09.上層へ

「ど、どうしたの?」


 ミカゲはおにぎりを鑑定した佐正に確認する。


「お、おにぎりの使えるスキルが増えてた」


「おぉ……!」


「や、やったな! おにぎり!」


 佐正はおにぎりの両手をもってぶら下げて小躍りする。


「に゛ゃー」


 おにぎりは少々、迷惑そうだ。


「しかし、なんで急に増えたんだろ。今までそんなことなかったんだがなー」


 佐正は急に冷静になり、そんなことを言う。


「わからないなぁ」


 基本的に宝物は何かしらの外的要因がない限り、自ら強くなるようなことはない。


「まぁ、おにぎりは生き物だし、成長もするんじゃないか」


「あー、そうかもですね」


 そうして結論は出なかったものの二人は一度、解散する。


 ◇


「……」


 TRRRRR


「はーい、ミカゲ? 珍しいわね」


「あ、母さん、久しぶり」


 ミカゲは久方ぶりに母に電話していた。


「連絡が遅れたんだけど、実はさ、攻略者になった」


「今なんて?」


 母は自分の耳を疑ったのかミカゲに訊き返す。


(……)


 アサヒのレベル検診の時に、医師からレベル10を知らされた時と全く同じ反応で、ミカゲは少しクスッとしてしまう。


「攻略者に……なった。墨田ドスコイズにスカウトされて……」


「っ……」


 ミカゲ母は言葉を失う。


「……母さん?」


「…………」


「おーい……」


「……ごめん……ちょっとだけ……待って……」


「……」


「……よかった……じゃない……」


 ミカゲは電話越しに母のすすり泣く声をしばらく聴いていた。


 ミカゲも少し泣きそうになった。


 親心とは複雑なものだ。アサヒのことは誇らしいのは間違いない。

 しかしアサヒはミカゲに憧れてクエストクラブに入ったのだ。

 そんなアサヒがミカゲの夢の頂上にいて、それでもミカゲは諦められずに、高校、そして大学でもトレーニングを続けていたことを知っていた。


 ◇


『僕はお母さんみたいな攻略者になるんだ……!』


『えぇ……? お母さん、攻略者でもなければ宝物すら持ったことないんだけど……』


『知ってる!』


『???』


 ふとミカゲ母は幼き日の息子との過去の会話を思い出す。


 ◇


「……アサヒがS級になったときと同じくらい……いや、ごめん。難しいのかなって思ってた分……もしかしたらそれより嬉しいかもしれない……ミカゲ……おめでとう……」


「っ……」


 そんな言葉をかけられて、泣きそうだったミカゲはやっぱり少し泣いてしまうのであった。


「……ありがとう、母さん。でも……これからだから」


「そうだね……ってか、ごめん……どうやってなったの?」


「え……まぁ、なんか事務所の社長とパーティメンバーのサポートでちょっと宝物のレベルを底上げ?みたいなことをしてもらえて……」


「へぇー、そんなことが……よくわからないけど、やっぱりミカゲってすごいんだね!」


「はは……」


(話聞いてたかな? どちらかというと揺さんと束砂がすごいって話なんだけど……)


「周りの人のおかげだよ」


「それもあるのかもしれないけど、ミカゲも十分、頭おか……えーと……狂じ……ちが……努力家じゃない!」


(この母……息子のこと、頭おかしいとか狂人って言いかけなかったか……?)


「まぁさ、してあげられることはあまりないけど、心から応援してるね。改めて、おめでとう、ミカゲ。怪我には気を付けてね……」


「ありがとう」


 そうして通話を切った。


「……」


 母の祝福を受け、今更ながら改めて攻略者になったのだという実感が湧いてくる。


(……)


 ただ、ミカゲにとって、少しだけ晴れないことがあった。


 それは母にも尋ねられたこと。

 どうやって攻略者になったのか。

 自分(ミカゲ)がすごくなったわけじゃなくて、刀と束砂の覚醒がすごいだけなのではないかという疑念であった。


 しかし最初に揺からもらった言葉は強く印象に残っている。


《つまり……君も非凡だ》


 理由はいまだ聞く機会を逃していたが、その言葉がミカゲの心の拠り所となっていた。



 ◇



 一週間後――


 ゴンドラがゆっくりと減速し始める。


「きたきたきたきたーー!! これよこれ!」


 佐正は興奮した様子で呟いている。


 眼前には屋内であるはずにも関わらず、明るく緑豊かな光景が広がっている。


(……夢に見た上層だ)


 佐正ほど表に出すタイプではないが、ミカゲも密かに感動する。


 東京スカイダンジョン、通称ユグドラシル、上層30層――


「おーい、あんまりはしゃぐんじゃねえぞ。遊園地にでも来たつもりか? これから過酷な世界に飛び込むってのに」


 墨田ドスコイズ所属、パーティ"SMOW"の七山ななやまけいが佐正に苦言を呈す。


「はいはい……わかってますよ、ななさん」


 七山は国籍は日本であるが、父はアフリカ系の黒色人種、母は日本人(黄色人種)らしく、強靭な肉体を有し、肌は浅黒く、巨大な盾を背負っている。


七山ななやまけい(26・男) B級攻略者】


 本日、ミカゲと佐正のパーティ"アース・ドラゴン"は同事務所の先輩パーティに当たるSMOWとコラボ配信で30層へ来ているのであった。

 七山はSMOWのメンバーでもリーダー的な存在だ。


「それにしても揺さんもチャレンジャーだよねー。いきなり30層なんて」


 金髪に褐色肌、小柄でスレンダーなわりに出るところは出ており、快活そうで愛らしい顔立ちの女性が少し困ったような表情でそんなことを言う。

 彼女は同じくSMOWのメンバーだ。


【リリィ ※攻略者登録名 (22・女) B級攻略者】


 本名はかなり長いらしく、攻略者登録名を使用している。


「……」


 もう一人のSMOWのメンバー、赤に近い明るい髪で、切れ長の細目……整った顔立ちの男性は特に何も言うことなくゴンドラの隅の方で、あぐら座りしており、股の間で収まっているおにぎりを撫でている。

 彼の武器なのか長物をゴンドラに立て掛けるように置いている。


【柳鋒吉(22・男) B級攻略者】


 ミカゲも佐正も二人の国籍は知らなかったが、日本人ではないらしく、恐らく、リリィは東南アジア、柳は東アジアかなと想像した。

 ダンジョン攻略は国際化が進んでおり、世界でも屈指の巨大ダンジョン"ユグドラシル"を有する日本はダンジョン先進国と言って差し支えなく、他国からも多くの人材が集まっている。


 と……


「おにぎりちゃぁあん」


 突如、発作を起こしたかのようにリリィがおにぎりに接近しようとする。


「フゥーー!」


 しかし、おにぎりは毛を逆立ててリリィを威嚇する。


「うぇーん、なんでりゅーばっかりぃい!」


 リリィは悔しがる。

 りゅーとは柳の呼び名だ。りゅーだったり、りゅーさんと呼ばれている。


「そんなに急に脅かしてはだめだ……」


 柳は優しく諭すように言う。


「いや、その猫、俺にも懐かないし……」


 七山が言う。


 どうやらおにぎりはSMOWのメンバーでは柳のみに心を許しているようだ。


(はは……何が違うんだろ……)


 ミカゲは若干の優越感を抱きつつ、その様子を横目に眺める。


 佐正は飼い主なのに、あまり興味なさそうであった。


 そうこうしているうちにゴンドラが完全に停止する。


 佐正は居ても立っても居られない様子で宣言する。


「行きましょう! ゴーレムハンティング!」


 本日のターゲットは危険度79のモンスター……"アイロンゴーレム"だ。


【モンスター アイロンゴーレム 危険度79】


 ◇


(幕間)


 東京プロモート、事務所――


「あ、そう言えば、アサヒのお兄さんだけど……」


「え? ミカ兄がどうしたの?」


 パーティ"アルビオン"のメンバーであるステラ・ミシェーレが同パーティの蒼谷アサヒに声をかける。


【蒼谷 アサヒ(19・男) S級攻略者】

【ステラ・ミシェーレ(22・女) 国:仏 A級攻略者】


「確かに結構やるわね。まだまだ未知数ではあるけど」


「……?」


 しかし、アサヒはきょとんとしている。


「先日、配信をちらっと観たんだけど」


「配信? ……ひょっとして攻略者になったとか?」


「え、連絡来てないの?」


「来てないけど……まぁ、ミカ兄らしいね。ちなみにどこの事務所チーム?」


「墨田ドスコイズ」


「あー、仁科さんのとこかー、流石、見る目あるなー。マッド・スコッパーの異名は伊達じゃないね……そういえば、君って確か、仁科さんのファンだっけ?」


「うん。だからたまたま見てた」


「なるほど……まぁ、ミカ兄の実力からしたら当然だから、大した驚きでもないね……逆によく今まで見つからなかったものだ」


 そう言って、アサヒはステラに背中を向けて去っていく。


「ふーん……なら、なんで口元を隠してるのかしらねー」


 ステラはじとっとした視線を送りつつ、左手で口元を隠しているアサヒの背中を見送る。

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