カフェチュウ
クラス全員の自己紹介、そして今日一日の流れを聞き終えた後、洸太郎は体育館へと移動し、全校集会で校長の長い話を聞いていた。
校長にとっては一つの「晴れ舞台」のような感覚なのかもしれないが、生徒にとっては試練以外の何ものでもなく、集まった生徒の大半は気だるそうに、それでも何とか前を向いている様子だった。
話の内容などさっぱり入ってこないものの、「この話さえ聞き終えれば新学期初日の八割が終わったようなもの」だと自分に言い聞かせ、洸太郎も必死に前を向く。
大きな声では言えないが、先生の中にも数名、生徒と同じ気持ちと思われる人もいた。
大方の予想通り、何度あくびが出たかもわからぬ程に校長の話は長引いた。
それでも全校集会自体の時間は押すことなく、予定通り終了となったことを鑑みると、恐らく、校長の話が長引くことも念頭に置いての時間配分になっているのだろう。
洸太郎は色々な意味で、「教師ってすごいな」と感心していた。
全校集会が終わり教室に戻ると、生徒は束の間の自由時間を迎える。
洸太郎、大介、千歳の三人は、自然と洸太郎の席に集まって話していた。
「三人一緒のクラスだし、担任も松木だし、本当に幸先の良いスタートになったよな」
「ほんと、ほんと。それにこのクラス、何となく顔見知りの人も多いよね。そういえば、こうちゃんの後ろだって――」
「ちーとせ!」
千歳が全てを言い終える前に、あの声が聞こえた。
「瑠奈ちゃん」
振り向くと、木山瑠奈が左手を左右に軽く振っていた。
「また同じクラスだね」と言って、千歳が彼女を紹介する。
「テニス部でエースの木山瑠奈ちゃんだよ」
「そんな紹介だと恥ずかしいなぁ」
そう言って瑠奈は少し恥ずかしそうに「初めまして」と洸太郎と大介に会釈した。
「ごめん、ごめん。瑠奈ちゃんは去年も同じクラスでね、同じテニス部所属ってこともあって仲良くなったの。といっても私はマネージャーだけど」
「今では親友だもんね」
二人は視線を合わせて、「ねー」と嬉しそうに言った。
一年間で互いに親友と呼べるということは、それだけ波長が合うということなのだろう――と洸太郎は思った。
「変な感じになっちゃったけど、これからよろしくね。あ、私のことは瑠奈で良いから」
容姿が整っているので勝手に近寄りがたい、高嶺の花的な存在なのかと思っていたが、瑠奈は見た目とは裏腹に、とても人懐っこい性格だった。
洸太郎と大介も改めて自己紹介をして、新しく四人のグループが出来た。
「洸太郎と大介くんね……、うん、バッチリ覚えた」
「何で俺だけ『くん』付け?」
「んー、見た目?」
そう言うと瑠奈は、屈託のない笑顔を見せた。
「なんかわかるかも」と洸太郎と千歳は笑ったが、大介だけは納得がいかないようで、「老け顔ってことか?」と洸太郎と千歳を交互に見て渋い顔をしている。
慌てて瑠奈は「大人びてるってこと」と付け加えた。
「そういえば、朝の自己紹介で言っていたけど、洸太郎は実家がカフェなの?」
「小さいお店だけどね。『カフェチュウ』って言うんだ」
「おい、親父さんに怒られるぞ。実の家族くらい、正式な名前で呼んでやれよ」
大介は呆れたように言ったが、瑠奈は話を聞く様子もなく、興奮気味に言う。
「え、『カフェチュウ』って『タダシ』って書いて『チュウ』っていうあの『カフェチュウ』?」
「まあ正式には『チュウ』って書いて『タダシ』なんだけど――」
「知ってる!」
店の名前を正しく理解しているかはさておき、どうやら瑠奈は『カフェ忠』の存在を知ってくれているらしい。
やはり「カフェチュウ」に改名すべきだと、洸太郎は改めて思った。
「遠征帰りとか、たまにお店の前を通るの。へー、そこがお家だったんだ……今日も三人は行くんでしょ?」
「今日は部活もないし、瑠奈ちゃんも来れば?」
千歳がそう言うと、待っていましたと言わんばかりに「良いの? 行く行く!」と瑠奈は二つ返事で答えた。
短い自由時間が終わってからは、翌日以降の連絡事項や授業の時間割表の配布など事務的な内容が続く。
ほとんど担任の松木による話を一方的に聞くだけだったこともあり、プリントを後ろに回す際、瑠奈は必ず「長いね」「飽きちゃった」など、一言ぼやいていた。
新学期は先生たちもやる事が多いのか、松木はどこか早く切り上げたい空気を纏わせながら、流れるように淡々と説明を進めていく。
洸太郎もその空気を感じていたが、生徒にとっても早く終わることは嬉しい以外の何物でもないので、その点では利害は一致しているのかもしれない。
最後の十五分、松木がやたらと腕時計で時間を確認していたのが印象的だった。
「では、以上で今日は終了だ。みんな、明日からは通常授業になるので、ちゃんと気持ちを入れ替えて来るように」
やはり新学期は何かと忙しいらしい。
そう言うと松木は帰りの号令を行うこともなく、そそくさと教室を後にする。
そんなことを考えながら洸太郎が帰り支度をしていると、瑠奈に肩を叩かれた。
「私ね、前から『カフェチュウ』に行ってみたかったんだ」
瑠奈は目を輝かせて言った。
「そうなの? これといってオシャレでも、魅力があるわけでもないのに……どうして?」
「ご両親がやられているのに酷い言いようだね」と瑠奈は笑った。
「洸太郎の家って丘の上らへんじゃない? あの大きな窓から外を見ながらゆっくりするのって、凄く贅沢だなって。のんびり雨を見て、音を聞いて。きっと毎日違う『表情』なんだろうな……想像するだけでも素敵だよ」
雨に「表情」があるというこの感覚は、自分の妄想の中の一つだと思っていた。
同じ空間で別々の時間を過ごせることがカフェの醍醐味だと思ってはいるが、洸太郎は瑠奈が自分と同じ感覚を持っていることが嬉しかった。
日差しや雨の強弱はもちろん、その時の自分の気持ちや感情でも雨は「表情」を変える。
毎日降っていると当たり前になり忘れてしまうが、僕らは雨に包まれ、生かされている。
雨の「表情」は、それを実感する瞬間でもあった。
「確かにね。それは間違いないと思うよ」
洸太郎の感情を乗せた言葉は、瑠奈の表情を更に明るくさせた。
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