5

 そしてそれは翌日の昼食を入れたお腹も落ち着いてきた頃。


「それじゃあ行きましょうか」


 マイラさんに言われ家を出た私達はこの村唯一の階段を上がる。マギちゃんは一足先に行っては儀式の前準備をしているらしい。

 階段を上りきるとそこにはすぐ大きく口を開いた洞窟が私達を待っていた。辺りには村人達が集まっており儀式の始まりを待っているらしい。でもそこにはどこか違和感があった。


「儀式には全員が参加するんですか?」


 私は辺りを見回しながらふと気になった事を尋ねたのだが、返事はない。視線をそのままマイラさんへと向けてみると、洞窟を見つめどこか不安げだ。


「もしかして儀式って危険だったりします?」


 その表情にもしかすると私が思っている以上に厳しい試練のようなものなのかもしれない。そう思うと自分が受ける訳でもないのについ緊張が背筋を伸ばした。

 だけど私へ向けられたマイラさんの表情はさっきとは一変し一足先にそうじゃないことを告げた。


「いえ。危険も、難しい事もありませんよ」


 ならばそれは私には理解出来ない親としての感情なんだろう。


「この儀式さえ乗り越えられれば新たな魔女となる力を授かれます」

「もしかするとこの儀式って言うのは、魔女である女性だけしか参加しないんですか?」


 すると私と同じように辺りを見回していたコルさんが僅かに恐々としながらそんな事を尋ねた。私は改めて辺りを見回し、さっき感じた違和感の正体がそれだという事に気が付いた。


「はい。男性とまだ儀式を行っていない子ども達は参加しません」

「えーっとじゃあ僕もまずいんじゃ?」


 確かに儀式を行ってなければ男性であるコルさんが参加していいものなんだろうか。


「お気になさらず。貴方方はあの子の命の恩人。例外というものですよ。それに以前にもこの儀式に参加した男性がいたと聞きます。なので大丈夫ですよ」

「でもコルさんが良いなら儀式を受ける子の父親とかも良さそうだけどね」

「そこは昔ながらの掟とでも言っておきましょうか。それにもし父親だけは良いとしても今回ばかりは女性だけになってたでしょうね」


 そう微笑むマイラさんとは打って変わり私達は少し顔を引きつらせた。特にレナさんは余計な事を口にしてしまったと申し訳なさそうだ。話題に出して尋ねる事はしなかったが、昨日からあの家の人はマイラさんとマギちゃん以外見ていない。父親の姿はいつになっても現れず少し気になってはいた。

 でも流石に訊けずにいたのだが、思わずそういう話になってしまい答えが出てしまった。


「すみません」

「いえ。謝るなんてそんな。お気になさらず」


 マイラさんはそう言って手を振り、表情は本当に気にしてないというようだった。だけど聞いてただけの私にも若干の心咎めは残っていた。


「そろそろ始まるようですよ。では行きましょうか」


 そんな気持ちを引きずったまま私達は洞窟の中へと足を踏み入れた。

 中は少し通路が続き、その向こうには広々とした空間が広がっていた。壁で灯り辺りを照らす燈火。奥には深さは分からないけど聞いていた通り泉があり、その中央には像が立っている。更に天井から差し込む光がその像を照らすことで神々しさを演出していた。

 それは女性の像で、広がった長髪が背に伸び片手には浅く横長の杯を掲げるように持っている。

 全体的に何だか神秘的で、儀式の場所としてじゃなくても何か気の引き締まる感覚は感じていたのかもしれない。正直に言って神様の類は信じてない私だけど、それでもこの場所の雰囲気はもしかしたらと思わせるものがあった。

 そんな感想を抱きながらも下手に動けば注目を浴びる音になってしまいそうな程の静寂の中、ただじっと待っていると――。

 唯一、横の方にあった別の通路から人が二人姿を現した。一人は少し歳のいった人で、もう一人は肌襦袢だろうか生地の薄い白いものを身に纏った少女。マギちゃんだ。

 そして私達の見守る中、一人はこちらへ合流し、マギちゃんだけが漣一つなく沈黙する泉へと足を進める。私達へ背を向け像と向き合うマギちゃん。一度足を止め、頭を下げた後にゆっくりとその湖へと足を踏み入れる。止まることなく像へどんどん進んでいった。

 水深が腰辺り――像の前で足を止めたマギちゃんはそっと両手を上げ、像の持つ杯へと伸ばしてゆく。場所も相俟ってかその所作一つ一つは美しく、私は神聖なものを目にしてるんだと改めて感じた。

 そしてマギちゃんの手が杯へ触れようとしたその時――。

 突然、私達を立っていられない程の地震が襲った。私を振り落とそうとするその揺れは凄まじく、連動して洞窟全体が大きく揺れていた。そんな中、私達は小さく身を丸くしては揺れが収まるのをただ待つのみ。

 だが幸いにも地震は数秒ですぐに収まり、洞窟の天井が崩れ落ちたりなどの被害も誰かが大怪我したなんて事もなかった。


「マギ!」


 すると何事もなかったとホッと胸を撫で下ろしていた最中、マイラさんの声が洞窟に木霊した。その声に私達は泉の方を見遣る。

 だがそこにはあの像だけが変わらぬ姿で立っているだけでマギちゃんはどこにも見当たらない。揺れの影響で波打つ泉はまるで不吉を知らせるようだった。ざわめきと共に感じる皆の不安。きっと一番はマイラさんだと言うのは想像するまでもない。

 そしてマイラさんが不安気な足取りで泉へ一歩二歩と近づいたその時だった。像の手間、水の中からマギちゃんが顔を出したのだ。揺れの際に倒れて水中に倒れてしまっていたのかもしれない。

 その瞬間、灯った火の温もりのように皆が安堵するのを感じた。特にマイラさんは口から大きく息を吐き出し、力の抜けた微笑みを浮かべている。

 一方で水面から顔を出したマギちゃんは、何度か咳を繰り返しながらもゆっくり泉から上がって来た。当然ながら髪も身に纏っている服も全てが水に濡れている。

 そして泉から水を滴らせながら上がって来たマギちゃんだったが、その姿に私は思わず微かに瞠目してしまった。同時に周りで息を呑む音が聞こえた。(確認はしてないが)きっと私達の視線は同じ方へ向けられてたはず。


「っ!」


 肌にピッタリと張り付いた服。それは彼女――マギちゃんの体のラインを明確に語っていた。同時にそれが語っていたのは、ずっと私が彼女だと勘違いをしていたという事。

 でもそれは私にとって変に思い込んでいたのが違ったという吃驚に過ぎない。直接、女の子扱いした訳でもないから強いて言うなら勝手に勘違いしていた事に対するマギちゃんへの若干の申し訳なさが加わる程度。

 だからか少し遅れてその意外な事実より周りが私同様に――いや、私以上に驚きを見せている事に対しての疑問が勝ったのは。

 理由は違えど私を含め一驚に喫する中、マギちゃんの方へ駆け寄ったマイラさんは守るように我が子を背にしてはこっちへ顔を向けた。


「な、な……なんてことじゃ!」


 見開いた目に震える指、詰まる言葉。マギちゃんを指差さすイベルさんは明らかに動揺の二文字に染まっていた。それどころか口調には怒りすら感じられる。


「違います! この子はそんな……」

「と、とんでもない事――」

「イベル様! イベル様!」


 興奮の余り気を失ってしまったんだろうか? イベルさんはぷつり糸が切れたようにその場に倒れた。そんな彼女の元へ集まる女性達。少し離れた場所ではマイラさんはマギちゃんを抱き締めていた。そして(マギちゃんと一緒に現れた女性は)一人不安気な表情で立ち尽くしては視線をイベルさんから二人へ。

 一方ですっかり置き去りにされた私達は互いに目を合わせてはただ流れに身を任せるしかなかった。

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