7.観察/8.衝突/9.決着

7.観察

 七原美澄はもとより運動能力に優れている。

 その体形ゆえパワーには欠けるが、機動力においては群を抜いている。要するにすばしっこい。

 彼女の魔法はその欠けていた攻撃力を補う形で発現した。

 巨大手甲。その華奢な両腕を、ひとまわりもふたまわりも大きな装甲の塊が、覆っている。

 現実にはありえない、幻想の武器。その一撃の突破力は私の知る範囲では並ぶものなどない。


 美澄ちゃんは手甲を装着すると犬に向かって走り出した。

 その武器は見た目と違ってほとんど重さを感じないという。それでいて威力は飛びぬけている。ふざけた話だ。ただし魔法なんてそんなもんだろう。

 犬は――動かない。待ち構える。どうやらそれは慎重派であるらしい。未知の脅威が迫っている場合ひとまず観察に回る。そういう意味で私と似ているかもしれない。


 少女は左腕をコンパクトに繰り出す。巨大な拳が犬へと迫る。サイドステップ、十分な距離をとって攻撃をかわす。その目は冷静に横を通りすぎる拳を眺めていた。

 それは布石にすぎなかった。本命は右腕。大きく振りかぶって振り抜いた。いわゆるワンツー。左で抑えて、右で決める。犬は追い詰められている。その逃げ場は壁にふさがれている。

 本来は存在しないはずの1対の足が機能する。コンクリートの壁面に張り付くと、そこを起点にさらに天井へと跳躍した。少女の必殺の右ストレートはむなしく空を切っていった。


 六脚犬にとって絶好の攻撃機会が訪れる。彼は一旦そのチャンスを見送って距離をとった。その行動は彼の性格によるところが大きいだろう。しかし観察は終了した。次はない。

 私は理解する。なるほど。この空間は彼にとって根城にふさわしい場所だ。いざ戦闘となれば有利に立ち回ることができる。厄介な相手だ。一定の知性を有している。

 少女は再び拳を構えた。両者の距離は非常に小さい。一歩でも踏み出せばすぐに互いの間合いに入る。決着がつくとすれば一瞬。犬の牙がまがい物でないならその攻撃は生死に直結する。



8.衝突

「美澄ちゃん!」

 私は少女の名前を呼んだ。同時に魔法を発動、私の描いたイメージを飛ばした。交信。普段はスマホの方が便利だけどこういうときは魔法の方が便利だ。一瞬で私の意図を伝達できる。

 返事はない。けれども伝わったという確信がある。なんだろう、魔法少女同士の信頼みたいなものか? 美澄ちゃんに言ったら「そんなもんあるわけないしょ」と一蹴されるかもしれないが。


 先に動いたのは美澄ちゃん。犬はすでにその動きを見極めている。恐らくカウンター狙い。左ついで右。当たれば終わりの攻撃が矢継ぎ早に繰り出される。犬はそれを紙一重でかいくぐっていく。

 うなり声。壁から天井へと張り付いた犬は、大きな隙をさらした少女へと、さらなる跳躍を図る――ここだ! 私は空中を飛ぶその犬の眼前へと1枚の障壁を発生させた。

 観察が終了したのは向こうだけじゃない。そもそも美澄ちゃんが単独で動いたのも私を安全圏において犬の動きを見極めさせるためだ。そして私はその求められた仕事をきちんとこなしたというわけだ。


 唐突に出現した壁に戸惑いながらも犬はそれを蹴って再び飛びだす。急場への対応力は大したものだがその行動もこちらの読み筋に入っている。

 咄嗟の跳躍は単純な軌道をとらざるを得ずその向かった先には美澄ちゃんが待ち構えている。思いっきり引きつけての右ストレート。床も壁も天井もない空中に逃げ場はない。

 魔法少女の巨大な拳はまっすぐに敵を粉砕した。



9.決着

「おつかれさま」

 言いながら結界を破棄する。同時に変身も解除された。

 陰鬱だったトンネル内は、妖魔を消滅させたことで、多少は浄化された、ような気がする。

 魔力は循環する。時にその経路が滞ったために歪な形をとって出現することがある。それが妖魔。その妖魔を撃退することで循環をただすのが魔法少女の仕事である。

 正直なところ私も完璧に理解しているわけではないが。


 美澄ちゃんはとてとてと私の方に走り寄ってくると得意げに笑った。

「どう、私の必殺の一撃、見た? すごかったでしょ」

「うん、すごかったよ。綺麗に決まってたね。さすがだと思う」

「……あんたのサポートのおかげでしょ、ありがと」

 うーん、気遣ってくれるのはいいけど、私は私のことを未熟だと感じている。

 今日も結果的に美澄ちゃんが来てくれたから1日で終わったけど、1人だったらどうなっていたことか。勝ち筋がなかったわけではないが、もっと時間はかかっていただろう。要反省だ。


 外に出ればまだ明るかったがもう6時に近かった。

 夏が近いとはいえ油断すると一気に暗くなるので、それとなく理由をつけて美澄ちゃんを家のそばまで送っていく。そんなんで助けてもらった恩を返せるとは思ってないが、できることからやっていきたい。

 帰宅してからグループラインに撃破の報告を入れておく。美澄ちゃんから『もうすこしがんばりましょう』のスタンプ。他の娘たちからも『おめでとう』とか『ナイスファイト』とかのスタンプが送られてきた。

 ついでにざっと見てったところ今日は特に大きなトラブルはなかった模様。すばらしいことだ。


 私、高木知枝は魔法少女だ。

 100点満点とは言えないがそれなりにいい感じにやれている――とりあえず今のところは。

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というわけで魔法少女 緑窓六角祭 @checkup

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