第27話 まどろみ

 顔に差し込む光が眩しくて目を覚ました。

 目に入ったのは見慣れない木造の天井だ。

 横を見ると眠ったままの部長が身体を丸めて横たわっている。


 そうだ、俺たちは昨夜一生分の手持ち花火を堪能したあとに、神様に神社の本殿を貸していただいたのだ。


 室内を見渡すが、やはり、あの黒髪の幼女の姿はない。本当に消えてしまったのか。ん?というか、アビルくんもいない気がするけれど、もう起きたのかな?


 俺は大きく背伸びをしてから、もう一度部長の寝顔を除いた。

 すーすーと寝息を立てて、まだ起きる様子はない。

 ……ほんと、黙っていれば可愛いんだけどなあ。


 〇


 おぼつかない足取りのまま外へ出ると、


「あ、ライトさん。おはようございます」


 アビル君がなにやら作業をしていた。


「おはよう……で、なにしてるんだ?こんな早起きして」


 先ほどスマホの時計を見るとまだ七時前だった。

 まあ、早起きと言えるほど早いわけではないか。


「なにって、花火の片づけですよ。結局、昨日は皆さん片づける前に眠ってしまいましたからね」


「ああ、そうなんだ。……もちろんありがたいんだけど、放っておいてもいいんじゃないか?どうせ誰も来ないだろうし」


「うわあ、最低ですねライトさん。もういないとはいえ、寝床を貸してくれた神様の神社にゴミを残して帰ろうだなんて、悪魔の発想ですよ」


「ぐ、ごめん。確かに今のは軽率な発言だった」


 罰当たりじゃ!という声が聞こえてくるようだ。


「分かればいいんですよ。それに、最近の読者はコンプライアンスに厳しいんですから、こういうアピールは欠かしてはいけません」


「……?うん?」


 それから、俺とアビルくんで昨日花火をした痕跡を残さず消した。

 ついでに、軽くだが神社の掃除をしておいた。これで、先ほどの失言の罪滅ぼしぐらいはできただろうか。


 部長が起きてきたのはすべてが終わった後だった。

 ……図ったな、こいつ。


 〇


 帰路は驚くほどスムーズだった。

 何事もなく山を下り、何事もなくバスに乗り、何事もなく電車に乗った。


 行きの時はやたら大変だったが、神様が幻を作っていたせいで時空が歪んでいた、とかがあったのだろうか。今となってはもうそれを確かめる術はないのだけれど。


 ちなみに、日が昇ってから見た村は、完全な廃村だった。

 昨夜の煌びやかな祭りの名残はどこにもなく、無秩序に伸びた雑草や、崩れかけの家屋があるだけだった。

 昨日俺たちが見たものは、すべてただの夢だったと言われても納得できるような有様だった。


 まあ、あれが夢である、というのは当たらずとも遠からず、というか、神様が夢見た夢のようなものだったわけだし……。


「ライトお、ボクはもうひと眠りするから乗り換えの時は起こしてくれよ」


 対面の席に座る部長がそんなことを言ってきた。


「ええ~、嫌ですよ。俺も眠たいですし。というか、部長が一番寝てたんだから、部長が起きててくださいよ」


「………………」


「もう寝てる!?」


 自身のわがままを押し付けるスタンス。

 もはや尊敬に値しますよ、部長。


「ははは、流石部長さんですね。ライトさんも寝てていいですよ。僕が起きておきますから」


「え?ああ、ありがとう」


 アビルくん、早起きして片づけもしてくれたのに……、毛嫌いしていたけれど、本当は良いやつなのかもしれないな……。


「乗換駅に到着したら、目覚めのキッスで起こして差し上げますね」


「なんの嫌がらせだ!」


 少なくともいいやつではないことが分かったよ。


 俺は背もたれに体重をかけて本格的に眠る態勢に入る。

 電車の揺れる心地よいリズムで、すぐに眠気が高まっていく。


 意識が薄れ、途切れてしまう境で、眠っていたと思っていた部長が呟いた。


「…………帰ったら、ライトの家に行くからな」


 ……俺の意識は困惑する間もなく、深い闇の底に落ちていったのだった。

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