第25話 頭ワシワシ

仕事中光君からメールが来た。

まだ前回の食べ歩きから1ヶ月経っていない。


メールの内容は、今日の仕事帰りいつもの喫茶店に寄りますか?だった。


何かあったのか?

なんだか急に心配になる。

胸の中が心配でザワザワしてしまう。


ダメだ、仕事に集中できん…。

定時で終わらせるためにスケジュールをチェックする。

これなら7時前には行けそうだ。

光君に7時には行けると返信する。


よし!さっさと終わらせよう。



予定通り仕事を終えて喫茶店に向かった。

店内に入ってカウンターに目をやるが光君はいない。

ソファのある奥の席の方に行くと光君がいた。


「こっちです!」

光君が小声で呼ぶ。


「待たせちゃったかな?」


「いえ、全然。今日はカウンターで2つイスが空いてなくて。こっちが空いてたので。わかりずらくてごめんなさい。」


「大丈夫。俺この広々座れるソファ席好きだから。それより何かあったのか?」


「得にはないんですけど…」


「そうなの?まぁ無理に話すことないけど、俺は学校の連中じゃないし、小さいことでも安心して話してくれて大丈夫だよ。」


すると光君が恥ずかしそうに話しだした。


「その、今弟が絶賛反抗期でして。今朝母と弟が大喧嘩しちゃって。家の空気が悪いんです。僕、暴言とか大きい声苦手で…。」 


「なるほど。それは帰るのしんどいね。」


「はい。今日はバイトもないし寄り道して帰ろうと思ったときに直樹さんを思い出しまして。」


俺はなぜか胸がギュッとしてしまった。 

痛い、胸の奥が変な感じ。

うっかり沈黙してしまう。


「直樹さん?」


「あっ、ごめんごめん。じゃあ俺もいつもより少し長くここにいるよ。妻が食事の用意しちゃってるから1時間くらいなら。」


「ありがとうございます!何となく一人でいたくなくて。」


それから光君とはくだらない話や次に行きたい店の話をした。


「そうだ、光君に意見を聞きたくて。俺、今朝鏡を見たら白髪が増殖してて…。光君から見て俺の髪、清潔感ない?」


「え?どうでしょう?店内の明かりが暗いのもありますし、今までお会いして意識して見てなくて。」


と言いながら光君は立ち上がって俺の隣のスペースに座ってきた。


俺は急な出来事に驚いて心臓の鼓動が早くなる。

頭が真っ白になって、またしても黙ってしまう。


すると光君が俺の髪に触れる。

俺は自分の顔も耳も熱くなる。

思考がフリーズしたまま動かない。


光君の手は優しく俺の髪全体を掻き分ける。

そのまま硬直していると光君の声が耳に入る。


「うーん、そんなに言うほど沢山でもない気がします。僕はこのままでも大丈夫って思います。」


そう言いながら光君の手は俺の髪をそっと整え

向かいの席に戻った。


俺は恥ずかしい気持ちと、頭を撫でられたような優しい感覚と、不思議な気持ちで目が回りそうになる。

どうしよう、言葉が詰まって出てこない。

何か言わないと変なヤツだと思われる。


「直樹さん?もしかして怒ってますか?」


「え!?いやっ、全然!」

声が上ずってしまった。


「無言で顔が真っ赤だから怒ってるのかと。急に僕が髪を触ったのが不快だったかな?って心配になっちゃいました。許可もなくごめんなさい。」


光君が仔犬のように反省した顔をする。

その表情を見てまた俺の胸がざわつきだす。

いったい何なんだ俺は!

ただおっさんの白髪具合を何気なく見てくれただけじゃないか!


俺は慌てて否定する。


「不快じゃないから!全然。なんならおっさんの白髪なんてチェックさせてごめんな。」


「よかったー、怒ってなくて。僕直樹さんに嫌われたくないんで。今後白髪が目立ってたらお声がけしますね。」


「お、おぅ。ありがとう。」


まだ胸のざわつきがとまらない。

気がつくと俺の手のひらは汗でびっしょりだった。


時計に目をやると間もなく8時になるところだ。

俺は妻を思い出し光君に帰ることを伝える。


「俺はそろそろ行くけど大丈夫?」


「はい!大丈夫です。直樹さんと話して元気出ました。僕も帰って弟と母の仲裁に入れるよう頑張ってきます。僕はもう少しだけここに居ます。」


「おぅ!何かあったらまたいつでも、ね。」


「ありがとうございます。ではまた。」


店を出た瞬間クラクラした。

無意識に自分の髪を触る。


…。


ついさっきの出来事を思い出すとまたすぐに心臓の鼓動が早くなる。


俺はいったい何をどう思った?

よくわからない。


自分の感情がわからなくて頭の中が混乱する。


気がつくと早足で家に向かっていた。











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