第13話  FIRST KISS

 高校の旧友、ヨシトミテツは北関東の国立大学に通う通学生で、地元の事情をよく知っていた。彼はユキナと同じクラスで、きっとヨシトミに聞けばユキナのことがわかるのではないかと思った。私がメッセージを送ると、彼の方からある事実が判明した。


 それによると、ユキナは地元の公立大学に通い、1年先輩であるヤナギモトくんと交際しているということだった。ヤナギモトくんは、高校時代、生徒会の体育委員代表で執行部の仕事をしていた。ユキナは球技大会の実行委員で、責任感の強いヤナギモトくんを信頼していたと言う。偶然にも進路先で出会い、交際が始まったということだった。


 私はとても安心した。というのは、先輩がとても優しくて頼りになる人だったからだ。私とヤナギモトくんは同じ中学の出身で、同じ電車に乗り通学していた。1年先輩でもある彼は、常に親切に私の勉強や進路のことを相談してくれていたからだ。


 ヨシトミによると、ユキナと先輩はラブラブの関係だということだった。そして、ユキナは私のことを案じてくれていたと言うのだ。もう少し詳しい内容は私が郷里に帰ってからヨシトミが直に会って説明したいということだった。私は少し安心した。これで気兼ねなくマユリンと付き合うことができるのではないか。


 大学の前期試験が終わり、夏休みに突入していた。私は進学塾で高校生対象の英語長文対策講座、リスニング対策講座、花展の準備、運営やパーティの進行、師匠への挨拶、イタメシ屋のバイト、軽音部の練習などで多忙を極めていた。そして、少しの休養が取れた日にいつものジムへ汗を流しに行った。心に隙ができた時、その過ちは起こるべくして起こった。


 ウオーキングマシンに乗っていた時、昨年腐れ縁が切れたと思っていたセフレのクミに声をかけられたのだ。ウオーキングマシンに乗りつつ、クミは旦那の単身赴任が又一年延びたことを愚痴った。そして、寂しいからと最後にもう一度だけと言って関係を迫ってきたのだ。


 私はその誘いに見事に乗った。気がつくとクミの部屋のベッドで裸になり、激しくクミの体を弄んでいた。二度射精した後、これでもう関係は解消することをお互いに誓った。それは私が交際相手ができたことを告白したからだ。


 でも性欲に囚われていた私はクミを記憶に残しておきたくて、2枚だけ裸の写真ポーズを要求した。一枚は胡座をかき、片腕を挙げて頭髪を掻き上げるポーズ。もう一つはベッドに後ろ向きにもたれ、尻を突き出したもの。時々思い出して自慰行為のオカズにするためだった。クミは警告した。


「あなたがスマホにたくさんエロいグラビアや女優のヌードを保存しているからって、女はね、浮気相手のエロ写真はカンで気付くよ、気を付けてね。」



 クミの言うとおりのことが起きた。夏休みに入り、マユリンの部屋で英語の課題を手伝っていた時、トイレに行きたくなって私は席を外した。スマホを机に放置しておいたのを彼女は何気に見てしまったのだ。帰ってくるなり、いつもの笑顔は消え、血相が変わっていた。


 これまではマユリンがあんなに怒ったのを見たことがなかった。


「この女は一体誰なんだよお」


 彼女は今まで耳にしたことがないような甲高い声で言った。


「これっ、これってセクシー女優のブログからスクショしたやつだよ。」

「ちがうよお、あのオンナだろ、シンちゃんが去年セフレにしてたクミだろ。」

「ち、ちがうよ、これはセクシー女優って・・・」


「セクシー女優の誰なんだよお、言ってみろよ、言えってばよお、言えよ。」


畳みかけてくる迫力に私は呼吸も乱れ、返す言葉を失い、後ずさった。


マユリンは玄関口に私を追い詰めて力いっぱい叫んだ。


「帰れ、このゲスやろー、もうあたしのとこへくんな。帰れよおー、帰れってばあ、お前なんか汚らしくってさあ、もう会いたくない、帰れ、帰れってばあ。」


 私は後退りしながら外へ出た。猛暑の中、自分の周囲が眩んで意識が朦朧とする中、自分の部屋に辿りついた。暫くして、コータから電話がかかってきた。私はすぐに受話器を取った。マユリンはコータの部屋で泣いていた。


「お前、どうしてクミとまた寝ちゃったの? 切れたんじゃなかったの?」


 私はコータに経緯を説明した。そしてクミとは金輪際関わらないし、写真も削除したことを伝えた。その間も途切れ途切れにマユリンの泣き声が後ろから聞こえていた。


「わかったよ、オレはさ、お前信じてるからさ、マユリンに説明しとくわ、後、お前がやることは分かってるな。」

「うん、ありがとう、オレ土下座してもいいよ。」

 

親友の有り難さをこれほど感じたことはなかった。ユキナに続き、マユリンも傷つけた私は最低の男に成り下がっていた。今は少しでもそれを応急処置することしか方法はなかった。


 その夜、夕食後、私は連絡なしでマユリンの部屋を訪れた。LINEしてしまうと彼女が姿を隠す可能性もあったからだ。チャイムを鳴らすと、少し落ち着いたのか泣き腫らした眼で私を見上げて玄関を通してくれた。


 玄関口で私は土下座して、頭を床に擦り付けた。彼女がおいていたヒールを二足薙ぎ倒したが、それも構わなかった。私は込み上げる思いを腹の底から声に出していた。


「マユさん、許してください、私が悪いです。もう絶対にあのオンナと関わりません、だから、だから、これからもカノジョでいてください、お願いです。」


 頭を床に擦りつけたまま、暫く動かなかった。マユリンはしゃがんで私の腕を掴んだ。


「もう、いいよ、立って。」


それはいつものマユリンが話す優しい声だった。彼女は私を立たせると両腕で肩を押して廊下の壁に押さえつけた。


「あたし、シンちゃんの全部がスキ、その肩も、その目も、その逞しい腕も、お腹も、ぜんぶ、ぜーーんぶ。でもさ、シンちゃんの全部、あたしがスキでもシンちゃんの全部は自分のものになんない、だからそれ考えると時々さ、とっても悲しくなるんだよ、悲しくなるから余計にスキにになるんだろね、


 だからさ、だからさ、大事なシンちゃんのおチンチンを変なオンナに取られるとさあ、変なオンナに・・大事なオチンチンをさあ・・・・・。」


 彼女は私の胸に全てを預けると大声で嗚咽した。私は全ての動きを止めて彼女を受け止めようとした。そして嗚咽が止まった時、マユリンは眼を閉じて私を見上げた。玄関口で私たちは抱擁し、長い接吻をした。マユリンの頬には二筋の涙がゆっくりと落ちた。私はそれを指で拭いながら彼女の体温をゆっくり味わった。


つづく
















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