自分の命

「枝に残る葉の枚数、そして、古書に関して少しでも気になるところがあれば、直ぐにこちらから連絡を入れる」と言って、洸太郎は高木と連絡先を交換し、この日は水源寺を後にした。


 鳥居の前では、先程の男性が待ちわびていたかのようにカメラマンに合図を送り、マイクをこちらに向けて近寄って来たが、四人は一切、口を開くことはなく、背中越しに向けられた嫌味や挑発も、全く気にすることはなかった。



「当たり前だけど、残りの葉っぱがいつ散るのかなんて、わからないんだもんね……」



 少しの風の音であってもかき消されてしまいそうな小さな声で、千歳は言う。


 辺りが暗いせいか、言葉はより深刻な空気を纏いながら、洸太郎の耳へと届く。



「それもそうだし、いつまでも空が曇り続けるとも思えないしな。『日差しだけが降り注ぐ日』――ニュースでは『陽の日』とか言っていたけど、その日がいつ来るのか……次の日の天気が気になるなんて初めてだよ」


「高木さんの言っていたように、神木様は何かメッセージを伝えたいのかな……」


「『生きている意味』なんて、自分のことですら、よく考えたことねーよ」



 お互いに、ただ思っていることを投げ合うだけの会話。


 当然、答えが見つかることも、心のモヤモヤが消えることもない。


 それでも、想いを言葉にして吐き出していなければ、次から次へと妄想や空想、夢想むそうの念を勝手に膨らます脳に、押し潰されそうな感覚に陥ってしまう。


 しかし、その時間は長く続くこともなく、次第に会話は無くなり、心につっかえた感情は重たい足取りとなって残ったのだった。



「洸太郎はさ……、前にも聞いたと思うけど、これからどうするつもりなの?」



 洸太郎は、久しぶりに瑠奈の声を聞いた気がした。


 思えばずっと難しい顔をしている。



「どうって……。わからないけど、取り敢えず雨の種はここにあるわけだし、神木様を生まれ変わらせる方法を考えようと思う」



「考えたって仕方がないじゃない! 神木様が生きている以上、何かを試すにも試せないのよ? それに……、神木様は人の命で生きているんでしょ? それってつまり――ってことじゃない!」



 突然、怒号にも似た声で瑠奈は言った。


 思いの丈を感情に任せ、一気に全て言い尽くしたかのように、瑠奈は肩で息をしている。




「洸太郎は――自分の命を捨てられるの?」




 真っすぐと洸太郎に向けられた瑠奈の目からは、今にも涙が零れ落ちそうだった。



「それは……、ごめん。よくわからない」



 洸太郎は自分でも驚く程に落ち着いた声で答えた。



 世界中の人々と、自分自身の命。



 それらを天秤に掛けることなど、夢の中であっても決してあり得ない。


 あまりにも現実離れし過ぎていて、想像すら出来なかった。


 だからこそ――これが本心だった。

 


 瑠奈は下唇を噛みながら、「そんなに軽いものじゃないよ」とだけ言って、一人、先に行ってしまった。




「僕、まずいこと言ったかな」


「誰だって混乱するよ。それに、私だって神木様を生き返らせることに必死で、こうちゃんの気持ち……、いや、現実にちゃんと向き合っていなかった……。ごめんね」


「そうだよな。また雨が降るってことは――」


 口を開けることすらままならない程、空気が一気に重みを増す。



 結局、その後は三人とも言葉を発することなく、それぞれの家へと帰っていった。




 翌日、木船家のリビングは一つの話題で活気を取り戻していた。


 『真相を知る子どもたち』なるテロップで、テレビの中では何度も同じシーンが繰り返し映し出され、顔にモザイクの掛かった四人が動いている。



『止まりなさい! それ以上近づくと、我々も手加減は出来ないぞ!』


『神職さん! 神職さん!』



『――突然走り出した少年たちが今、警備に当たっていた警察官に取り押さえられました! 何やら神職と話をしております。何を話しているのでしょうか』



 聞き馴染みのある男性の声が状況を伝えるべく、興奮気味に話している。



『話を聞きに行ってみましょう――。すみませーん。私たち、テレビ局のものなのですが……』



 洸太郎の記憶では、そこからは大介との会話があったはずだが、映像は洸太郎が水源寺から出て来るまで、まるで洸太郎らが終始無言であったかのように編集されている。



 その編集は四人を何かの犯人扱いにでもするかのように、怪しい雰囲気を匂わせる演出をさせていた。



『えー、何らかの情報を知っているとみられる四人組が今、水源寺から出ていきました。恐らく、中では宮司と会話をしていたものと思われます。我々、報道陣だけでなく、一般人も完全シャットアウトしているこの状況に於いて、誠に異例の対応であります。雨が降り止んだこととも何か関係しているのかもしれません。我々はこの後も、宮司と子どもたちが何を隠しているのか、真実を突き止めたいと思います』



 真相を知っているのなら、わざわざリスクを冒して警察官に向かってなど行かないだろう。むしろ「真相を探しているところだ」と洸太郎は思いながらも、このように演出されては、これが真実であるかのように映ってしまう歯痒さを感じていた。



「洸太郎、これは一体、どういうことなんだ? まさかとは思うが、お前がその……、雨が止んだことと、何か関係しているのか?」


「洸太郎……。もちろん、私たちはあなたを疑っているわけじゃないのよ? ただ、もしかしたらと思って……。困ったことがあるなら、何でも言ってちょうだいね……」



 忠も麻里も、洸太郎に気を使いながら話しているのか、歯切れの悪い質問をしてくる。


 下向きに置かれた彩美のスマートフォンが机の上で定期的に振動しているが、彩美は一向に画面を見ようとはしない。



 内容はわからないものの、自分に関することなのだろう――と洸太郎は思った。



「カットされてたけど、昨日の朝、テレビに映ってたから行っただけだよ。それに、僕に雨を止める力なんてあるわけないだろ」



 嘘と真実を調合していく。


 この時、昨日瑠奈に言われた『自分の命を捨てられるの』という言葉が頭の中を駆け抜ける。



 ――自分が死んだら、きっと家族は……。



 そう考えると、急に胸が痛くなった。



「そ、そうだよな。洸太郎がこんな大事に関与しているわけないよな」


「あなた、だから言ったじゃない。でも洸太郎、夜中に遠出するのはよしなさいね。特に今は危ないから」



 二人にぎこちない笑顔が戻る。



「でもお兄ちゃん――」


「大丈夫だから」



 洸太郎は彩美の言葉を遮って答えた。


 それでも彩美は「だけど」と続けたが、再び被せるように「大丈夫」と伝えると、彩美も下手な笑顔で応えたのだった。



 三人から向けられた笑顔に、洸太郎の中には罪悪感が生まれていた。




 テレビは先程の報道から、今日の天気に切り替わっている。


『今日も一日、厚い雲に覆われる日になるだろう』とのことだった。


 洸太郎は一先ず、皮膚への影響はなさそうだと、ホッと胸をなでおろす。



 しかし、雨の降らない影響は、少しずつ、そして確実に、日常にも変化をもたらし始めていた――。

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