7

「マギ! あなたも早く――」

「ならん!」


きっとマイラさんは逃げるように言おうとしたのだろう、でもそれをイベルさんの声が遮る。


「まだ分からんか? 忌み子がどれ程の災厄を招くか。これ以上、村の者と一緒にはしておれん」


マイラさんは悲し気な表情でマギちゃんを見ると、次は視線をあの化物へ。魔女族としての彼女と母親としての彼女。もしかするとマイラさんの中で二人の自分が対峙しているのかもしれない。

でも状況的にも悠長にしている暇はない。


「じゃあ取り敢えずマギちゃんとは私達が一緒にいますから」

「でも……」

「大丈夫ですよ」

「それじゃあアタシはこの脅威からこの子達をちゃーんと守らないと」


剣を抜いたレナさんは化物へ剣先を向けた。


「なら僕にやれる事と言えば他のティラーに協力する事かな」

「それじゃあ私達はとりあえずこの村の外に」


そして私はマギちゃんの手を引いて村の外にある森へと隠れた。叢と木々に身を隠しながらも密かに村の様子を伺う。

目の前で繰り広げられるのは、三種の足を無数に持つ魔物(なのかは分からない)と魔女の戦い。地を這い飛び掛かる触手と犬と蛇。それに応戦する魔術――その中を一人駆けるレナさんも剣を片手に勇猛果敢に戦っていた。

現状そんな悠長に観察していいのかは分からないが、魔術というものを初めて見る私はつい激しい戦いに見入ってしまってた。火と氷と土と風。見たところ、形は違えど魔術の種類としては大きくその四つに分けられる。偶然かそれとも何かあるのかもしれない。

そんな事を何となく考えながら視線は、突如現れた魔物らしき存在へ。私自身、世界中で見られる魔物種類を把握している訳じゃないが、その姿形は知らないものだった。


「なんていう魔物なんだろう」

「……ルーキュラ」


気が付けば口で小さく呟いていた私の声に横から更に小さな声で返事が聞こえた。


「ルーキュラ?」


言葉の代わりに頷いて見せるマギちゃん。


「あんな魔物もいるんだ」


目の前で暴れるその姿に私は少しだけこの旅に不安を感じてしまった。シェパロンへ向け進めば進む程、狂暴な魔物が現れる可能性が高まる。もしあんなのと出くわし避けられない状況になったら……。そう思うとやっぱり自分の我儘で私はとんでもない危険に二人を巻き込んでしまったのかもしれない、と罪悪感のような感情が不安と混じり合い心臓を包み込むような感覚に襲われた。


「あれは……キルピテル様が封じた怪物だよ」

「え?」


突然でかつ小さな声に私は辛うじて聞こえたが思わずそう返してしまった。


「昔、人々を襲って食べてた怪物をキルピテル様が封じてくれた。その時に使ってた力が、魔術って言われてるらしい……です」


最後に付け足された敬語と共にマギちゃんは少し視線を逸らした。


「じゃあその封印が解けてまた暴れてるって事?」


うん、彼はそう頷いた。

でも正直に言ってそう言われるより魔王によって生み出された魔物だと言われた方が納得がいく。かといって彼を疑ってる訳じゃないが――何とも表現し難い気持ちだ。


「何で急に……」


自問自答のようにただ呟いたつもりだったが、意外にも自分の声を聞きながら思い出した。地震の事を……。


「あっ、あの地震」


ほんの数秒だったが激しい揺れの際に(どんな封印かは分からないけど)何かが壊れて解けてしまったのかもしれない。


「僕の所為……なのかな?」


すると、今にも泣きだしそうな声が聞こえ私は横を見遣る。顔を俯かせたマギちゃんの横顔しか見えなかったが、悲感と責任のようなものに沈む彼は不憫で仕方なかった。きっとさっきのイベルさんと母親のやり取りを見てたからだろう。


「正直私は、この村の事も、この村で受け継がれてきた事も分からないけど――でもマギちゃんの所為じゃないって思うよ。だって珍しい事が起きたからってそれが悪い出来事の前兆だっていうのは、勝手に結び付けてるだけって感じだし」


自分ですら言いたい事をまとめられてる気がしないし、上手く伝わってるのかは分からない。でもこれだけはちゃんと言っておきたかった。


「――君の所為じゃないよ。大丈夫」


そう言って私は自然と彼を抱き締めていた。マイラさんを真似るように、少しでも安心してほしかったから。

すると、そんな私達を他所に響く爆音。反射的に目をやるとルーキュラを爆煙が包み込んでいた。その光景を目にした瞬間、私の胸に広がる期待。

だが煙の中からは依然としてあの三種の足が姿を現しレナさんを含め村の人に襲い掛かる。既に傷を負い赤い線を頬に走らせるレナさんだったが、それでも眼前の敵に立ち向かっている。

ついさっきまでの期待は身を顰め代わるようにこんな状況でも何も出来ない無力感のようなものが、私の中へ湿気のようにじわり広がるのを感じた。もしかするとマギちゃんも同じ気持ちなのかもしれない。自分の所為かもしれない、そう思いながらも何も出来ない――それに似た気持ちが今の私には分かる。気がする。


「そのキルピテル様がルーキュラを封じた場所ってこの近くにあるの?」

「ここから少し歩いたとこにあるってお母さんが言った」


もしかしたらこれもまた私の我儘なのかもしれない。

でも必死に戦うレナさんを目の前にこのままじっとはしていられなかった。私が言い出したこの旅で傷つくレナさんを見て置きながら――仮に迷惑だったとしてもじっとしれいられない。

そしてマギちゃんも同じ気持ちのはず。そう思った私はしゃがみ込み彼の両肩に手をやっては、真っすぐ目を見ながらながら尋ねた。


「一緒にそこに行ってどうにか出来ないか探ってみない?」

「探るって?」

「もしかしたらアレをどうにかする方法が見つかるかも!」


それは何の根拠もなければ確信もない――言わば私の希望的観測でしかなかった。


「うん!」


でも私も彼も今は同じ穴の狢なのかもしれない。この場所でじっとはしてられない、そう言うようにマギちゃんは元気よく答えた。


「それじゃあそこまで案内してくれる?」

「こっち!」


そうして私はマギちゃんに手を引かれそのルーキュラの封じられていた場所へと向かった。

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