12.動機
「まぁまぁ、そんな緊張しなくて大丈夫だよー」
「あ、はい……」
(いや、流石に緊張はする。下心とか抜きにしても緊張はする)
「でも、あいつら、私のことすでに女扱いしてないからちょっと新鮮だね」
リリィは屈託のない笑顔でそんなことを言う。
キャンプは基本的には寝るための施設であり、人、三人が横になれるスペースがある。
リリィが真ん中のスペースを確保してしまったので、ミカゲはどちらを選んでも隣りになってしまうのであった。
「せっかくだからちょっと聞いてもいいかな?」
リリィは積極的に話し掛けてくる。
やはり女性だからか、基本的に会話が好きだ。
あくまでも一般論であるが、日常において女性は男性の三倍の単語を発するという。
「あ、どうぞ」
「ありがとう。ミカゲって苗字、蒼谷だけど蒼谷アサヒと関係あったりするの?」
「あ、えーと……そうですね、一応、自分がアサヒの兄です」
「ほぇー、なんか親戚とかかなーと思ったけど、まさかの実の兄弟ですか。心中お察しします」
「はは……」
ミカゲは少し苦笑いする。
弟の方が圧倒的に優れているということで、確かにほんの少し、自尊心に傷がつくのであった。
「なんかいきなりセンシティブなこと聞いちゃったかな?」
「えーと、まぁ、大丈夫です」
「ちなみにミカゲはどうして攻略者になりたかったの?」
「あ、はい……えーと」
「あっ、人に聞くならまずは自分からか! 私はね……まぁ、お恥ずかしい話、お金ですね」
「……!」
「実はうちの実家、貧しいくせに大家族でね……」
リリィは自身のことを語ってくれる。
リリィは姉妹7人、兄弟7人の一番上の長女として生まれた。
「よくあるじゃん? 生活は苦しいけど、楽しい生活ー、みたいの?」
「……」
「ないわー。はっきり言って、子供の作り方知ってからは親を呪ったよね」
そんなリリィは幸運にも宝物特性レベル9と高かったこともあり、家族を養うべく、攻略者になることを志した。
「だけど、妹や弟達には罪はない……だから……」
しかしリリィの母国はユグドラシルのような巨大なダンジョンはなく、いわゆるダンジョン後進国であったそうだ。
それでも15歳から母国の宝物特性レベル7以上が集められたエリートが集まる攻略者育成アカデミーに入学したという。
「でもさー、そこでちょっと落ちぶれちゃって。現実、見せられた感じだよね」
よくある話だ。宝物特性レベルが高い子供は、たいてい地元では敵なし、天才、神童と言われて育つ。
しかし、そのような子供を集めれば、有象無象だ。
「ちなみにさ、私の職型、なんだと思う?」
「えーと……格闘家……ですかね?」
「惜しい! 正解は白魔法師でした!」
「え……!?」
「だからさ、アカデミーでは私、魔法科だったんだよね」
「意外です」
「そうかな? でもさ、私、簡単に言うと、才能がなかったんだよね」
リリィは魔法の発動の速さ、正確性において平均以下であったと言う。
特に正確性が致命的であった。目的の位置に魔法を発動させることができないのだから。
「宝物特性が高くてもそれを扱うセンスは別の話。魔法は特にね。そんなわけで、まさに
ふとリリィは過去を思い起こすかのように遠い目をする。
◇
『リー姉ちゃん、どこの
『っっ……』
実家に戻ると、歳の離れた弟達が無邪気にそんなことを言う。
『こらこら、アカデミー出ても必ず攻略者になれるわけじゃないんだから……』
歳の近い妹、次女のランがそんな風に弟達を
『えー、でもラン姉ちゃん、あんなに強いリー姉ちゃんが攻略者になれないはずないじゃん』
『……』
その言葉は自信を失っていたリリィに刺さる。
そうだ……弟妹たちにおいしいご飯を食べさせるんだろ?
リリィ……腐るな!
リリィは自分自身に言い聞かせた。
◇
それで何かが変わるなら苦労はしない。
その後もリリィの成績はぱっとしなかった。
実技試験では魔法が上手くいかず、仕方なく物理攻撃で無理矢理、突破したりもした。
同期達が事務所に引き抜かれて、退学していく中で、リリィは卒業の時期が迫っていた。
アカデミーにとって、卒業は売れ残りを意味し、喜ばしいことではなかった。
『ねぇ、あの子じゃない? 宝物特性レベル9職型ありなのに売れ残ってるっていう』
『宝物特性レベル9職型あり……? うらやましいねぇ。俺にくれよ』
『うそー、そのステータスで売れ残るってどれだけ才能ないんだよ』
『あの子、入学した時、めっちゃ自信満々そうな顔してたよね』
「……」
そんな陰口も聞こえてくる。
同じ売れ残りの者達は心に余裕がない者もいた。
そのような人達は自分より下……可哀そうな存在を探すことで自身の心の隙間を埋めていた。
もう諦めよう……所詮、貧乏家庭……生まれた瞬間からそこを抜け出すことなんてできないようにできているんだ。
そんな彼女の転機は急に訪れる。
『君かー、杖を鈍器に使っているのは……相撲とか強そう』
◇
「墨田ドスコイズにスカウトされた。本当に驚いた。まさか日本の
(……俺もだ)
「職型を一切、活用しないというのは正直、少しもったいなくも感じたけど、目から鱗だった」
リリィは杖を捨て、職型も捨て、肉弾戦で戦うようになり、才能が開花したという。
「そんなわけで私は揺さんに頭上がんないのよ」
(これも……俺もだ)
「まぁ、墨田ドスコイズは規模的に基本給はちょっと安いんだけどね」
リリィは舌を出す。
他にもリリィは、七山は元は普通に
「あ、気付いたら"なんで攻略者になりたかったのか"から大分脱線したことを話しちゃってたね」
「いえ、すごく勉強になりました」
「うむ、で、ミカゲは?」
「あ、はい……」
ミカゲは記憶を呼び起こすように、一度、目を瞑り、そして開く。
「18年くらい前のユグドラシル災害が一つのきっかけ……かなと思います」
◇
攻略者にはダンジョンの謎や新たな功績へ挑み、エンターテイメントを提供すること以外にもう一つの役割がある。
それは稀に発生する"上層からのあふれ"から市民を守ることである。
ユグドラシルにおいて、
一方で、ひとたび発生した場合、非常に強力なモンスターが地上に降り立つ。
◇
18年前(ミカゲ6歳、アサヒ1歳)――
その日、ユグドラシル上層からのあふれが発生した。
『ミカゲ! 地下に逃げるわよ』
母がいつになく強い口調で言う。
『うん』
その日、父は仕事で外出していて、ミカゲ、アサヒと共にいたのは母だけだった。
『アサヒ、いくよ』
母は1歳になりたてのアサヒを抱っこひもで抱っこする。
ミカゲは母がおんぶにするか抱っこにするか少し悩んでいたのを覚えていた。
おんぶは動きやすい。一方で抱っこは降ろす時におんぶより素早く対応できる。
結局、母は抱っこを選択する。
『っ……』
外からは頻繁に爆発音が聞こえてくる。
アサヒは1歳なのに、寝ているわけでもなかったが、泣いたりしなかった。
『母さん、怖いよ……』
『大丈夫、ミカゲ、母さんが必ず守るから』
『……』
地下シェルターへ向かうには一度、マンションを出る必要があった。
どうか地下シェルターへたどり着くまでの間だけ何も起こらないでくれ。
マンションを出るとき、ミカゲは子供ながらそう願った。
だが……
グギャァアア!!
地下シェルターの入口まであと少しというところで、出くわしてしまった。
黒い大きなドラゴンがミカゲ達の前に立ち塞がった。
『ミカゲ! アサヒを……!』
『え……』
ミカゲ母はその一瞬で抱っこひもを解き、ミカゲにアサヒを託し、二人の子供とドラゴンの間に丸腰で立ち塞がる。
『っ……』
重い……
ミカゲがアサヒを立った状態で抱っこするのはその時が初めてだった。
『ごめん……ミカゲ……逃げて……』
『っっ……! い、嫌だ……!』
『逃げなさい!! ミカゲ!!』
『っ……!』
いつも穏やかな母が初めてミカゲに命令した瞬間であった。
気付くと母の脚は震えていた。
『うわぁああああああああ』
『……いい子』
ミカゲは走った。母に背を向けて。
それは地下シェルターとは反対の方向だったがそんなことはわからなかった。
しかし、とにかく無我夢中で走った。
その時であった。
後方から強い光が発生した。
『っっ……』
6歳の子供に振り返らずに走り続けることなんてできるはずがなかった。
だが、その光景は、子供ながらに想像してしまった最悪の結末とは異なった。
『すまない、遅れた。大丈夫かい?』
こと切れたドラゴンの後方からその攻略者は現れた。
◇
「えー!? そこであの
リリィが目を丸くする。
「そうなんです……」
「うわぁ、それは超ドラマチック」
リリィは興奮気味に言う。
「須原統治郎って、日本史上最高の攻略者と言われてる
「そうですね……」
「ほぇ~、その須原さんが助けに来てくれた上に、助けた子供が紅蓮の珠砲を継承するなんて、これまたドラマチックですなーー!」
「そうです……ね……」
「あ、ごめん……これだと完全に主人公、アサヒくんになっちゃうね」
「え、えぇ……別にいいんですけど……」
「ふーん、つまりミカゲが攻略者になったのは須原さんに憧れてってこと?」
「え、えーと……それは……そうと言えばそうなんですけど……」
ミカゲは少し歯切れが悪い。
「ん……? 違うの……?」
「あ゛っ……!!」
「っっ!? え、どうした、急に」
ミカゲが突如、声を出すので、リリィはびくっとする。
「見てください……21時です」
ミカゲは時計を指差して言う。
「え? あ、そうだね……?」
「寝る時間です」
「はい?」
「リリィさん、お話ありがとうございます。勉強になりました。明日はよろしくお願いします。それではお疲れ様です、お休みなさい」
「ふぇ……?」
「…………」
「え゛っ!? もう寝てる!!」
ミカゲは就寝した。
=======
【あとがき】
今日はこの後、もう一話更新します。
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