』


――ドォォォン!


 ものすごい音を立てて、掃除用具入れが優斗くんに向かって倒れる。


「優斗くん!」


 物音に気付いた先生たちがやってきて、数人がかりで優斗くんを助け出した。

 重い掃除用具入れにつぶされる形で、両足が足首から千切れている。

 すぐに病院に運ばれ、命だけは助かったけど、優斗くんはそれから学校に来ることはなかった。


 そのあと、ぼくは先生や警察の人に何があったのかを聞かれ、兄貴から聞いた怖い話のことや、声が聞こえた気がして、用具入れを調べるために近寄ったことを話した。

 突然倒れてきた用具入れに優斗くんがつぶされたことも話して、これは不幸な事故だということになった。


 ただ、誰にも……優斗くんにも話していないことがある。

 掃除用具入れが倒れてきたとき、逃げようとした優斗くんの足首をつかんでいた、青白い子供の手のことを。


――了

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