9.雪の中は温かく、

 汽車を乗り継ぎ、炎を噴射し、あるいは糸を飛ばし、わたし達は襲撃予告の一日前にヌエゴそんに到着した。

 ヌエゴ村は暦の上ではまだ冬にもなっていないというのに、地面や木々が雪の笠を被り、辺りの景色は白んでいた。その辺は流石、果ての壁間際にある最北の集落といった景色だった。

 幸い、予告より早く襲撃が行われたということはない様子だった。

「まずは不審人物を見かけていないか手分けして情報収集をしよう。襲撃が予告されているとの注意喚起も忘れずにな。一通り回ったら……そうだな、たしか酒場があったはずだ。夕食もかねてそこに集合しよう」

「はい!」

 予告通りなら、明日、この村を魔女が襲撃する。それはなんとしても阻止しなくちゃいけない。

 予告より早く今日襲撃される可能性も考え、わたし達は警戒しながら散開した。




「すみません、ちょっといいですか」

「はい。どうしました?」

「この辺りで最近不審な人物を見かけませんでしたか?」

「う〜ん……特にそういうのは………」

 この人は魔女を目撃してはないみたいだ。でもとりあえず聞き込みあるのみだ。

「そうですか……実は魔女による襲撃が予告されておりまして、明日は外出を控えて不審な人物にご注意ください」

「それでわざわざこんなところまで……ご苦労さまです。あっ、よければうちで温まっていきませんか?ここまで寒かったでしょう」

 外は雪が積もるほど冷え込んでいて申し出自体はとてもありがたいものだった。けれどそういうわけにもいかない。

「すみませんが先を急ぎますので、お気持ちだけ頂いておきます」

「そうですか……。ご忠告いただきありがとうございます」

「いえ、こちらこそお気遣いいただいてありがとうございます。それでは」

 捜査が進展することはなかったものの、村の人たちは優しく、他にも温かい飲み物を差し出してくれたり労ってくれる人たちがたくさんいた。







 暫く聞き込みをして、わたしが酒場に入ったその数分後ぐらいにヴルカさんも酒場に入ってきた。

「アズリア、どうだった」

「それが、特にこれといった情報は得られなくて……ヴルカさんはどうですか?」

「アタシも同じだ。こりゃひたすら襲撃に備えて警戒するしかねえな」

「そうですね……」

 村中を回っても特にこれといって重要な情報は得られなかった。

「とりあえず腹ごしらえだ。後で泊まれるところも交渉しないとな」

 この村は辺境の地ということもあり、人の往来がさほど多くないためか宿屋がなかった。そして、この村に来る人達は寝泊まりする場合は空き家や空き部屋を貸してもらうらしい。

 ひとまず食事を要求する胃袋のために、わたし達は魚の串焼きや根菜のスープを注文した。

 しばらくするとテーブルにはできたての温かい料理と共に頼んだ覚えのない料理まで運ばれてきた。

「あの、頼んでないんですけど……」

「こんな辺鄙なとこまで来るのは疲れたろ?サービスだよ」

「いえいえそんな……!」

「いいんだよ。あんたら魔女討伐隊の人らだろ?あたしらを守ってくれるんだ。これぐらい受け取っておくれよ」

 と、酒場の女主人から料理のように温かい言葉を添えられた。




 香ばしく焼き上がった魚やほっこりするようなスープを味わいながら体に染み込ませている頃だった。

「その隊服、魔女討伐隊の方ですよね?」

 声をかけてきたのは精悍な顔立ちと声でありながら穏やかな喋り方をする浅黒い肌の男性だった。

「そうですが、何か御用でも」

「いえ、特に用というわけではありませんが、以前討伐隊の方にお世話になったことがありまして。良ければそちらの料理、奢らせていただけませんか」

「いやいや!アタシたちはすべきことをしているだけですから。お気持ちだけ頂いておきます」

「いいえ、どうしてもお礼がしたいのです。お願いします」

「そこまで言うのでしたら……ご厚意に甘えさせていただきます」

「それと……差し支えなければお食事に御一緒させていただいても?」

「もちろんかまいませんよ」

「ありがとうございます。私はヴエガ・シニングと申します。医師をやっておりまして、こうして各地を訪ねては診療を行っております」

「アタシはヴルカ・ボーネン。魔女討伐士官です」

「わたしはアズリア・ブランカといいます。訓練生です。えと、ヴ?ヴエガさん、ごちそうになります」

 しまった。ヴエガ・シニングという聞き慣れない響きに思わず詰まってしまった。

「聞き慣れない響きでしょう」

「あっ、いえ!失礼しました……」

「ははっ、いいんですよ。珍しい名前だとよく言われます。聞き直されることもしょっちゅうですから」

 ヴエガさんが寛容な人のようでよかった。

「お二人はやはり任務か何かで?もしやこの村で何かあるのですか?」

「ええ……不審な人物など見かけませんでしたか?」

「いいえ……ここ数日で私以外に村の外から来た者はいないそうです」

「そうですか……」

「そうだ、もう夜ですし、きっとお二人はこちらに滞在されるのでしょう?泊まるところはお決まりですか?」

「それがこれから交渉しにいくところでして」

「でしたら、私が貸していただいてる家には空き部屋があります。良ければ同じ家に泊まれないか事情を話して来ましょうか?」

「いいんですか?助かります」

「何から何までありがとうございます」

「ははっ、それぐらいかまいませんとも」


 その後わたし達は食事をしながら他愛のない雑談をしていた。

 ヴエガさんは各地を訪れたときの話をいくつかしてくれた。その中の1つだった。

「そういえば……こんな話を聞いたことがありますか?果ての壁の向こうには別の世界があるという話です」

「別の世界……ですか?」

 なんとも信じがたい与太話だ。果ての壁。鏡のようにこちらを映し、何者も通すことのない不可侵の壁。あまつさえそんな確かめようのない壁の向こう側に別の世界だなんて。

「ええ、しかもその世界は聖樹を通してこちらの世界の崩壊を防いでいるのだとか」

(………!)

 おそらくはわたしとヴルカさんは同じ考えをした。

 聖樹と果ての壁、奇しくも同じく不可侵の物体に繋がりがある。そして、聖樹にはこちらの世界の崩壊を防ぐ役割がある。

 これらには魔女達の目的に関わる何かがあるんじゃないか。

「ヴエガさん、そのお話詳しくお願いします……!」

 こちらの世界との繋がりにどういう意味があるのかはわからない。けれど、聖樹に魔法使いを捧げることは人々のためになるという魔女の証言、それが世界の崩壊を防ぐためとなれば、悪事と思われようといとわない大義になり得るだろう。

「ははっ、ただの噂話ですから。私も詳しいことは知りませんよ。たまたま面白い話を聞いたというだけです」

「そう……ですか」

「アズリアさんはこういった都市伝説のようなものがお好きで?」

「えっと、友だちがこういうことに興味があるものですから。手土産に話してあげようかなって」

「仲の良いご友人をお持ちなのですね。では他にもいくつか手土産を増やしてさしあげましょうか」

 その後もヴエガさんは旅先で聞いた噂話をしてくれたが特に有力な情報が得られることは無かった。







「では、私は部屋におりますので何かありましたらお呼びください。私にできることなら手伝いましょう。では、おやすみなさい」

 そう言ってヴエガさんは二階にある内の一室に入っていった。

 空き家の持ち主は「討伐隊の人だってんならもちろんかまわんさ。ボロ家だがくつろいでってくれ」と申し出を快く承諾してくれて、わたし達はヴエガさんと同じ家に泊まることとなった。

 酒場の女主人といい、空き家の持ち主といい、この村に来てからは人に優しくされっぱなしだ。

「アズリア、夜中に事が起きる可能性もある。3時間ほどで交代しながら仮眠を取ろう。アタシは一階にいるから、何かあったら呼びに行く」

「はい!」

「村まで急いできたからな、盛大にちゃんと体を休めとけよ」

「わかりました。じゃ、おやすみなさい」

 部屋に入りベッドに潜ると、流石に体は疲れていたのか、すぐに睡魔が襲ってきてわたしの意識はうすれていった。




 それからきっかり3時間ほどでヴルカさんが起こしに来て、同じように交代で休んだものの、結局朝日が昇る頃になっても何か異変が起こることはなかった。

「どうやら予告通り今日襲撃が起こるようだな」

「ですね。とはいっても何が起こるかわからないのが不安ではありますけど」

「そこは実際に起きてからどうにかするしかねえな。盛大に気ぃ引き締めていくぞ」

「はい!」

 改めて体に程よく緊張を走らせたとき、「おや、もう起きていらしたのですか」との声とともにヴエガさんが二階から降りてきた。

「あ、ヴエガさん、おはようございます」

「ヴエガさん、今日は家から出ないようにしてください」

「……何かあるのですか」

「ええ、実は魔女からこの村を襲うとの予告がありまして、どんな危険があるかわかりませんから。わたし達は外で警戒にあたります」

「わかりました……ですが、お二人もくれぐれも怪我をなされぬよう自分の身を大事になさってください」

「ご心配痛み入ります」

「ただ、万一のときは私が治療してさしあげますから、お任せください」

「ありがとうございます。心強いです」

 村の人達もそうだけれどヴエガさんの献身にも頭が上がらない。

「ではアタシ達はもう出ます」

「お気を付けて」




 ドアを開けて村の中心ほどまで歩いてきた。

 今日の天気は雪だった。勢いは激しくなく、木の葉が揺らめきながら落ちるように、ふわり、ふわりと、雪は地に足を降ろしていった。

 穏やかな色彩の景色の中、1人佇む人がいた。

 酒場の女主人だった。

「何してるんですか!危ないから建物の中に──」

 そう言って、彼女に駆け寄った。

 その瞬間

「ぅあ゛あ゛あ゛あ゛!!」

 彼女は唸り声を上げながら振り返り、わたしに爪を振り下ろした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る