彩り

 洸太郎のスマートフォンが振動する。


 連絡は高木からで、画面には『葉に変動なし』と表示されている。



 洸太郎は高木と連絡先を交換してから、新しいグループトークを作成していた。


 高木は古書の確認を進めながら、決まった時間に葉の枚数を確認しに行き、現状報告はここに共有してくれることになっている。


 葉が散ったからといって何かが出来るわけでもなく、あくまで気休め程度にしかならなかったが、今はこれが唯一の心の拠り所になっていた。



 洸太郎が高木への返信を送ると、送信を押してすぐ、また洸太郎のスマートフォンが唸った。



「あれから瑠奈と話したか?」



 大介からの連絡だった。


 瑠奈とは昨日の一件以来、まだ連絡を取っていない。というのも、瑠奈からの質問に対する洸太郎の答えが、未だに出ていなかったからだ。


 この状態で連絡を入れても、会話は平行線をたどるだけだと洸太郎は思っていた。



「まだ連絡してないんだ」



 それだけ手早く入力し、送信する。



「別に瑠奈も怒ってるわけじゃないだろうし、もしお前がモヤモヤしてるなら、取り敢えず連絡入れとけよ」



 付き合いが長いと、それとなく互いの気持ちもわかるようになる。


 背中を押すような大介の言葉は、自然と素直に受け入れることが出来た。



「そうだよな、ありがとう」



 そう大介に返信し、洸太郎は瑠奈に連絡を入れることにした。


 何かが吹っ切れたように、「たとえ話が平行線を辿ろうと、このまま何もせずに考えているよりはずっとマシだ」と、洸太郎は思い直した。



『おはよう。昨日、何か瑠奈の気に障るようなことを言ったのならごめん。良かったら、瑠奈が思っていたことを聞かせてくれないかな。連絡待ってます』



 口に出せば数秒足らずの文章を作るのに、随分と長い時間を費やした。


 すぐに既読が付くかもしれなかったが、洸太郎は一息つくように、メッセージを送信してまもなく、スマートフォンを机に置いた。


 気持ちの切り替えは出来ている――そう思っていたものの、結局返事を待っている間の胸のそわそわした感覚を、耐えることが出来なかった。



 返事を待つ間、洸太郎は窓の外を眺めていた。



 雨が降り止んでから自動車や電車のタイヤは回ることなく、進行方向を向いたまま止まってしまった。


 これにより、多くの人に影響が及んでいた。


 ほとんどの社会人は出社困難となり、全面在宅勤務の推奨、そして、学校の臨時休校も今なお継続している状況である。


 昨日は物珍しさもあって外を歩く人がたくさんいたが、今は外では激減している。


 自宅等で真面目に仕事をこなしている人もいるだろうが、これから何が起こるか分からない以上、集中など出来るはずもない。テレビやインターネットでこの状況についての情報を得ようとしている人が大半だろう。


 みな、新しい情報を今か今かと、首を長くして待っている。


 窓を開けていても、楽しそうに話す声も、自動車や電車の通る音も聞こえてこない。


 今この部屋からため息をつけば、隣の家まで届いてしまいそうだ。


 洸太郎の目には、まるでこの世界の色が全て、失われてしまったように映っていた。



 空は朝の予報通り、とても厚い雲に覆われ、日差しが指し込む隙間を埋め尽くしている。


 

 完全に活気を失ったこの世界の天候が「陽の日」へと変わる時、世界は一体、どうなってしまうのだろう――洸太郎は空に向かってため息をついた。



 厚い雲まで届きそうな長いため息を吐き終え、スマートフォンの通知を確認すると、瑠奈からの返信が一件届いていた。


 脳が指令を出す必要もなく、親指は通知をタップする。



『おはよう。私の方こそ、ごめんね。つい洸太郎に当たっちゃった……。ちゃんとみんなにも話すから、もう少しだけ時間をちょうだい』



 何かが解決したわけではなかったが、洸太郎は久しぶりに「安心」という感情に支配され、心が自然と温まった。


 自分も含め、今はこの世界にいる誰もがこの感情を強く欲し、大きな不安に駆られているのかもしれない。



 少しずつ、洸太郎は「命を天秤に掛ける」必要性を感じるようになっていた。



 瑠奈への返信文を作成していると、新たに一件の通知が届く。


 画面に表示される『高木さん』の文字は、洸太郎を強い「不安」の感情へと戻していた。



『葉が散った。残りは三枚だ』



 洸太郎は「たった三枚……」と呟き、自然に肩と視線が下に落ちる。


「神木様を生き返らせる方法を」と言って、まだ何も策が浮かんでいない洸太郎は急に焦りを覚え、無意識に時計に目を移す。



 無情にも時計は遅れることも、早まることもなく、正確に時を前へと刻んでいた。



 その時、開けたままにしていた窓から、目の覚めるような強く冷たい風が吹き、洸太郎の髪は後ろへと大きくなびいた。


 

 そして、その風に貫かれたかの如く、厚い雲に隙間が生じ、光が直線的に地面へと降り注ぐ。



「日差しが――」



 洸太郎は窓から身を乗り出し、日差しが向かう方向を見つめた。


 ここからでは着地点まで覗くことは出来ない。


 一方で、たくさんの家の屋根が日差しによってその色を露わにしていく。


 皮肉にも、人類を滅ぼすであろう日差しが、この世界に彩りを加えている。


 目視出来る範囲では、まだ外を出歩く人を確認出来てはいない。




 ――頼むから、誰にも当たらないでくれ……




 洸太郎の切なる思いは、再度吹き抜けた強い風に、かき消された。

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