2.メイク

(1)女子力

 朝、カーテンの向こう側から鳥のさえずりが聴こえる。


今日はバイト、洗面台に立って歯磨きをしながら呆然ぼうぜんとスマホをいじる。


カレンダーを開き、次の病院の日を確認。


…早く病院に行きたい。


でも一昨日おとといに行ったばかりだからまだ先…。





 洗顔まで済まし、保湿をしてメイク台に移る。


ミルボンのヘアオイルを手に塗りこんで、

髪に馴染なじませる。


軽やかで甘い花の香り、

ミルボンは誰もが好きな香りだと思うくらい好き。





 最近は陽射しも強くなってきたから、

下地はUV紫外線対策のできるAQUAアクア

皮脂対策にセザンヌの下地をTゾーンおでこと鼻に重ねる。


夏は化粧崩れしがちだから、

しっかり対策しなきゃ。


鼻の下やあごにイエローのコンシーラーを塗って肌の補正もしっかりね。





「…あ、ミライに返信しないと」





 スマホに触れようとしたが、

化粧品がついていることに気付いて手を止める。


…まずは化粧を済まそう!





 Diorディオールのファンデーションを手の甲に取り、

指で顔に薄く伸ばしていく。


Diorディオールは高いけど伸びも馴染みも良いから、

コスパだけで言えばもはやプチプラお得





 アイブロウペンシルでまゆを描き足す。


最近の流行りは平行眉へいこうまゆ

元のまゆの形に逆らって慎重に引く。


アイブロウパウダーを重ね、

ふんわりと可愛らしく。


アイシャドウはCHANELシャネルのライトブラウン。


まつ毛もビューラーで上げて、

ヒロインマスカラでボリュームと長さを足す。





「アイロンは…あった!」





 手を軽くティッシュで拭いてヘアーアイロンを140℃にセットし、

温めている間にくしで髪をかす。


くしに髪を通すたび、

ミルボンのヘアオイルが香って、

仕事前なのに気分が高揚こうようした。





 温まったアイロンで髪を緩く内巻きにして、

前髪は横に流してアイドル風に。


前髪、そろそろ切らないと目に入っちゃうな。





「あ…逆剥さかむけできてる」





 右手人差し指にできていた逆剥さかむけ。


ポーチからキューティクルオイルを取り出し、

全部の爪に塗って両手で揉み込む。


指先の荒れは女の子らしくない…かもしれない、

気を付けないと。


余った油分は髪の毛先へ。





 HERMESエルメスのリップを薄く塗り、

上品に仕上げて準備は完了。


スマホを開き、ミライのトーク画面を開く。





はるちゃんおはよ!

今日18時に駅前でいい?』5:02



『仕事お疲れ様!いいよ〜!

パスタ楽しみだね♪』8:26





 連絡を返してスマホを閉じ、

アクセサリーケースを開く。


ホオズキのピアスを取り出し、

手鏡を立て掛けてピアスホールに通す。


吊り下げピアスは通すとき、ちょっと痛いんだ。





 手鏡に映る自分を見て、

顔や髪型の全体を確認する。


…大丈夫、今日もちゃんと可愛い。





 小さい花柄があしらわれたグレーのロングワンピースに着替え、

薄桃色のシンプルなハンドバッグを手に持つ。


かかとが低いヒールサンダルを履き、

電気を消して家を出た。





 今日も私はちゃんとしてる!


大丈夫、大丈夫。









はる先輩って女子力高いですよね!」





 駅のテナントにある雑貨屋ざっかやのバイト中、

そんなことを後輩の佐藤さとうちゃんから言われた。


ポニーテールを揺らして大袈裟おおげさに感情表現をするこの子は、

背も低くて体も華奢きゃしゃで、

正に「可愛い女の子」としか言いようがない。





佐藤さとうちゃんに言われると嬉しいな」



「だってマジですもん!

オシャレだし、超尊敬してるんですよ!」





 ヒマワリのような屈託くったくない笑顔は、

彼女の性格の良さを表面化しているようで。


昔だったら嫉妬していたかもしれない。





 この雑貨屋に来る客層もそうだ。


佐藤さとうちゃんのような可愛らしい女性が多い印象。


ピアス売り場でウィンドウショッピングを楽しむ女子高生3人組、

お弁当箱を見ながら横髪を耳に掛けるオシャレなお姉さん、

腕時計を選んでいる若い男女の2人。





 この場に居ても違和感として目立たなくなったのは、

日々の努力が実ったようで少し嬉しい。



…そう、頑張ったんだ、私。





 オシャレなお姉さんが、

お弁当箱を持ってこちらに来る。


会計だ。


エコバッグを持ってるから包装だけでいいかな。


黄色いカーネーションのエコバッグ…可愛いな、

最高に素敵なセンス。





「これ、お願いします」



「はい!商品をお預かり致しますね」



「!?」





 …。





「当店のポイントカードはお持ちでしょうか?」



「…いえ、大丈夫です」




 私に対しておどろ素振そぶりを見せるお姉さん、構わず会計を続ける。


続けなければいけない、仕事なのだ。


両手の平サイズのお弁当箱を佐藤さとうちゃんに渡し、包装を任せた。




 …だめだ、足元が浮つく。


今回病院に行って初めての出勤、いつも以上に不安が襲ってくる。




「ありがとうございます!

またのご来店をお待ちしております!」




 歪む視界に耐えて笑顔で接客を済まし、小さく会釈えしゃくをするお客様の背中を見送る。


一店員にわざわざ嫌悪感を抱く暇なんてないのは分かってるけど、やはり不安は残った。




 佐藤さとうちゃんは、

私の顔色を覗き込むように声を掛ける。




はる先輩、そういえば今日のリップ可愛いですね!」



「ああ…良い色だよね、一目惚れしたの」



「今度良いコスメ教えてください!

やっぱはる先輩ほど可愛い人いないですね!」




 気を遣ってくれていたのは分かってた。


そんなときでも、佐藤さとうちゃんの顔はとても綺麗だった。


…すごくね、綺麗羨ましい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る