第2話

店を出て渋谷駅で別れるつもりだったが琳が家に来てくれと言ってきたが、僕は行く気がないと告げると明日がお互いに仕事が休みだから飲むのに付き合ってくれと言ってきたので少しだけなら良いと返答すると、手を引いてきた。


「そんなに酒に強くなったのか?」

「かなり飲めるようになった。前みたいに路地裏に入らないから安心してよ」


琳の家に着きソファに腰をかけて待っていると、ワインセラーから数本ワインを持ってきて好きな物を選んでくれと言い、とりあえずマルベック種ワインのマルカバを選ぶと即座に開栓してグラスに注ぎ足していった。

一人で飲むより誰かと一緒の方が程よく酔いが回り出して喉の中を伝い身体の奥まで染み渡るのが心地良くもなる。しばらく飲み続けていくうちに先に琳がうとうとと眠たそうにしていた。


彼女に声をかけると寝室に行こうと言い出したので少しの間であれば良いだろうと気が緩みながら、二つ並んだベッドがある寝室へ入っていった。


「ああ酔ったぁ」

「それだけ飲んだら誰だってベロベロになるだろう」

「奏市にそう言われても何一つ気持ちが動かないわ」

「うるせぇよ。それにしてもさ、新婚前の彼氏のベッドに横たわるなんてなんか罪だよな」

「もう少ししたら、ここもお別れする予定だよ」

「引っ越すの?」

「うん。彼氏の両親がねせっかくだからって一軒家の所で住みなさいって譲ってくれたところがあるんだ」

「贅沢すぎるな。すげぇ太っ腹だ」

「この先縛られながら生きていきそうな気がする」

「どうして?そんなに良くしてもらっているのに?」

「みんな顔が良いだけで後のことなんか見計らっては捨てるに決まってる」

「なんで、そう言い切るんだ?」

「一瞬だけ戻らない?」

「一瞬?……ああ二十歳のころに?」

「うん。一度でいいからあの頃みたいに戻りたい」

「琳、そっちに移っていいか?」

「うん、来て……」


琳のベッドの隣に寝転がり彼女の額を撫でると微笑んだ表情がどこか寂しそうだったので手を繋いでキスを交わした。


「奏市、最後まで手を抜かないで……」


今宵の月は僕たちの罪を許してはくれないだろう。琳と二人、お互いの熱した肌を重ね合わせては濡れた身体を滑らせるように細部の愛撫まで怠らないほど泡沫うたかたのように更けていく深い小夜の中を過ごしていった。


その後数ヶ月が経ち琳は結婚をし子どもが生まれた。その頃僕は仕事で台湾へ行き一ヶ月間の赴任期間を終えて帰国してから、自宅に着きその足で町田市の実家に向かった。玄関を開けると出迎えてくれたのは果穂の子どもで六歳になる悠斗だった。彼を抱き抱えると身体を振りかざすようにはしゃいで笑っていた。

リビングには母が居て友人と電話をしていたのでしばらく待ち、受話器を置いた後僕に向かっておかえりと言ってきた。


「悠斗、奏市は仕事から帰ってきたばかりなんだから休ませてあげて」

「ええー遊びたい」

「悠斗、こっち来い。これ……台湾のお土産だよ」

「何のお菓子?」

「パイナップルケーキって言うんだよ」

「お兄ちゃんまた甘いもの買ったの?この子虫歯になりやすいって言われているからあまり買ってこないでって言ったじゃん」

「向こうでポピュラーなものらしいよ。俺もなかなか海外出張って当たらないから、珍しいもの買ってきたっていいだろう?」

「まあ、あまりたくさん食べられないんだし、たまには良いでしょう果穂。これ美味しそうじゃない。頂くわね」

「あのさ、俺今日ここに泊まっていく。スウェット借りるから」

「おじちゃん、一緒にお風呂入りたい」

「ああいいよ。母さん早いけど今沸かしてくる。いいだろう?」

「ええ、ゆっくりしていきなさい」


僕は子どもが好きで時間を作ることができる時には、悠斗に会いに来ては遊んであげる。大人になると彼のように無邪気で素直な心をいつしか無くしてしまっているので、こうしている時間が大事なんだと彼から教えられる事がある。

一人っ子の悠斗。果穂から聞かされるのはやはり弟か妹が欲しいとねだることがあるらしい。ただ果穂も義兄と共働きということもあり、母にも迷惑をかけたくないから子どもは悠斗一人で充分だと話している。


この子もいつしか大人たちの気持ちが分かってくれる日が来た時に改めて褒めてあげようと心から祈るしかない。その潤ませた純朴な瞳をいつまでも持ち続けてほしいと願うのだ。浴室から上がり悠斗に着替えを渡して衣服を着た途端に彼はリビングへ走り出した。その後を追うように向かうと彼はソファの上に上がり嬉しそうに飛び跳ねていた。


「髪濡れているじゃない。奏市に乾かしてって言っておいで」


母が告げると再び僕の元に来ては脚に掴まり見上げてきたので、抱き抱えて洗面台へ行きドライヤーで髪を乾かしてあげた。夕食を済ませてから悠斗と二人でしばらくテレビを見ているとはしゃぎ疲れたのか彼が僕の腕に掴んできたので、寝室に行きベッドへ寝かせた。


「あなたが来ると本当に嬉しいのね。出張に行っている間、あの子一人で遊ぶことがよくあったわ」

「義兄さんとは遊ばないの?」

「ええ。仕事の帰りも遅いし、休みの日も出かけてしまうから家に居て欲しいって言っても私達で見てくれって言うばかりなの」

「それならあまり懐いていないだろう?今一番一緒にいたい時なのにな……」

「もうそろそろ帰ってくるからあまり刺激を与えないであげて」

「そういう話嫌がるのか?何の為に子どもの存在があるのか分かってないじゃん」

「もういいから。……ああ帰ってきた、おかえりなさい……」


義兄と話した後、悠斗のいる寝室へ行き彼の隣に敷いた布団に入りその日はいつもより早く眠りについていった。

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