8.知らぬ者を置いて事は進む
森での戦いと本部への報告を終え、ヴルカさんとの祝勝会をかねた食事の後、魔女討伐隊隊舎に帰ってきたわたしはベッドに倒れ込んだ。
魔女討伐任務に加え、初めての固有魔法を行使したせいか、今頃になって疲れが襲ってきたのだ。
(あ〜、動きたくない……)
そうしてベッドの上に体を放り出していると、微睡みが体を支配し、いつしか本格的な眠りへとわたしを落とし込んだ。
「誕生日おめでとう!」
「ありがとう!えへへー」
「アズリアももう10歳か。これじゃあっという間に大人になっちゃうかもな」
「もう大人のレディですー」
「あら、じゃあ我慢強い大人のレディにはケーキはお預けしようかしら」
「お、大人だってケーキを楽しんだっていいんですぅー」
「ふふふっ、そうね。じゃあ早くケーキにろうそくを立てなくっちゃね。今マッチを持ってくるからね」
まって、
「ママ!わたしが火ぃつけるよ!」
「主役なんだから仕事はママたちに任せて。それに、危ないからママがやるわよ」
「大人だから大丈夫ですー。それにそれに!わたし魔法が使えるようになったんだよ!」
やめて
「すごいな!じゃあ将来は立派な魔法使いさんだ!」
「じゃあろうそくに火をつける役は魔法使いさんに任せちゃおっかな」
「うん!じゃあいくよー!」
やめて!
(…………っ!)
悪夢。度々見る6年前の夢、わたしの罪。
背中にはじっとりと汗をかき、体全体を嫌な感覚が包む。
「アズちゃん大丈夫〜?」
「あ、うん。おはようラミコ」
嫌な夢を見てしまった。疲れていたせいだろうか、いつもより悪夢を見たときの倦怠感を強く感じる気がする。………って、え?
「ラミコ?」
「うん、ラミコだよ〜」
ラミコは学院にいるはずだ。間違って学院寮で寝ちゃった?………なんてわけでもない。ここは間違いなく魔女討伐隊隊舎だ。
「なんでラミコがここに……?」
「アズちゃんが悪いんだよ?」
「えっ?」
「だって何にも言わずに居なくなっちゃってさ!後から先生に聞いてびっくりしたんだからね!だから心配してここに来たんだよ!」
ラミコには何も言わずに学院を出てきてしまった。というのも、わたしが討伐隊に入る目的を考えれば後ろめたさがあったからだ。
「心配かけてごめん。わざわざこんなところにまで来てくれてありがとう。ていうか、学院は?授業の時間じゃ」
「……?わたしもう学院行ってないよ?」
「え?」
「ここに来たっていうのは、わたしも訓練生として魔女討伐隊に入ったってこと」
「ええっ!?なんでそんな、」
「だってアズちゃんが心配なんだもん。あ、討伐隊って言ってもわたしは裏方の方ね。戦うのよりは向いてそうだし、怖いし……」
まさかラミコまで討伐隊に入るなんて……それも心配してくれたからというのがますます罪悪感を感じる。こんなわたしにここまでしてくれるというのが本当に申し訳ない。
「ラミコ、ごめんね……」
「ううん、いいよいいよ〜。わたしだって自分の魔法を人の役に立てられるのはうれしいし」
「ラミコ〜」
ラミコの穏やかさも、温かさも、全てがわたしに優しく、心苦しい。
不意に、コンコン、とノックの音がした。
「アズリア、いるか?入るぞ」
「はーい!」
ノックの音の主はヴルカさんだった。
「おう、ラミコもいたか。ちょうどいい。2人を呼びに来たんだ。ラミコは初仕事だな」
「りょ、了解でありますっ!」
「ははっ、そんな盛大に畏まらなくていいぜ。できることをできるだけやってくれりゃいいんだ」
「はいっ、がんばります!」
これだけ肩肘張ってるのを見ると少しラミコのことが心配になった。
「それで、仕事っていうのは?」
「ああ、昨日森で捕まえた魔女の尋問だ」
「じじ、尋問って、痛めつけたりすればいいんですかっ!?」
「落ち着けラミコ、お前の魔法にお呼びがかかってんだよ」
「あっ」
「万能の観察眼、盛大に発揮してもらうぜ」
魔女が捕らえられている牢は脱出できないように小さな窓しか無く、そこから差し込む僅かな光が唯一の明かりだった。牢の部屋は狭いが、最低限の生活に不自由ない程度には設備は整えられていた。
「今からこいつに質問する。答えねぇとは思うが、そこでラミコの出番だ。こいつが何を考えてるか"視て"くれ」
「わかりました。……でも人の複雑な思考となると難しくって……『はい』か『いいえ』くらいでしか見極められないと思いますが、それでもいいですか?」
「ああ、十分だ。アタシとアズリアはそれを聞いて次に何をすべきかを考える」
「はい!」
「よし、これより尋問を開始する」
魔女は牢の中で魔力を抑制する特殊拘束具を嵌められ、こちらに目もくれずに座り込んでいる。しかし、いくら黙りこくっていてもラミコの眼の前では意味がない。
「『
「まずは、お前らの目的はなんだ?魔法使いを襲うことはお前たち魔女の利益になるのか?」
「『いいえ』」
魔女が口を開かなくともラミコが代わりに答えてしまう。
「なら誰のためになる?個人か?」
「『いいえ』」
「……大衆のためにやっているとでも言いてえのか」
このときのヴルカさんの声には静かな怒りが含まれているように感じた。
「『はい』」
「聖樹への捧げ物と称して魔法使いを襲ってるのは世の中のためか」
「『はい』」
「お前らは自分らがやっていることを悪事だと思っているのか?」
「『はい』」
「それを踏まえてでもやらなきゃならねえ大義があるとでも?」
「『はい』」
「…………」
ヴルカさんの僅かな沈黙は何かを飲み込もうとするようだった。
「お前らは聖樹の何を知っている?一般的に知られていない情報を掴んでいるのか?」
「『はい』」
「魔法使いを捧げることが聖樹や世の中に必要なことなのか?」
「『はい』」
「聖樹にはどうやって捧げる?方法を知っているのか?」
「『いいえ』」
「なら聖樹ってのは何なんだ!?……ってのはわからねえのか………」
「すみません……」
「いや、いい。ラミコが謝ることじゃねえ。次だ次。あの方ってのは誰だ?お前らを指揮してる人間か?」
「『はい』」
「お前らの行動は全部そいつの命令か?」
「『はい』」
「そいつがどこにいるか知っているか」
「『いいえ』」
肝心な情報ばかりなかなかたどり着けない。やはり『はい』と『いいえ』だけではこちらの質問も限られてしまうし、推測しようにも限界がある。
「なら次にどこか誰かを襲う計画があるか知っているか」
「『はい』」
「……!ならそれはいつだ!明日か!?」
「……3日後」
「!?」
何の意図か、突然魔女自らが口を開いた。
「3日後、ヌエゴ
ヌエゴ村、たしか北方の果ての壁間際にある最北の集落。
「3日後……!今すぐ出れば1日前には着ける!アズリア、急ぐぞ!」
「はい!」
「ラミコは今のをまとめて上に報告!」
「はっ、はいぃ!」
被害を出させないために急いで牢をあとにする。
「…………ヒヒッ」
去り際、微かに魔女の笑い声が耳を掠めた。
今にも出ようとする北方行きの汽車に飛び乗り、一息つく。
「ここからはノルダの街まで途中一旦宿をとってから汽車を乗り継いで移動だ。そこからは、アタシらなら飛んでいったほうが早い」
「わかりました」
「移動する間に情報を整理しとこう。まず魔女たちは自分たちに大義があるとして、悪事だと自覚しながら人々を襲っている」
「聖樹に人を捧げることが世の中のためになると言ってましたね。どう捧げるかは知らないようでしたけど」
「その辺は恐らくあの方……か、それに近しい魔女だけが知ってるんだろうな。あの方とやらの居場所も知らないとなると、指示自体は遠隔で連絡を取る手段があるらしいな」
「結局肝心なことは何もわかりませんでしたね……」
「それはもうしょうがねえ。目の前のことを片付けながら追々探っていくしかねえ」
「そうですね………」
魔女たちの目的がはっきりしないことにやるせなさを感じながらも、汽車は雪で白む景色の方へと進んでいくのだった。
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