011 野外


「……本当に来たんだ?」

 都市門の前にくれば、そこには旅支度をした白銀の髪をした美少女が立っている。

 聖女のローブと呼ばれる金糸銀糸で彩られたローブを着て、荷物が入ったリュックを背負った美しい姿形をした少女――サリアだ。

「当然です」

 むん、とそれなりにある胸をそらして言われ、俺は苦笑しながらわかったと頷いた。冗談や酔狂ではなく、きちんとした覚悟があるなら連れて行こう。

 ちなみに現在の俺は皮の鎧を身につけており、腰には鉄の剣を下げている。背には盾も背負っている。

 【武器庫】があるから鎧はしまってもいいのだけれど、都市外活動は常に危険と紙一重だし、体力づくりの為に常に装備しておこうと思っていた。

「じゃあ、行くか」

 呟けば、はい、と答えが帰ってくる。そうして俺は昨日と違い、止めてくる様子のない門番たちを尻目に街を後にするのだった。


                ◇◆◇◆◇


 迷宮都市ヴェリスから876号食肉ダンジョンへの街道は整備されており、俺とサリアはそこをてくてくと歩いていた。

 道の感触はあまり良くはない。舗装されてないしな。荒れ地を歩くよりはマシといった感じだ。

 ヴェリスは辺境と呼ばれる都市らしく、道もあまり整備されてはいないのだろう。

 また、木々がまばらに道の脇に生えており、草原のような平野には、ところどころ柵で囲まれた畑が連なって見える。

 とはいえ、異世界の、知らない道を歩いているのだ。俺は楽しかった。目を眇めて、遠目に見えるものの名称を次々と口にしていく。

「お、遠目に見えるあれは、川かな?」

 川の水が陽の光を反射して、大地に光の線が走っているように見える。

「はい、イース川ですね。この地方の都市の水源となってます」

 俺の疑問にはサリアが答えてくれる。誰かとちゃんと話すのは結構久しぶりで、これだけで連れてきた甲斐があるような気がしてくる。

 しかし、あれがギルドの資料によく出てくるイース川か。

 とはいえ、途中で光が消えているようにも見えた。地図上では川はずうっと続いているはずだが。なんだろうか。

 総軍教本を取り出して、行軍時の部分を見る。

「総軍教本によると、川の反射が途切れているときは川に敵軍の船団があるか、巨大なモンスターがいるかの二択らしい。注意して進むように書かれている」

「戦地では、じゃないですか? 船が商業船の可能性もありますよ」

「ヴェリスの都市規模なら、商業船は川辺の光を大幅に遮るほど連ならない」

 言いながら、ふむ、と遠目で川辺を見る。結構距離は遠いから何があるかわからないな。たぶん船ではないと思うが。

 そんな俺の隣でサリアはなるほど、と頷いてから。

「では、淡水スライムでしょう。イース川は水量こそ豊富ですが、魔素が弱くそこまで巨大なモンスターは生息できませんので」

「淡水スライム」

「通称が淡水スライムで正式なモンスター名はアクアスライム。水辺に住む典型的なスライム種ですが、時折【増殖】や【淡水吸収】のスキルを持った個体が現れて、川を枯渇させるほどに急速成長します。そうなると討伐するように冒険者ギルドやその都市の領軍に依頼がいきます。川の流れが途切れて見えるぐらいに大きくなるということは討伐依頼がすでに出て、領軍が討伐の準備をしているかもしれませんね」

「それは俺たちでも倒せるのか?」

 興味本位で聞いてみる。まぁ自分で言ってて無理だな、とは思うが。

 今のままでは難しいですね、とサリアは言う。

「アクアスライムは物理攻撃がほとんど効かないので、魔法スキルか属性付与スキル、また魔法の力を持った武具に頼る必要があります。勇者様はどれも持っていないので、私が遠距離から光魔法で攻撃する必要があります。ただ、今の私では川の流れを遮るほどに成長したスライムの増殖スピードを上回るほどの火力は出せませんね」

「倒せない、と」

 なるほど、と頷いてから俺たちは川から視線を離した。別に川辺に近づく用事はないからあちらには行かない。好奇心もうずかない。君子危うきに近寄らずという奴でもある。君子ではないが。

 視線を逸らせば道の脇に広がるのは畑だ。木でできた簡易的な柵に囲われている。家畜の糞で作った肥料でも使っているのだろうか。独特の臭いがあった。良い臭いではないが、中学の修学旅行で牧場見学をしたことを思い出す。

「この辺の畑では何を作ってるんだ?」

「ええと、麦と豆と芋とキャベツですかね」

「ふぅん。あんまり種類はないんだな」

「都市傍のは都市民が飢えないために都市が保有している大規模農場ですから、個人の畑であればもうちょっと種類がありますよ?」

「そんなもんか」

 言いながら、空を見上げれば鳥が飛んでいるのが見えた。弓でもあれば格好良くあれを射抜いて今晩のおかずにできたんだろうな、なんて思いながら歩いていく。

「なぁ、あれ、撃ち落とせる? 夕食に良さそう」

「光魔法の射程なら届きますが、難しいですねぇ。【鷹の目】や【命中】などのスキルがないと魔力を無駄に使うだけになります」

 言いながらサリアは空に向けて「【光の矢】」と呟いて光属性の魔法の矢を飛ばすが、それは命中することなく空の彼方に消えていく。

「おー、魔法だ。なぁ、光魔法は重力の影響を受けないのか? 無限に飛んでいく?」

「重力の影響は受けませんが、空気中に魔力の影響は受けるので減衰して、いずれ消えますね」

「光魔法って光速では飛ばないの?」

「光の速度で飛ぶような魔法はもうちょっとランクが上がってからですね。私の光魔法はⅡランクなので、低威力かつ視覚で捉えられる魔法しか使えません」

 スキルランクか。確か、ええと。

 Ⅰは見習い。Ⅱが一人前。Ⅲがベテランで、Ⅳはその技術に精通し、かつその技術に関する独自の発見を行っていること(発見済みの技術であっても誰かに教わらずに自ら発見すれば問題ない)。ⅤはⅣの条件を満たしつつ、その技術の新たな流派の開祖となれるだけの技量と独自の秘奥と呼べる技能を持つ者。

 スキルランクはこの基準でⅠ~Ⅴまでのランクになる。

「Ⅱランクスキルがあるのか、すごいなぁ。俺は全部Ⅰだよ。じゃあ俺に弓術スキルがあっても、あれには届かないのか」

 空を飛んでいく鳥を見送っていく。

「そうですね。兵士スキル産の弓術スキルだけではだめでしょうね。ええと、狩人なんかは弓術を補助するスキルを数多く覚えるので、そういった職業スキルを得る必要があるかと」

「ふぅん」

 言いながら歩みを進めていく。歩きながら伸びをする。遠目に丘が見える。総軍教本によれば、ああいった丘の陰には兵が伏せてあることもあるから偵察を出すべし、と書いてあるが偵察なんかいないからな。

「総軍教本に書いてある丘の陰って具体的に何なんだ?」

 別に聞く必要はないが、無言で歩くよりは話しながらの方がいい。会話内容はだからか、気分でころころと変わっていった。

「正面からは見えにくい場所のことじゃないでしょうか」

「ふぅん。偵察を送る必要があるようだが、俺たちに偵察はいないな」

「スカウト技能の持ち主が欲しかったら奴隷商に行くか。冒険者ギルドで仲間を募る必要があるかと」

「奴隷ね。それもどうなんだろうなぁ。俺が覚えるのではダメなのか? あとは探知スキルとか」

「貴重なスキル枠を丘の陰までわかる広域の探知スキルで埋めるのはどうなんでしょう? 勇者様なら戦闘スキルや状態異常耐性スキル、ステータス上昇スキルなんかで埋めた方がいいのでは?」

「枠なら残り13個もあるからさ」

「うーん、様々な分野のスキルが増えれば増えるほど必要な修練も増えることになりますから、専門職を雇った方がいいですよ絶対に」

 剣術の修業をしなければ剣術のスキルは伸びない。鍵開けの練習をしなければ鍵開けスキルは伸びない。この世界ではモンスターを倒して、経験値を得て、レベルを上げれば勝手にスキルが成長するわけではない。

 とはいえ勇者の素質があるならⅡやⅢまでは漫然とやっていても伸びるだろう。だが高ランクダンジョンで必須のⅣ以上のランクからは独自の発見が必要になるため、大量のスキル枠があるということはそれらを伸ばせるだけの才覚を持たないと持っていてもあまり意味がないとサリアは言う。

「特に、広域探知スキルなんかの鍛え方はスカウト系でも門外不出と聞きますから、修練に苦労しますよ」

「門外不出? どうして?」

「ええと勇者様の世界では技術が広範に学べるのでしたっけ? この世界はちょっと違って、それだけご飯が食べられる技術はだいたい秘匿される傾向にありますね。仲間内でも相応の対価と、その技術に関する大家とのコネクションがないと教えてもらえないぐらいです。それで、えーと広域探知スキル持ちの価値はそうですね。Ⅲランクまで行けば戦闘技術がなくても軍や大商人が専属で雇います。奴隷商もスキルランクがⅠであっても高値で買って、育てて売ります。そういうわけで、稼げるのでみんな技術を秘匿したがるわけです。できる人が増えるとすでに技術を持っている人が安く買い叩かれてしまいますので……とはいえ勇者様が頼めば修練方法を教えるぐらいはしてくれるかと思いますが、勇者様の場合は該当のスキルを習得できるスキルブックを探すのに苦労するでしょうねぇ」

 言いながら丘の脇に伸びていく道を歩いていく俺たち。俺は剣の柄に手を掛け、背負った盾をいつでも構えられるように手に持つ。サリアも杖を構えていつでも攻撃魔法を放つことができるようにしていた。

「……何もなかったな」

「人間の賊以外にも、たまにゴブリンなんかが待ち伏せすることもありますが、まだ都市の傍ですからね。何事もないのは当然ですよ」

「人間の賊とかいるのか」

「山賊に盗賊に強盗団、あとは川賊とかもいますよ。だいたいが教会からも破門されている不信心者で構成されてますけど、たまに大山賊とかそういう規模で大きくなったのもいて、討伐依頼が冒険者ギルドに来たりしますね。ちなみに勇者様は参加できません」

「できないのか」

「そういうことの為に呼ばれているわけじゃありませんから。人間の世界のことは人間がやるべき、ということです。もちろん勇者様が自衛のために自主的に倒すのは問題ありませんよ」

「ふぅん。なるほどねぇ」

「ああ、そうだ。野営地についたら遠くの友人と話すために席を外しますが、大丈夫でしょうか?」

「んん? ああ、大丈夫。っていうか遠くの人と話せるのか?」

「はい。友人も聖女の称号を持っているので、【聖女通信】という聖女専用の神聖魔法で会話ができるんです」

 言いながら俺たちは歩いていく。

 目指す道は遠く、相互理解のために話すことは多かった。



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