本当の寿命

報道の男

 辺りが一層暗くなる中、洸太郎は水源寺の近くで身を潜めていた。


 この時間になっても尚、報道陣と思われる人影が神社の周りをうろついており、神社の入り口である鳥居には、複数の警察官と警備員が立ち、彼らの侵入を阻止している。


 彼らは神木様に関する「真実」を報道したいのか、はたまた目先の視聴率に囚われているだけなのか。


 その真意はわからないが、洸太郎は前者であることを強く願った。



 新たに来た報道陣が、鳥居の前で警察や警備員と話し込んでは、その場を後にしていく。



 一見する限り、鳥居周りの警備は予想以上に厚く、このまま近づいたとしても報道陣同様、門前払いされてしまうだろう。




 ――これは高木だけの指示だけではなく、からの差し金なのかもしれない。



 

 そう思うと下手には動けず、洸太郎はじっと機会を窺うことにした。


 しかし、その後しばらく待ち続けても、警備が緩まる気配は一向にない。

 

 一旦引き返し、出直すことも頭をよぎったが、辺りが静寂に包まれた次の瞬間、その時は突然訪れる。



「今だ!」



 洸太郎の掛け声とともに、四人は一斉に鳥居に向かって走り出す。


 四人の気配を察知した警察官が、行く手を阻もうと両手を広げた。



「こら、君たち! ここは立ち入り禁止だ! 早く帰りなさい」



 警察官の制止も聞かず、洸太郎は真っすぐ進んでいく。


 次々と別の警察官も応援に駆け付ける。



「止まりなさい! それ以上近づくと、我々も手加減は出来ないぞ!」



 辺りがざわつき出すと、近くにいた報道陣は一斉に機材を手に取り、カメラを回し始めていた。


 一歩ずつ、互いの距離が近づいていく。


 そして、警察官の手が洸太郎に伸びたその時、洸太郎は大声で叫んだ。



「神職さん! 神職さん!」



 叫び声と同時に、あっという間に四人は警察官に取り押さえられ、一瞬のうちにして、洸太郎は地面に横になっていた。


 警察官が洸太郎の上にのしかかる。


 それでも、叫ぶことだけは止めなかった。



「ちょ、ちょっと」



 その声とともに、洸太郎の元へ足音が近づいてくる。


 洸太郎が押さえつけられた顔を必死に上げると、あの時高木の元へ案内してくれた神職が、洸太郎の顔を覗き込むように立っていた。



「君たちはこの前の……。ちょっと、すみません。この子たちは私の知り合いです」



 神職が警察官にそう告げたことで、四人の拘束はゆっくりと解かれていく。



「一体、ここで何をやっているんだい? この神社は、今朝から立ち入り禁止になったんだよ?」


「知っています……。でも、どうしても高木さんに会わないといけないんです! 高木さんに会わせてください!」


「そう言われてもなぁ……」


「お願いします! 高木さんに僕たちが来ていることを伝えて下さるだけで構いません。もし高木さんから会えないと言われたのなら、大人しく帰りますから!」



 洸太郎に続いて、三人も「お願いします」と声をそろえた。


 神職は顎に手を置きながら辺りを見渡すと、観念したかのような表情を浮かべ、ため息とともに話し出す。



「んー……、仕方がないなぁ。少しここで待っていてくれるかい?」



 そう言って、神職は頭を掻きながら足早に鳥居の奥へと向かっていった。



「「ありがとうございます!」」



 四人は神職の背中に深くお辞儀をした。


 洸太郎と大介は親指を立て、瑠奈と千歳は両手を握り合いながら「やったね」と呟やいた。

 


 喜びも束の間、洸太郎は後ろから、優しく不気味な声で話し掛けられた。



「すみませーん。私たち、テレビ局のものなのですが……」



 テレビ局を名乗る男性は、下手な笑顔を作りながら近づいてくる。



「今、ここの神職さんと会話していましたよね? 何をお話されていたんですか?」



 男性の背後には大きなカメラが少しでも情報を収めようと、そのレンズを輝かしていた。



「いや、別に、その……」



 一番近くにいた千歳が、男性からマイクを向けられる。


 千歳は言葉に詰まりながらゆっくり後退し、怯えた目で大介に助けを求めた。


 大介は「俺かよ」と言いたそうな表情をしていたが、直ぐに千歳と男性の間に割って入る。



「ただの世間話です。特に深い意味はありません」


「そんな訳ないですよね。警察官もいるのに向かって行くなんて、普通は出来ないと思いますが? 何か理由があったんでしょう?」


「いえ、特にありません」



 平然とした顔で堂々と話す姿を見て、洸太郎は初めて大介をかっこいい奴だと思った。



 男性はマイクを下げ、カメラマンにも一旦撮らないように伝えると、纏っていた雰囲気が変わる。



「ごめんね、私たちも暇じゃないんだ。君たちみたいな子どもが神職に掛け合えるなんておかしいだろ? ここに来た理由を話してくれるだけでいい。やましいことがなければ、それくらい、出来るよね?」



 威圧的に、そしてどこか見下すような口調で男性は冷たく言い放つ。


 これが素の態度なのか、あるいはわざと怒らせることでボロを出させたいのか――どちらにせよ、洸太郎は良い気はしなかった。



 それでも、大介は顔色一つ変えることなく、淡々と言った。



「テレビにたくさん映ってたから、面白そうだと思って来ただけです。それに皆さんだって、何か話が聞けるかもしれないからここに来たんでしょう? それと同じですよ」



 まさに火に油かもしれないが、洸太郎は「良く言った」と、内心思った。


 男性は苛立ちを隠せないといった様子で、睨むように目を細め、唇を噛んだ。



「おい、いい加減にしろよ。子どもの遊びに付き合ってる暇はねーんだ。大体、お前らみたいなガキが……」



「ちょっと、あなたたち。学生相手に何をやっているんだ!」



 近くで見ていた警察官が駆け寄り、会話に割って入る。


 男性はわざとその音を聞かせるかのように大きく舌打ちをして、その場を離れていった。



「君たちも……大人をおちょくるのは止めなさい」



 厳重注意とまではいかないが、四人はその場で軽いお叱りを受けた。



「こんな時に、視聴率を稼ごうとしてくるからだろ……」



 大介は警察官に聞こえないように、そう小さく呟いていた。



「待たせたね」



 洸太郎が振り返ると神職と目が合い、それに応えるように、神職は笑顔で頷いた。



「宮司のところに、案内するよ」


「ありがとうございます!」



 四人は神職に続いて鳥居をくぐり、石段を上っていく。


 その後ろでは先程の男性が、「あとで話を聞かせてもらいますからね」と、テレビ向けの声で叫んでいる。


 恐らくカメラを回しているのだろうが、四人は一切振り返ることなく、神社の奥へと進んだのだった。



「大丈夫だったかい? 中々、手強そうな記者に見えたが……」


「大丈夫です。こいつはこう見えて、芯が強い男なので」



 洸太郎がそう言って大介に視線を送ると、大介は照れくさそうに頭をへこへこした。


「それは恐れ入った」と言って、神職はにっこりと笑った。



「それにしても、報道含め、ほぼ全ての面会を拒絶しておられた宮司が会うとおっしゃるなんてね……一体、君たちは何者――」



 不思議そうにこちらを振り返ったが、神職は最後まで言葉を発することなく口を結ぶ。



「まぁ、これが宮司のお考えなら、それに従うがね……」


 

 そう言って踵を返し、神職がそれ以上追求することはなかった。



 洸太郎は神職にも聞こえない程の声で、「すみません」とだけ呟いた。

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