10.けれど鎖は冷たくわたしを縛る。
「きゃっ!」
不意の、それも思いがけない人からの攻撃を避け切れることなく、彼女の爪は私の頬を浅く切り裂き、わたしは尻もちをついた。
あまりに予想外の出来事に頭が真っ白になる。じわりと切り傷に血が滲むとともに血の気が引く。
「ぅあぁ………」
彼女はうなだれながらうめき声のようなものを上げている。
「あの、どうし──」
どうしたんですか?と声をかけようとする直前にはヴルカさんが動き出していた。
「があっ!?」
ヴルカさんはあっという間に彼女を組み伏せていた。
「ヴルカさん!?何をし──」
「切り替えろアズリア!攻撃はもう始まってる!」
「っ!」
言葉の衝撃に真っ白に染まった頭が一気に色を取り戻していく。
昨日会ったときとは違う明らかに異常な様子、こちらに反応し突如襲いかかってきたこと、それらが魔女による仕業と考えれば納得がいく。
肝心なのは魔女本人。大体の魔法は術者本人を叩けば収まる。けれどわざわざ村人を利用して攻撃してきたのなら本人はどこかに隠れていることになる。目撃情報もない中でこの村、あるいは周辺まで隠れている本人を探すとなるとかなり難しい状況だ。一体どうやって探し出せばいいのか……。
思案もまとまらない中、ざくっ、ざくっ、と雪を踏みしめる音がする。
音がする方をみれば見覚えのある人が。彼は空き家を貸してくれた人。
「魔女が来ています!避難を──」
と呼びかけようとして気がつく。この人も酒場の女主人のように様子がおかしい。
いや、この人だけじゃない。
ざくっ、ざくっ、
ざくっ、ざくっ、
四方八方から音が増える。
音の主は、全員、村の人達。
数十人の村人達がゆっくりと、がくがくとした不規則な動きでわたし達を取り囲んでいく。
「どうしようヴルカさん!」
「これだけの数を一度に取り押さえるのは無理だ!」
当然これだけの人を相手にしながら魔女本人を探し出すなんて不可能だ。
「クソっ、一旦家の中に戻ろう!ヴエガさんの安否も心配だ!」
「はい!」
押し寄せる村人達をかけ分け掻い潜り脱出する。
「ぐるるぁ!」
村人達はわたし達を引っ掻こうと、噛みつこうと襲いかかってくる。
急いでドアを閉め、押し入られないように机や椅子を立てかける。
「どうされたのですか!?」
「ヴエガさん!魔女の攻撃です!村の人達が凶暴化して襲ってきたんです!」
「なんてこと……お二人はお怪我はありませんか」
「アタシ達は大丈夫です!ですが……」
この凶暴化が魔女によって仕掛けられたものだとして、それが村人達に害のある影響を及ぼさないとは限らない。
ヴルカさんの魔法では村人達を傷つけてしまうし、わたしではそもそも当てにならない。
一刻も早く魔女本人を探し出さないといけないのにこの状況ではそれも叶わない。
村人達は今にも押し入らんと獣のような唸り声を上げながらドアや壁を体への負荷を度外視するような力で叩いている。
温かい料理を差し出してくれた、快く家を貸してくれた、「ありがとう」と言葉をくれた。
わたしは、そんな人たちの優しさに報いる力がない。
昨日はあんなに優しかった人達が、どうして……。
村の人達は今も苦しんでいるかもしれない。ドア1枚隔てた先に助けるべき人達がいる。だというのに、何もできることがない。
このままじゃ……最悪、見殺しだ。
またこうだ。自分の無力さを感じるたびに心臓を掴まれたように苦しくなる。
どうして、どうしてどうしてどうして。
この家族殺しが、今度は数十人を見殺しにするかもしれない。
ギュッと拳を握りしめた
その瞬間、パキィン!と音がした。
腕には、以前初めて魔法が発現したときと同じように魔力で形成された鎖が巻き付いていた。
あぁ、わかっちゃった、わたしの魔法。
これは、この魔法は、
わたし自身を戒める心………"縛りつける"力だ。
わたしは二階へと駆け上がった。
「アズリア!どうした!」
ヴルカさんの言葉を無視して窓を開け放ち身を乗り出す。
(初めて魔法を使ったとき、あのときはきっと、ぐるぐる回る思考を"縛りつけた"から魔法の効力を食い止められたんだ……!なら凶暴化した心を縛りつけられれば……!)
「村の人達をわたしの魔法で拘束してきます!」
「無茶だ!やめろ!」
そう、絶対に無茶だ。でも、無茶でもいい。
わたしはヴルカさんの制止を振り切り、群がる村人達に向かって窓から飛び降りた。
ジャラリと複数の鎖を形成する。村人の腕を縛る、足を縛る。
村人は次々と襲いかかる。爪がわたしの肌を切り裂く。歯が腕や首筋に食い込む。血が滲む。ズキズキと痛む。痛い、痛い、
でも、かまわない。
わたしの目的、本当の本音。
それが今日果たされるなら、この人達のためなら、それは本望だ。
途中からはヴルカさんも飛び出してきて、死にものぐるいで村人全員の拘束に成功した。幸い1度鎖で縛りつけた後は全員自我を取り戻し、特に被害らしいものもなかった。しかし、その頃にはもう二人とも傷だらけだった。とりわけ、わたしは全身血と泥にまみれて酷い有り様だった。
「おい、アズリアしっかりしろ!」
「大丈夫ですか!治療をします!」
「ヴエガさんアタシよりこいつのがまずい!先にお願いします!」
ヴエガさんは手際よくわたしの治療を始めた。
「クソっ……アズリア、なんでこんな無茶なことを……!死にに行くようなもんだぞ!」
「だって、だって……」
目に涙が滲み、ボロボロと溢れ出した。
「だってわたし、死ぬために戦ってます………!」
「……っ!」
わたしの目的、本当の本音、それは誰かのために死ぬこと。
「誰かのために死んだ人なんて、誰も責められませんから……!」
家族殺しを犯した魔女であっても、誰かを救おうとして、助けようとして、その中で死んでしまったとしたら、そんな人を一体誰が責められようか。
それができたらきっと、わたし自身でさえ、もうわたしを責めることはできない。
「っ!…………このっ、バカ野郎!!」
静かに降る雪の中、燃え上がるような怒号は響いた。
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