9
――はずだった。
でもそれはどうゆう訳かそこには私がいる。何となく朝の夢現のような感覚の中、自分が何してるかだけ分かるような状況。夢か現実か分からないけど、どうでもいい。そんな空に浮かぶ雲のような感覚だった。
「ルルさん! 大丈夫?」
洞窟内へ強く反響する声で呼びかけながら私の体を揺らすマギちゃん。
すると突然、首のなくなった像が独りでに崩れ私の落とした首のように破片の山と化してしまった。更に最早、像としての姿を失ったそれは光を放ち――光はシャボン玉として宙へ浮遊し始める。天井へとゆらり上昇していく光り輝くシャボン玉。それは思わず見入ってしまう程に幻想的な景色なのは、マギちゃんの表情が語っていた。
だがそれもほんの数秒の夢。最初の一つを境にシャボン玉は次々と弾けては消えていき、そんな景色は無かったとでも言うように岩肌の洞窟がそこには広がっていた。
そしてゆっくりと起き上がる私――を見つめる私。
「あっ。大丈夫なの?」
まだ顔を俯かせた私はマギちゃんの問い掛けには答えない。マギちゃんはそんな私に首を傾げている。
そして私の顔がゆっくりと上がり始める。瞼を閉じたまま上がっていく顔が丁度マギちゃんへ向いたその時。開いた私の瞳は光を受け入れた。同時にハッとした表情を浮かべながら勢い余って尻餅をつくマギちゃん。
そんな彼には見向きもせず、私は何の迷いもなく自分自身をただ見つめる私へと視線を向けた。でも特に何かを言う訳じゃない。数秒、私を見つめそれから視線をマギちゃんへと戻した。
一方、私を訝し気にじっと見つめるマギちゃん。
「誰?」
小さく呟かれた言葉は届いていないのか、将又聞こえていながら返事をしてないのか、私は何も言わぬまま立ち上がると緩慢とマギちゃんの元へ足を進めた。
依然と何も言わず足を止め、しゃがむ私。視線はマギちゃんをじっと見つめたまま。
「まさかこうして子孫と相まみえる事になるとは……」
「えっ? も、もしかして――キルピテル様……?」
「ほぅ。私を感じ取れるとは、力は順調に受け継がれているようだ」
私には何が起きているのかは分からない。ただ、マギちゃんは何かによってキルピテル様だと思ったらしい。そしてそれは私の口ぶりからして当たっているようだった。
「そういう君は――忌み子だね?」
そこに悪い感情は感じられなかったが、私――改めキルピテル様は目を細めてそう言った。
「えっ……。あっ、はい。すみません」
思わずと言った感じでマギちゃんは謝罪と共に顔を俯かせた。そこにあるのはやはり忌み子という罪悪感なのかもしれない。
「で、でも……キルピテル様は大昔にこの場所で」
「そう。ルーキュラを封じた。この身と引き換えに」
そう言って自分の身へ手をやるキルピテル様。
「だけど……」
「あの像は私の力の結晶。そして力は私自身でもある。とは言っても力だけじゃ意味がない。それを扱う媒体が無ければね」
力が残り続ける限り生き続ける。そう言ってもいいのだろうか? それともこの状態じゃそうは言えないのだろうか。
「あの――本当なんですか? 忌み子が災厄を招くって言うのは」
もしかしたらそこには微かな希望と言うべきか、願いや望み――そのようなものが込められていたのかもしれない。彼らの崇める存在がそれを否定してくれれば、と。
だが、そう望み通りにいくことの方が世の中少ない。
「えぇ。原理は私にも分からない。だからどうにも出来ない。けど、魔力と男。この二つが揃うと良くない何かを招く」
マギちゃんは目に見えて肩を落とした。
「確かに忌み子を忌み子たらしめる原因は分からない。私の知る限り忌み子は死ぬまでそのまま。でも一つだけ良い方法がある。忌み子でありながら関係なくさせる方法が」
「えっ? それって?」
上がったマギちゃんの顔にはさっきよりも濃い希望が宿っていた。
そしてそんなマギちゃんへぐっと顔を近づけるキルピテル様。
「災厄を招くのなら、君が跳ね除ければいい――違う?」
「あっ、いや。でも……」
これは単なる想像でしかないが、マギちゃんは落胆と言うよりも自分に対する否定的な感情を抱いたのかもしれない。自分には無理だ、そう言いた気な表情を浮かべながら彼は顔を俯かせていた。
だがそんな彼の顔をキルピテル様は顎に手をやり上げさせた。近い距離で交差する視線。
「誰の元にどんな自分として生まれて来るか。君も、私でさえも選ぶことは出来ない。どれだけ望もうが、どれだけ悔もうが君が忌み子である事を変える事は出来ない。過去は変えられない――でも過去は変えられる」
矛盾した言葉にマギちゃんは眉を顰めた。
「どれだけ強力な想いだろうとも過去を変える事は出来ない。けど、未来の過去は変えられる。早めに歩き出しなさい」
キルピテル様の手は肌を撫でるように滑り頬へと触れた。
「覚えておくといいわ。君は忌み子なんかじゃない。特別でもないし。君は君でしかない。私が私でしかないように。結局、みな誰の親でも子でもなければどこにも属してない。結局のところ、みんなただの自分でしかない。――そして、自分は選べない。だから受け入れるしかないの」
そう言って彼女が浮かべた笑みはとても優しいものだった。まるでそれは愛情に溢れた母のようで、春を照らす陽光のようで。
「今を受け入れ、未来に抗わなければ何も変わらない」
だけどそれはほんの数秒で、キルピテル様はすぐに手と顔を離した。
「まぁ全ては君次第。――さて、そろそろやらないと折角の魔力が無駄になっちゃうわ」
そしてキルピテル様はマギちゃんから離れ割れた岩と向き合うように立ち止まった。
「とは言ってもまたアレを封じる事が出来るのは精々あと一回。もし、同じことが起きたら次は君がどうにかするのね」
なんてことないと笑みを浮かべてはマギちゃんを指名するように指差すキルピテル様。
「そんな……。僕なんかに……」
「ならそれまでに力を付けるしかない」
そう言いながら両手を構え何かを始めたキルピテル様を光が包み込む。
「結局、こいつを封じ続けても同じこと。いずれ誰かがやらなきゃならない」
更に強まる光。
「私はただそれまでの時間を稼いでるにすぎないわ」
「僕に出来るんですか?」
「さぁ? でも道のない忌み子ならやるしかない――頑張って。応援してる。君が忌み子なら特にね」
そう言って放たれた光は辺りを一瞬にして眩さで満たした。
――気が付けば私は地面に倒れていた。倒れていたのだろうか? 一瞬、訳が分からなかったが徐々に思い出し始めた。確か倒れてしまって……それから意識を失ってしまってた。その証拠に倒れてからの記憶はない。
「ルルさん?」
その声に私はまだ少しぼやけた頭を持ち上げ起き上がった。
「大丈夫?」
「うん……まぁ」
特に痛みもないし、寝起きのようなものだけで何か変な感覚もない。
「何だったんだろう……」
「キルピテル様が、助けてくれた」
「え?」
それからマギちゃんは私が倒れている間に起きた奇妙な出来事のことを話してくれた。
「つまりまたキルピテル様がルーキュラを封印してくれたってこと?」
「うん」
そう言ってマギちゃんが指を差したのはあの岩。真っ二つに割れていたはずの岩は何事もなかったかのように罅すらなく元通りになっていた。最初と違いもうそこに像は無かったが。
「でもどうしてキルピテル様だって分かったの?」
「何ていうんだろう……感じた? 村にあるキルピテル様の像から感じたのと同じ感じ」
多分それは私には分からない何かなんだろう。だからそれ以上訊く事は止めた。
「っていうことは村ももう大丈夫かもしれないね! 戻ろっか」
「うん」
そして私とマギちゃんは洞窟を後にし、村へと駆けるように戻った。
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