5.祝うべきでない門出
(ベラエスタとヴルカか……)
厄介なものだ、魔女討伐士官というものは。
ウェルタに向かわせた2人は敗北した。土人形を用いた物量による攻撃に加えて、もう一人が不意打ちを行う算段だったが……偶然にも居合わせた学生らの協力により敗北を喫した。
他の魔法使いが街から出払っているタイミングを作り、わざわざ噂を撒いてトップクラスの士官を呼び出したにも関わらず失敗した。
不運だと思うより他ないだろうか。仕方のない偶然と思うべきだろうか。いや、人員を2名失っている。脱走も何度も使える手ではないだろう。それに学生らなどという、いわば小石が挟まったぐらいで瓦解するような作戦ならそもそも力量が足りていなかったということだろう。
(厄介で強力な2人だからこそ迎え入れたいのだがな……)
依然として捧げ物の収集は行うとして、あの2人の対処はじっくり進めていくこととしよう。
「エルカヴンよ……もうしばしお待ち下さい」
貴方がたの遺志は私が受け継ぎます。正しくあるために。"書き換える"ために。
「う〜ん……」
ウェルタでの戦いでは幸い大きな怪我はなく、そのまま日常生活が戻ってきた。しかし、学院に戻ってきたわたしは頭を悩ませているのだった。
気になることが2つある。"あの方"と、"捧げ物"。
2つとも魔女が不意に漏らした情報だけど、ベラさんとヴルカさんに聞いても収穫はなかった。
ウェルタで戦った魔女は2人組だった。なんらかの共通の目的を持って動いているということだ。最近組織立って動いている魔女がいるらしいとのことだし、あの2人はおそらくそうだろう。となると、"あの方"というのはその一員、あるいは指揮している存在だろうか……?
そして"捧げ物"。聖樹への捧げ物と言っていたけれど、肝心の聖樹について何もわからなかったので新しい情報は得られなかった。口ぶりからして強力な魔法使いを捧げるということだろうけど、あの不可侵の聖樹に対してどう捧げるというのか?捧げたところで何が起きるというのか?想像もつかない。
(どっちも魔女から直接聞き出すしかないのかな……)
それにしたって問題が1つある。魔女と接敵する機会がない。
こうして学院内に留まるしかない学生の身分では魔女を追ったり戦ったりなんてことはできそうにない。
そして戦えないということはわたしのやりたいことができないということだ。
魔女と戦って自分の無力を払拭したい。家族を殺めた自分の贖罪をしたい。そして───
考え事をしながら歩いていたわたしはふと視界の端に映ったものに意識を向けた。
それは学院内掲示板の張り紙だった。
(これなら……!)
「わたし、学院を辞めます」
学院内教員用の一室にて、わたしの言葉を受けたストリィ先生は、わずかに眉をひそめて口を開いた。
「義務だから辞められないと──」
「魔女討伐士官訓練生!これなら学院辞めれますよね!」
そう言ってわたしは書類を突き出した。
わたしが見た張り紙は魔女討伐士官、その訓練生を募集するものだった。
義務があるのは魔法の扱いを修めるまで特定の組織の監視下に置かれることだ。
魔女討伐士官の属する魔女討伐隊。そこで訓練生として身を置くことは義務違反に抵触しない。
それに、魔女討伐を目的とする組織に身を置けば魔女に接触する機会も巡ってくるはずだ。
「それは……たしかにそうだが………」
ストリィ先生は少しの沈黙の後、思案顔で口を開いた。
「アズリア……どうしてお前はそんなに戦おうとするんだ」
「それは……っ、魔法がなくても役に立てるって、家族を殺めたことを償いたくって……」
「アズリア……それは、戦わなくたって──」
「と、とにかくこの申請にストリィ先生が拒否できる理由はないはずです!お願いします!」
「………」
ストリィ先生は変わらず不安げな顔をしている。先生がどんな気持ちでいるかぐらい、わたしにだってわかる。けれどわたしだって引き下がりたくはない。
「……わかった、申請しておこう。ただ、これだけは言わせてくれ。わたしは君が危ない目に合うのが心配なんだ。不安なんだ。この前だって仕方なく戦ったが、一歩間違えば死んでいたんだ。」
先生の言葉がわたしの心の奥底の本音を掠め、胸がざわりとする。
「アズリア、何であろうと君は誰からも責められない。戦わなくたって、ラミコでも私でも、共にいてくれる人はいるはずだ。それを忘れないでくれ」
「………じゃあ、寮を出る準備してきますね」
先生の言葉に返事はしなかった。心臓は、重力に引かれたように重たかった。
10日後、わたしは学院と同じく中央都市にある魔女討伐隊、その本部建物前にいた。今日からわたしはここで魔女討伐士官訓練生として身を置くこととなる。
事前に聞いた話によれば魔女討伐隊は人員不足に悩まされており、訓練生でさえ有事には現場に駆り出されることもあるそうだ。しかしわたしにとってはそちらのほうが都合が良かった。魔女と戦うために、そして────ためにわたしはここへ来たのだから。
「ようアズリア、久しぶりだな。魔女討伐隊にようこそ。盛大に歓迎するぜ!」
「ヴルカさん!お久しぶりです」
「当分はアタシがオマエの指導をすることになった、よろしくな!」
「よろしくお願いします!」
討伐隊トップクラスのヴルカさんが指導に付いてくれることはとても頼もしいことだ。
「先に言っておく、お前は戦闘経験があるからわかると思うが、現場じゃいつ死ぬともわからねぇ。覚悟はしときな」
「はい!」
「よし!それじゃあ盛大に歓迎会、とでもいきてぇところなんだが、さっそく現場に出てもらうぜ」
「何かあったんですか……!」
「近場で事件だ。詳細は移動しながら話す。アタシは基本、現場には"炎"で飛んでいく。掴まってくれ」
「いえ、大丈夫です。わたしも飛んでいけますから」
正式に訓練生になることは人員不足も相まってすぐに決まった。そしてそれからの数日間もわたしは魔法の練習を欠かしていなかった。
結局、固有魔法はいまだ発現していないものの、その中で新たに技術を習得した。
糸状に形成した魔力を壁などに取り付けたあと、急速に収縮することで素早く移動する技だ。この技自体はウェルタでの戦いで一度使ったが、練習によってより速い速度、高い精度で行えるようになった。
(今度こそ、自分の力で……!)
こうしてわたしの魔女討伐隊としての初任務が始まった。
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