十四話 火山は、噴火しても。 爆発しなければ、被害は、少なくて済むのである。


「橒戸く~ん。お~い、橒戸君」


 霧斗は、ようやく、エリスの顔を見上げ。


「俺の心を折って、楽しいか!」


「慌てふためく、橒戸君。カワイイ」


「化けの皮、剥がれてきたな、オマエ」


「キ、霧斗君?」


「……」


「なにか、言ってよ」


「もう、なんか。なにもかも、どうでも良くなってきた。死にたい」


「霧斗君?」


「オマエらは、なんで、オレの嫌がることばっかするんだ?


 おウチ帰りたい。カップラーメン食いたい」


「霧斗く~ん」


「ハァ…。佐奈、お兄ちゃんを慰めてくれ…」


「なんか、変なスイッチ入っちゃった…。ホラ、デキたよ」


 木の器に、そそがれたスープに浮かぶ、肉、野菜各種。


 ほかほかとした、湯気から。


 お腹に響く良い匂いが、立ちこめる。


「この器、私が作った、力作なんだよ、スゴいでしょ?」


「精力スープなんていらない。ジャンクラ~メンが良いよ、お母さん」


「……」


 エリスは、床に散らばった材料を、テーブルの上に戻し。


「食べたら作るよ」


「マジか! 食うわ!」


 目の色が変わった霧斗に、エリスは、舌を巻き。


 席に座って、一口。


 スープを、口に入れつつ、霧斗を見れば。


 器に口をつけ、顔を、上に向けていた。


 汁を、飲み干し。


 頬袋、一杯に、具材を詰め込んで、咀嚼し。


 口元を押さえ、全部、飲み干すと。


「よし、食った食った。続き見せてくれ」


 その間、一分もなかった。


 エリスが、スプーンを、落とすのも、無理ないだろう。 


「妹さん、大変だなぁ…」


「佐奈に、コレやると、泣くから。やるわけないだろ?」


「泣かせた人のセリフだ! 私も、同じだからね!」


「なんか、素材の味しかしねぇな?」


「…霧斗君?」


「カップラーメン食いたい」


「霧斗君、お話があるんだけど」


 霧斗の体は、聞き覚えのあるニュアンスに、ピクリと反応し。


「えっ…と?」


 エリスの怖い笑顔を、横目でチラチラと、確認すると。


「ちゃんと、メシ、食ってね」


 鷹を射貫かん勢いの、恐ろしい目線が、霧斗を貫く。


 キレイに整ったお顔の目が、座っており、スゴく怖く。


 霧斗は、所帯なさげに、椅子に座り直し。


 ナニもない器を見て。


「この器、良くデキてるな」


 取り繕ってみた。


「聞こえてたじゃん」


「もう一杯、頂こうかなぁ~」


 器を差し出す霧斗から、エリスは、黙って受け取り。


 並々と、注がれたスープの真上に、お玉が輝く。


 傾いたお玉は、表面張力ギリギリまで、スープを注ぎ。


 お鍋の中に、帰って行った。


 そして、椅子に座り直したエリスは、笑顔だった。


「一滴でもこぼしたら、許さないからね」


 可愛く言われた。


「なんて、器用さの無駄遣い…」


 器から、口で、直接すすろうと、顔を近づけると。 


「霧斗君、行儀悪いよ? スプーンで食べなさい」


「こぼれるんですが?」


「そうだね」


「許さないと?」


「そうだよ?」


「……」


「キレイに食べてね」


 霧斗は、覚悟を決める。


 こういう、修羅場っぽいシチュエーションは。


 妹によって、幾度となく、提供され続けたのだ。


 この場合、怒られることは、覚悟しよう。


 どうせ、怒られるなら。


 怒られる時間を最小に抑えるのが、最善策である。


 昨日、会ったばかりだから、と。


 過去責めしてこないと、甘く見ては、イケない。


 本気で女性を怒らせると、心を折りに来る。


 ならば、折られてしまおう、ホトトギス。


 このふっかけられた、怒られるしかない論争で。


 負けが確定した、戦いで。


 勝ちを取りに行く発想、そのものが、間違っているのだ。



 男の勝利条件は、激情させてもイイから。


 短時間で、ガスを抜ききること、それにつきる。



 不誠実と、後ろ指、指されてもかまわない。

 足さえ舐める、覚悟を胸に。


 エリスに、チクチク言われながら。

 自然の味がする、優しいスープを、食べきり。


 そして、言われるのだ。


「霧斗君、慣れてるね? 妹さんかな?」


「……」


 反論しては、ならない。


 口数を、増やしては、ならない。


 それが「あ」の一文字で、あっても。


(気まずいのが、イヤだ?

 違う、気まずい程度で、済んでいると、考えろ)



「とりあえず、怒られようとしてるよね?」



 表情も、動かしては、ならない。


 無感情、真顔が、ベストで、マストである。

 

(コチラを、どうにかしようと、動いたらチャンスだ。


 犬のように、お腹を向けて、こびを売るだけだ。


 怒るのも、馬鹿らしくなるぐらい、あきれさせろ、オレ)


「……」


(口を開くと、2・3倍になって、返ってくるからな。


 ゴングは、オレからは鳴らさない。


 黙ってやり過ごす。コレが、最善手)


 霧斗は、繰り返し、妹に受けた洗礼を、思い返し。


 絶対に、感情を動かさないと、心に決めた。


 静かに、器が下げられていき。


 静かな圧力に、何か言いたくなるが。


(口を開いた先には、沼が待ってる。耐えろ、オレ)


 テーブルが、拭かれ。


 霧斗が、こぼした汚れも、なくなり。


 睨みを、効かせてくる相手の目線を、見ないことも、ダイジだ。


 いっさい、刺激を与えてはならない。


 火山は、噴火しても、爆発しなければ、被害は、少なくて済むのである。


 エリスの横の席が、引かれ。


「座って」


「喜んで!」  


 霧斗が、座り直し、待っていると。


 不機嫌そうなエリスは、横で黙って、作業を開始した。


 小さなミニチュアゴーレムが、完成に向かっていく。


 工程を食い入るように覗く、霧斗に、何も言わず。


 エリスは、手際よく。


 信じられない速さで、ミニチュアゴーレムが、完成した。


 エリスは、テーブルの中央に、ミニチュアゴーレム置き、手を添えると。


 見えない糸を引かれるように、ゴーレムは立ち上がり。


 歩き始めたゴーレムは。


「想像通りだ…」


 この瞬間こそ。

 霧斗にとって、何にも代えがたい、快感だった。


 鈍器の手元を、自在に振り回し。


 構造上、想定通りの動きを見せる。


 机上の空論が、立体的な形を持ち。


 その姿で、全てを祝福しているかのような、瞬間が。



 そして、数度の大きな動きを見せた、長い鈍器のような手先は。



 扉に向かって、飛んでいき。


 小さな音と一緒に、コトリと、落ちた。


「霧斗君。このゴーレム、木製だってコト、忘れてるよ」

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