2.聖樹へ

 車窓の外を高速で風景が流れていく。汽車に乗るのは学院に移り住む時以来だったか。

「いや〜まさかアズちゃんと一緒に調査に出られるなんてねえ〜」

 わたしが聖樹の調査をしたいと考えたとき、ラミコの話していたことを思い出した。調査に同行させて欲しいと頼み込むとラミコは二つ返事で快諾してくれた。

「アズリア」

「はい」

「確認しておくんだが、最終的な目標は聖樹の調査そのものではないんだよな」

 もちろん学院外に出る必要があるためストリィ先生が引率することとなった。

「わたしの目的は魔女達の目的を知ることです。学院に襲撃されたとき、魔女は"聖樹への捧げ物"と言っていました。つまり聖樹への理解が深まれば、魔女の目的を突き止められるかもしれません」

 あの時襲撃してきた魔女は捕らえられたが、ついにはその目的を聞き出すことは出来なかったらしい。しかし、最近魔女の中には組織的に動いている者達がいるそうだ。先日わたし達を襲ったのはその一派かもしれない。ならば、その目的を知ることさえできれば。

「アズリア、今君がしていいことはあくまで聖樹の調査だ。釘を刺すために言っておくが、魔女に接触しかねないような危ない行動はとるなよ」

「わかってます。………正直、自分で戦う力があればって思いますけど。それこそ魔女討伐士官にでもなれるくらいにって」

「ああ、君に助けられた身で言うのも何だが、魔法を使えない君が魔女と戦って生きていることは本当に幸運でしかないんだ。もし今後、魔女と接触したときは真っ先に逃げ延びることだけを考えてくれ」

「はい…………わかってます」

 嘘だ。わかったふりをしているだけ。

 本当は自分で戦いたくてしょうがない。自分の手で何かが出来るって証明したい。

 前回は先生のおかげで勝てたけど、自分に魔女に対抗するための力が無いことを恨めしく思う。

(戦うための固有魔法でも発現してくれればいいのに……)

 などと思いながらぼんやりと窓を眺めていると汽車はゆるゆると減速していき走りを止めた。

「着いたな、降りようか」

 汽車を降り駅を出てみればそこは聖樹のある街、ウェルタが広がっていた。

 ウェルタは聖樹の巡礼と観光で人の往来が多く、観光業で賑わっているらしい。駅前は人と出店で溢れていた。

「2人とも、あくまで今回は学院の援助する探求の一貫として来ている。くれぐれも観光気分で……ラミコはどこだ」

「先生、ラミコはもう……」

「2人ふぉも〜……(モゴモゴ)このミートパイ焼き立てで美味ひいでふよ〜」

 ラミコはあっという間に出店に直行し、買ったミートパイを頬張り口をもぐもぐと動かしているのだった。

「ラミコ!観光で来てるんじゃないんだぞ!」

「(ムグムグ……コクン)すみません、つい"視え"ちゃったので」

「そんなことに魔法まで使って……しょうがない、少し自由時間を設けよう。私は宿の手配をしてくる。時間がかかるようなら先に聖樹に向かってくれてかまわない。ただし、監視はつけておくからな、何かあったら飛んでいく。……『風見鳥ヴェント・バルド』」

 先生が魔法を唱えると、淡い緑の光を放つ魔力でできた"鳥"をわたし達の肩に乗せた。

「それじゃ、羽目を外しすぎないように」

「はーい」




 一通り街を見回っても先生が来なかったのでわたし達は先に聖樹へと向かうことにした。

「これが聖樹……」

 汽車の窓越しからでも見えていたが、やはり実際に目の前にするとその存在感に圧倒される。大きさはそこらの木と比べるまでもなく、そして溢れ出る魔力は実体以上に大きな存在であるかのように感じる。

 その荘厳さは、"聖樹"と言わしめるに相応しいものだと肌で感じられた。

「すごいねアズちゃん……すごいよ、本当にすごい」

「すごいしか言えてないじゃん」

 ラミコの間の抜けた発言に思わず笑ってしまった。しかし、ラミコがそうなってしまうのもわかるくらい引き込まれるような存在だというのは十分に理解できた。

「あっ、えと、……調査に来たんだもんね。」

「調査するとは言ったけど……どうすればいいの?」

 そう、調査などと簡単に言ってはみたが大きな問題がある。

 当然、わたし達より以前に聖樹を研究しようとした者は魔法使いに限らず山ほどいるだろう。それをもってしても、傷つかず、枯れることもなく、魔力を放ち続けている……これらのことしかわかっていないのだ。

 俗説では聖樹がこの世界を作っただの、全ての生命はこの樹から生まれただのと言われているが何の根拠もない。

「そこでわたしの魔法なわけですな〜、焼き立てのミートパイを見抜いた魔法をご覧あれ……『観察眼オブサバド・アクロ』」

「そんなことに魔法を使うのもどうかと思うけどね……」

 ラミコの魔法は"視る"ことだ。あらゆる情報を瞬時に見抜き、理解する力。

 たしかにこの力であれば、これまで成し得なかった聖樹の解析が可能かもしれない。そう思ったが……。

「わっわっ、何これ」

「どしたの?」

「"視よう"としても何か、砂嵐みたいに視覚情報が邪魔されちゃう」

「どういうこと?」

「う〜ん……魔法による干渉そのものが阻害されてるような……」

 どうやらラミコの魔法をもってしても聖樹が何たるかを見抜くことは出来ないらしい。

 聖樹には魔法を阻害する力がある……ということはこれまで研究を行おうとした魔法使い達もこうやって阻まれたのだろうか。

「わたしの魔法ならいけると思ったんだけどな〜」

「あらゆる情報を見抜く力でさえわからない、ということはわかったけどね……」

 しかしこれでますますわからなくなった……魔女達の目的が。

 魔法は弾かれる、物理的な攻撃も効かないだろう、時間経過により朽ちることもない、そんな不可侵な物体に一体何をしようというのだろう。

 魔女は『聖樹への捧げ物』と言っていた。単なる捧げ物くらいなら熱心な信奉者がするだろうし、魔女の言うそれはきっと違う意味だろう。

「結局何もわからずじまいか〜……どうする?切り上げて先生のとこに戻る?」

「たしかにもうどうしようもないし……でもなぁ」

 これでは踏ん切りがつかない。何しろ進捗が一切無いわけだ。

 魔女の目的を止めたければ地道に魔女達の動向を聞き込みしていくくらいしかないんだろうか……?

 そうやって頭を悩ませているわたしにその人達は不意に声をかけてきた。

「オイ、そこのお前ら、学生だろ?」

「あっ、はい!」

「うわっ、中央の制服か〜懐かしい〜〜!」

 その人は真っ赤な髪をした大柄で筋肉質な女性だった。

「あのっ、えっと……何の用ですか……?」

「こら、突然話しかけんが。困っとるやろ」

 対応に困っているともう一人の切れ長の目で短髪の女性が、訛のある口調で助け舟を出してくれた。

「おう、すまんすまんアタシも中央の学院出身でな、制服見て盛大に懐かしくなっちまってな、つい声かけちまった」

「つまり〜、先輩ということですか……?」

「おうよ!アタシはヴルカ・ボーネン、盛大によろしくな!」

「ウチはベラエスタ・アカラいうが、ベラでいいわ」

「アズリア・ブランカです」

「わたしはラミコ・カーラです〜」

 にしてもヴルカにベラ…………どこかで聞いたような…………

「あっ、魔女討伐士官の」

 そうだ、大火のヴルカに剣聖のベラ。魔女を倒すことを生業とする魔女討伐士官の実力トップ、その2人だ。

「知ってんのか、大火のヴルカたぁアタシのことよ!魔女がいたら盛大に燃やしてやるから教えてくれな!」

「ウチは剣聖なんて大げさな呼び方されとるけども……まぁ実力はあるつもりや」

 まさかあの2人に会えるだなんて。いや、待てよ?魔女討伐のトップクラスがこんなところにいるということは……。

「もしかして……任務ですか?」

「そうなんやちゃ、この辺で魔女がるいうて聞いたがやけど……どうも見かけんし、気配も無いが。取り越し苦労やったらしい」

「そうですか。何事も無いようで良かったです」

 ……本当は魔女と戦いたかった。でも被害がなければそれに越したことはないし、わたしでは戦える実力も無いと先生からも言われている。

 実力……実力がないというならば……。

「アタシらはもう一回りしてから帰るつもりだ。オマエらも気ぃ付けろよ」

「すみませんお2人共!お願いがあります!」

「なんだ?」

「わたしに特訓をつけてもらえませんか!?」

 実力は、身につければいい。

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