吾輩は女子高生である。

namu

吾輩は女子高生である


吾輩わがはいは女子高生である。彼氏はまだいない。


問4に関してはとんと見当けんとうがつかぬ。

何でもAとBそれぞれ変形して同じ式を導くという所でウトウト舟をいでいた事だけは記憶している。

吾輩はここで初めて等式の証明というものを見た。

しかもテスト終わりの後で聞くとそれは今回のテスト中で一番獰悪どうあくな問であったそうだ。


テストを作る教師が高尚こうしょうな何某大学の入試問題を洒落しゃれぶって一つ二つ仕込む事で知られているという話である。

しかし当時は何という考えもなかったから別段不満も抱かなかった。

そもそも彼が長々と教科書に記されているPがウンタラQがカンタラをれている時は何だかフワフワした感じがあったばかりである。

硬い机の上で夢現ゆめうつつの中、少し垂れたよだれぬぐいながら黒板を見たのがいわゆる高校数学の見始めであろう。


この時妙なものだと思った感じが今でも残っている。

第一をもって数を理で解くべきはずの場所にQやらPなどまるで英語だ。

その後、他の教科も見てみたがこんなキチガイには一度も出会わしたことがない。

QやらPのみならず余りにもギリシア文字が出しゃばっている。

そうしてその文字どもが時々グニグニと曲線を描く。


どうも目に悪くて実に弱った。これが人間の青い春に苦々飲む薬というものである事はようやくこの頃知った。

PならばQならばAならばBならばと言っているしばらくはよい心地で頬杖ほおづえあごえておったが、しばらくすると順繰じゅんぐりに指名され始めた。

教師が問うのか、自分が解いた問いを答えるのか分からないが無暗むやみに頭が回る。インスタのフォロワーは増えただろうか。

隣の男子学生に自分の番の問を聞こうかと思っていると、きんこんかんこんと音がして授業はめられた。

それまでは覚えているが、後の事はいくら考え出そうとしても分からない。

ふと気が付いて見ると教師はいない。あれだけ長々と講釈こうしゃくれておったというのにかねが鳴れば影も形も見えぬ。

肝心の黒板の内容さえばばあの頬に乗せられたファンデの如く消されてしまった。

その上、今までの所とは違って次は体育の授業だ。女子は着替えに時間がかかる。早速着替えてしまおうとボタンをいくつかいた所だ。

はてな何でも容子ようすがおかしいと、首をぐるりとして見てみると男子だんし諸君しょくんの視線が痛い。

吾輩は女子が移動する側の日に教室で半裸になったのである。



ようやくの思いで教室を抜け出し、人気の無い特別教室側の校舎に駆け込むと目の前にサボり中のチンピラがおる。

吾輩はチンピラの前に半裸で突っ立て、この状況どうしたらよかろう。と考えて見た。

別にこれという分別ふんべつも出ない。しばらく叫んだらJKパワーでどうにかならぬかと考え付いた。

うわー、うわーん と試しにやってみたが誰も来ない。



そのうち伽藍洞がらんどうのように誰も居ない廊下に開けられていた窓からさらさらと風がほとばしって服がより乱れる。

立場が非常に悪くなってきた。叫びたくても聞く人気が無い。仕方がない、

何でもよいから人のいる所まで向かおうと決心した。

そろりそろりと来た道を後退り…ヤバッ

どうも非常に不味い。鼻息荒く劣情を浮かべながら走り迫る男に我慢など出来るはずもなく無理やりに、施錠されているドアを蹴破けやぶって渡り廊下に出た事でようやく体育館から学徒がくとの声が聞こえてきた。

ここを抜け下ったら、どうにかなると思って無駄に重厚な扉を開けようとしたがびくともしない。

すると背後からチンピラに髪の毛を掴まれた。花の女子高生のきぬのような髪を粗雑そざつつかむなど何たる所業しょぎょうか。

背後のチンピラに金的きんてきをかまし全霊で押し退けた。

縁とは不思議なもので、もしあの鉄柵てっさくちていなかったなら、吾輩はつい路傍ろばた処女しょじょらしたかも知れんのである。

身から出た錆とはよくったものだ。

あの鉄柵は今日に至るまで修理されることはなく、自殺した男子生徒の霊が出るとかいうスポットになっている。


さて、腹痛だったと告げたのち素知そしらぬ顔で体育に参加しているがどうしていかわからない。グループ分けが済んでいる。

体育教師とペアか、浮くからイヤだし、男子の前で脱いだ所為で視線も多いという始末でもう二人一組のストレッチまで一刻いっこく猶予ゆうよが出来なくなった。

仕方がないから三人組になっている男女どもの方へ歩いて行く。

今から考えるとその頃にはすでにグループに属している風に外野からは見えておったのだろう。


ここで吾輩はこれを機に幾度いくどとなく顔を合わせる事になる者どもと縁を結んだのである。

第一にったのがgである。

これは他の者どもより一層ノータリンな方で吾輩を見るな否やいきなり鼻の下を伸ばしながら一緒に組もうとのたまってきた。

いや、これは顔がムリだと思ったから眼をねぶってキモいと言っておいた。

しかし体育教師からの説教と完全に浮くのにはどうしても我慢が出来ん。吾輩は

gの横を抜けながら奥で一緒にいる男女二人へ向かった。

すると間もなくまたgに声をかけられた。

吾輩は声をかけられてはキモがり、キモがっては声をかけられた、何でも同じ事をかいかえしたのを記憶している。

その時にgと云う者はつくづくいやになった。この前gから送られてきたチン写メをばらまいてこの返報へんほうをしてやってから、やっと胸のつかえが下りた。

吾輩があきらめて離れようとしたときに、この三人リーダーがすまんすまんいいながら出て来た。

gは吾輩に懲りずに声をかけようとしていた出鼻を挫かれ、実質的にお前らで組んでるんだから。俺が組めばいいじゃんか という。

リーダーは目にかかるまで伸ばした髪をいじりながら吾輩の顔から胸までをチラチラ眺めておったが、やがて 女子同士だろフツー といって隣におった女子に紹介してくれた。

奴はムッツリ助兵衛すけべえと見えた。gは口惜くちおしそうに吾輩から離れていった。

かくして吾輩はついにこのグループの幻のシックスウーマンとめる事になったのである。


吾輩の友人は滅多めったに学校内で吾輩と顔を合わせることがない。学年の中でも有名なグループのおさだそうだ。学校へ来ると終始しゅうし人に囲まれたっきりで、ほとんど一人でいる事がない。

クラスのものは彼を大変な人格者だと思っている。

当人も人格者であるかのごとく見せている。

しかし実際は皆のいうような人格者ではない。

吾輩は時々お忍びに彼に勉強に誘われるが、彼は大人ぶってよく酒をすすめてくる事がある。己の名を広めたいが血の滲む努力はできぬ気性で、しかしSNSなどで有名な者達にフォローしてもらえるよう事有ことあごとに反応してよしんばフォローされればその事を何でも無さそうに教えてくる。

彼はそこまで知恵ちえはなく成績も中の下で英語に至っては目も当てられぬ。そのくせに人にモノを教えたがる。勉強に誘った後で酒を勧めてくる。断られた後でネットでひろったしんも分からぬうんちくをひろげる。二、三個にさんこ話すと顔と胸をチラチラと気にし始める。吾輩が帰る。これが彼の毎度まいどり返す勉強会である。

吾輩は女子高生ながら時々考える事がある。

男子高校生というのは実に楽なものだ。人間と生まれたら男子高校生となるに限る。こんなに馬鹿で勤まるものならJKにも出来ぬことではないと。

それでも彼にわせると人気者ほどつらいものはないそうで彼はクラスで友達係ともだちがかりと話すたびに何とかかんとか不平ふへいぶった自慢じまんらしている。


吾輩がこのグループに所属しょぞくした当時は、彼奴きゃつ以外のもには、はなはだ不人望ふじんぼうであった。どこへ行ってもけられて相手にしてくれがなかった。

いかに珍重ちんちょうされなかったかは、今日にいたるまであだ名さえつけてくれないのでも分かる。

吾輩は仕方しかたがないから、暇があれば吾輩を入れた彼奴の相手をしてやる事にした。

朝、彼奴が挨拶をすれば返してやる。

彼が昼食を共にしたければ前の席が空いていれば座らせてやる。

これはあながち彼奴が好きという訳ではないが別にクラスコミュニティ上なんだかやむをんのである。

その後、色々の経験の上、朝送られてくるLINEラインにはスタンプは【寝てた】一回、夜間のLINEは未読無視、休みの日はキャッチボールの程度とした。

しかし一番心地のい事は彼奴のイイネでインスタのフォロワーが激増した時である。


この長というのは見てくれは良く、インスタのフォロワーも多い部類ぶるいである。

吾輩はいつでもインスタのフォロワー増加の為におのれのり出来る余地よち見出みいだししてどうにか、こうにか上げるのであるが、

運悪く下卑げびた男どもの琴線きんせんに触れると大変な事になる。

あのなまゴミどもは――こと匿名とくめい連中れんちゅうはたちがわるい――JKが居たJKが居たといって夜中でも馬鹿の一つ覚えにDMを送ってくるのである。

すると例のgの様に必ずと言っていいほどチン写メが飛び出してくる。

げんにせんだってgなどは住所も分かっていたのでおまわりりに引き渡した。

吾輩はSNSを通して彼等かれらを観察すればするほど、彼等は我儘わがままなものだと断言だんげんせざるを得ないようになった。

ことに吾輩が時々、部屋着姿を上げた時に至っては言語道断ごんごどうだんである。

自分の勝手かってな時は人をオナネタ報告したり、出会い系に勝手に使われていたり、住所を割り出そうとしたり、チン写メを送ってきたりする。

しかも吾輩の方で少しでも友人どもに愚痴ぐちを言おうものなら 何自慢?と女子グループ総がかりの陰口かげぐち迫害はくがいを加える。

この間もちょっと芸能事務所からのスカウトがウザいといったら、非常に怒ってそれから会話をしていない。

机の上でひとが頬杖ついて溜息ためいきいていても一向に平気なものである。

吾輩のフォロワーのhなどは写真を上げるごとに高校の友人ほど不人情ふにんじょうなものはないと言っておらるる。

hは先日せんじつ、妹が高校に進学したのである。

ところがそこの学徒のいじめによって数ヶ月後に自宅の部屋で首をっておったそうだ。

hは思い出フォトを上げながらその一部始終いちぶしじゅうを話した上、

どうしても見た目に傑出けっしゅつした部類ぶるいの人間がすこやかな青春をまっとうしてとうとい学生生活をするには社会にうったえかけこれを剿滅そうめつせねばならぬといわれた。

ちょっと何言ってるか分からない。

また、裏垢で活動しているフォロワーのjなどは皆がJKブランドというものをかいしていないといって大いに憤慨ふんがいしている。

元来がんらいSNSではパパ活でも援助交際えんじょこうさいでも女子高生というだけで我先われさきにと人がむらがり金を落とすものとなっているのでこれを活かさぬ道理はないらしい。

もし相手が盗撮やら強硬きょうこうに出てネットの海にばらかれなければよいものだ。


しかるに考えのあさ莫迦ばかどもはごう脳味噌のうみそが入ってないと見えて目先めさき金銭きんせん大金たいきんだと青い春を貪食どんしょくせらるるのである。

奴等はその匿名性とくめいせいたのんで法に守られ育てられるべき萌芽ほうがんですましている。

jは援助交際が露見ろけんし退学しており、h姉妹は気に食わん女の彼氏を寝取る事で知られていた。

吾輩は美少女な姿をアップしているだけ、こんな事にかんすると両君りょうくんよりもむしろ楽天らくてんである。

ただその日その日どうにかこうにかフォロワーが増えればよい。

いくらSNSとて、そういつまでも悪がさかえる事もあるまい。

まあ気をながばつ時節じせつを待つがよかろう。


吾輩わがままで思い出したから、ちょっと吾輩の友人のおさがこの我儘で失敗した話をしよう。

元来この男児だんじは何といって人にすぐれて出来る事もないが、何にでもよく手を出したがる。

まらん騒ぎを撮ってYutubeに投稿したり、ポエムにもならん駄文をTwitterに呟いたり、間違いだらけの洋楽を歌ったり、時によると着崩しにったり、動画編集を習ったり、またあるときはエレキギターなどをジャガシャカ鳴らしたりするが、気の毒な事には、どれもこれもものになっておらん。

そのくせやり出すと半端はんぱの癖にいやに見せたがる。

去年の文化祭でバンドを作り、メンバーの頭文字からFartと名づけて壇上だんじょうに上がっていても頓着とんちゃくせず一向いっこうに平気なもので、

おれ達4人でFartと繰返している。

吾輩はそらおならだと吹き出すくらいである。

この男児がどういう考えになったものか吾輩と知り合ってから一月ばかり後のある月の昼時ひるどきに、鞄の中から何やらごそごそ取り出し始めた。

何を持って来たのかと思うとハンドグリップにサラダチキンとシェイカーというプロテインを混ぜる入れ物で、今日からギターや編集はやめて筋トレをする決心と見えた。

果して翌日から当分の間というものは毎日毎日、昼飯時ひるめしどきに昼寝もしないでハンドグリップをにぎっている。

しかし、その体つきを眺めて見るとたいして相違そういはなく誰にも判断がつかない。

当人も以外とキツイと思ったものか。

ある日その友人で、女子高生にあるまじき頭の悪さの女に言いられている時にしものような話をしているのを聞いた。


「俺って筋肉が付きづらい体質っぽいわ、ネットとか見ると結構腹筋とかバキバキな人見るけど付きやすい体質なんだろうなぁ」


これは彼奴の述懐じゅっかいである。

なるほど。自宅でも筋トレをしているかは置いておいて通らぬ道理どうりではない。

彼の横に座る女は、脱色された毛先をさわりながら、


「えー、そんなことないって。触らせてみして?あーカターい元々筋肉ついてるんだよぉ。前カレが言ってたんだけどー、筋トレするなら二人とかでやって報告制にするといいって。彼女とかー、友達とかー、親とかー。どうするー?アタシとかなら前カレもそうだったしアドバイスとかもできるかもだけど」


「へえ、前カレってサッカー部のディフェンスの奴だっけ、でもいいかもなーそれ。考えて見るわ。サンキュー」


と彼奴は無暗に声を大きく話を繰り返している。女の方からは吾輩に向けた視線が飛んできていた。


その翌日、吾輩は例のごとく昼休みに頬杖をついて心持善ここちよく昼寝をしていたら、彼奴が例になく友人達を置き去りにして吾輩の横に立って声をかけてきた。

ふとが覚めて何事なにごとかと一分いちぶばかり細目ほそめに眼をあけて見てみると、彼は余念よねんもなく昨日の話の筋トレの報告相手を探していると伝い始めている。

吾輩はこの有様ありさまを見ておぼえず失笑しっしょうするのをきんじ得なかった。

彼は彼の友に口説くどかれられたる結果として、まず手初てはじめに吾輩を口説こうとしているのである。

吾輩はすでに十分寝た。欠伸あくびがしたくてたまらない。

しかしせっかく友人が熱心にべんっているのをさえぎっては気の毒だと思って、じっと辛棒しんぼうしておった。

彼は今、吾輩の運動不足と腹筋女子の魅力で乗せようとしている。

吾輩は胸の内に自白じはくする。吾輩は女子高生として完璧かんぺきめている。

背といい髪質かみしつといい顔の造形ぞうけいといい、あえての女子高生をくらべはせぬが吾輩に決して不足ふそくなどない。ゆえにいくら弁を立てようとも、吾輩の友人の指摘してきすることに一向に興味きょうみすら、どうしても引っかからない。

第一、魅力については十二分じゅうにぶんだ。

吾輩は国民的アイドルのごとく清廉せいれん黒髪くろかみ獅子ししですら腹を出して寵愛ちょうあいうようなあいらしい眼もゆうしている。

これだけは誰が見ても疑うべからざる事実である。

しかるに友人の弁を聞くと、運動している女子は魅力的、筋肉が付けば体全体が引き締まりより魅力が増す、されとて低血圧改善にくのでは。

ただ一つの魅力におとるだけではないようである。

その上、不思議なことは腹筋女子は流行はやっているだと。

もっとも、これは寝ているところを説得したのだから無理もないが思考らしい思考さえしていないから、寝ているのか寝惚ねほうけているのか判然はんぜんしないのである。

吾輩は心中しんちゅうひそかに、いくら断れない空気で口説いてもこれではしようがないと思った。

しかしその熱心さには感服かんぷくせざるを得ない。

なるべくなら動かずにおってやりたいと思ったが、さっきから小便しょうべんもよおうしている。身内みうちの筋肉がむずむずする。

最早もはや一分いちぶ猶予ゆうよが出来ぬ仕儀しぎとなったから、やむをえず失敬しっけいして両足を前へ存分ぞんぶんにのして、首を低く押し出して あーあ とだいなる欠伸あくびをした。

さて、こうなって見るともう大人おとなしくして居ても仕方がない。

どうせ彼奴の演説は打壊ぶちこわしたのだから、ついでに花をみに行こうと思って、のそのそ席を立った。

すると昨日の女が失望と怒りをぜたような声をして、後ろの方から、


「マジ感じ悪いんですけど、空気ぐらい読めないんですかぁ」


怒鳴どなった。

この女は人をののしるときは必ず丁寧語ていねいごというのが癖である。

なぜ悪口わるぐちに丁寧語なのかは彼女の知恵ちえのため仕方がないが、今まで辛棒した人の気も知らないで、無暗に空気を読めとは失敬だと思う。

それも平生へいぜい吾輩が寝ている時に静かにでもするならこの漫罵まんばあまんじて受けるが、

こっちの安眠あんみんになる事は何一つくしてくれた事もないのに、花摘みに立ったのを空気を読めとは酷い。

元来、子女しじょというものは自己じこ力量りきりょうまんじてみんな増長ぞうちょうしている。

少しより優れたものが出て来ていじめてやらなくてはこの先どこまで増長するか分らない。


我儘わがままもこのくらいなら我慢するが吾輩はあれらの不徳ふとくについて数倍悲しむべき報道を耳にした事がある。

吾輩の学校帰りにスタバがある。

広くはないがDMでよくスタバチケットが送られてくるので心地よくコーヒーを飲む場所だ。

朝から一番に汗をかくような内容の体育のある日や、あまりにスタバチケットが貯まったおりなどは、

吾輩は一限目をすっぽかしてここへ出て浩然こうぜんの気を養うのが例である。

ある小春の穏やかな日の放課後であったが、吾輩はさくらベリーミルクラテを飲みこころよ一睡いっすいした後、小腹を埋めるために甘いものでもと、メニューに手を伸ばした。

ケーキやらドーナッツやらを一品一品を吟味ぎんみしながら、頭を悩ませていると、ソファに学生鞄がくせいかばんほうげてそれに背を預け座る小柄こがらな女子高生がイヤフォンも付けずにYoutubeを見ている。

彼女は吾輩の視線も一向心付こころづかざるごとく、また心付くも無頓着むとんちゃくなるごとく、大きな胸を突き出して悠々ゆうゆうり返って動画を見ている。

他人の隣でイヤフォンもせぬものが、かくまで平気にくつろげるるものかと、吾輩はひそかかにその大胆だいたんなる度胸どきょうおどろかざるを得なかった。彼女は純粋じゅんすい糞餓鬼くそがきである。


わずかにのぞ谷間たにまは、暗めの店内の暖色ランプにめ上げられて、しろじろした肌に洋菓子ようがしのような蠱惑的こわくてきいろせて蜂蜜はちみつでもにじみ出るように思われた。

彼女はビッチの中のビッチとも云うべきほどの下劣げれつなる巨乳きょにゅうゆうしている。

吾輩の倍はたしかにある。吾輩は嘆賞たんしょうの念と、好奇こうきの心に前後を忘れて彼女の横で余念よねんもなくメニュー越しに眺めていると、

バイブレーション機能が、机の上に置かれていたスマホをらしふるえてぶんぶんと二三回音をたてて通知を告げた。

彼女はじろっとその真丸まんまるの眼を向けた。

今でも記憶している。その眼は最近流行りの病みメイクというもので泣きらしたかのような薄桃うすももかこわれていた。

彼女は身動みじろぎもしない。双眸そうぼうおくからうろのごとき黒を吾輩の美麗びれいなる顔の上にあつめて、ウソ本物?マジでびっくりー写真いいですかぁ?と云った。

糞餓鬼にしては少々言葉がマシだと思ったが何しろその声の底にクラスの凡夫ぼんぷにはない畏敬いけいの念がこもっているので吾輩は少なからず評価を上げた。

しかし無視をすると剣呑けんのんだと思ったから「吾輩は女子高生である。写真は嫌だ」となるべく話が広がらぬように憮然ぶぜんと答えた。

しかもこの時、吾輩の胃袋はもうれつに平時へいじよりも甘味を求めておった。彼女は物怖じせぬ調子で、


「ええー?いーじゃないですか。インスタフォローしてるんですよー」

随分ずいぶん傍若無人ぼうじゃくぶじんである。


「吾輩はここで甘味を食うのだ」

「えー!じゃあ一緒の頼みましょーよ。あ、すいませーん」


と糞餓鬼だけに勝手かってに注文をする。

言葉付ことばづきから察するとどうも良家りょうけの女子高生とも思われない。

しかしそのブランド物で着飾きかざっているところを見ると金に余裕はあるらしい、豊かに暮しているらしい。

吾輩は「そう云う君は一体誰だい」と聞かざるを得なかった。

「アタシはK高校のKでーす。kって呼んで下さいねー」昂然こうぜんたるものだ。

K高校はこの近辺きんぺんで知らぬ者なき底辺ていへん校である。

しかしK高校だけに頭どころかまたゆるいと援助交際の噂が多い。

JKビジネスの食い物のまとになっている所だ。

吾輩は彼女の自己紹介を聞いて少々尻こそばゆき感じを起すと同時に、一方では少々軽侮けいぶの念も生じたのである。

吾輩はまず彼女がどのような女子高生であるかを試してみようと思っての問答をして見た。


「支払いはどっちがするのだろうか」


「アタシが奢りますよ。こう見えてアタシ、結構持ってるんで」


「君は金だけでなく小物も含めて持っているようだ。そのピアスなぞ福沢殿ふくざわどの10人と見えるね」


「あ、わかりますー?この前イタリアン食べた後に買って貰ってー。逆にセンパイなんかはアクセとかつけないんですか。このピアスとかセンパイがつけたら、バズり待ったなしみたいな」


ってそう願うことにしよう。しかしうちは小遣いは一月ひとつき3000円で過ごす事になっている」


「えーありえなくないですかー。ちょっとご飯一緒すれば5000は貰えますよ」


彼女は大いに魔訶不思議まかふしぎに思った様子で、言葉を続けようとしたがさくらシフォンが通されたため話も百八十度変わった。

吾輩がK高校のkと知己ちこになったのはこれからである。

その後、吾輩は度々kと邂逅かいこうする。邂逅するごとに彼女はまた別のブランド物と購入経緯を話す。

先に吾輩が耳にしたという不徳事件も実は彼女から聞いたのである。

る日、例のごとく吾輩と彼女は薄暗いスタバの中で甘味をつつきながらいろいろ雑談をしていると、彼女はいつものパパ活話をさも新しそうに繰り返したあとで、吾輩に向かって下のごとく質問した。


「センパイって今までにカレシとかできた事あります?」


外見はkよりも余程よほど優れているつもりだが、色恋いろこい友情ゆうじょうとにいたっては到底とうていkの比較ひかくにならないと覚悟していたものの、このといせっししたる時は、さすがにきまりがくはなかった。

けれども事実は事実でいつわる訳には行かないから、吾輩は「実はつくろうつくろうと思ってまだつくらない」と答えておいた。

kは彼女の胸部からどんと盛り上がった豊満ほうまんな胸をぶるぶる震わせて非常に笑った。

元来、kは自慢をするだけにどこか足りないところがあって、彼女の話を感心したように鼻をふんふん鳴らして謹聴きんちょうしていれば、はなはだぎょしやすい女子高生である。


吾輩は彼女と近付ちかづきになってからすぐにこの呼吸を飲み込んだから、この場合にもなまじい己を弁護べんごして、ますます形勢けいせいを悪くするのもである。

いっその事、彼女に自分の事ををしゃべらして御茶おちゃにごすにくはないと思案しあんを定めた。

そこでおとなしく


「君などは年の割に大人びてるから大分モテただろう」


とそそのかして見た。

果然かぜん、彼女は墻壁しょうへき欠所けっしょ吶喊とっかんして来た。


「ゼンゼンそんな事ないですよぉー。10人までは告られたの覚えてますケドー」


とは得意げなる彼女の答であった。

彼女はなおもかたりをつづけて


「大人の男の人ならお金もあるし気遣い多くていいんですけど学校の男子はマジで無理で。一度カレシ作って酷かったんですよー」


「へぇなるほど」と相槌を打つ。


kは大きな胸をゆさつかせて云う。


「去年の夏休みの時だったんですけど。その時のカレシが親いないから部屋に遊びに来てそのままセックス撮りたいって言ってドン引きしてー」


「キモい」と同調して見せる。


「カレシの顔は良かったんですけど。ゴムなしでしかもフェラとかやってとかマジありえないんでその日のうちにソッコー別れました」


「うまくやったね」と喝采してやる。


「でもその後ずーっと付きまとって来てー。最後には前に撮られた下着写真晒されて。それからずーっとクラスの男子見てると最悪ってカンジで」


彼女はここに至って、あたかもネットの海に放たれてしまったであろう写真を回収するかのように、タルトを口に搔っ込んだ。

吾輩も少々気の毒な感じがする。ちっと景気けいきを付けてやろうと思って


「しかし男児なら君にびられては百年目ひゃくねんめだろう。君はあまりにふところに入るのが名人めいじんで皆その魅力に魅せられるのだからそんなに金銭に余裕があってきゃぴきゃぴ着飾っているのだろう」


kの御機嫌ごきげんをとるためのこの質問は不思議にも反対の結果を呈出ていしゅつした。

彼女は喟然きぜんとして大息たいそくしていう。


「実際のトコそんなでもないですよ。

いくら金持ち定期ていき見つけたって――――結局そういう事やってる男にろくなのいませんよ。人のことうまく言いくるめてホテルへ行こうとするし。カラオケなんかですら胸触りたがるし、そのたびに追加でお小遣い貰ってるけど、

結局、親と同じくらいのオッサンとかそういうのは生理的にムリってわっかんないのかなーって。

めちゃ高いアクセとかプレゼントしてくれるわけでもないのに触りたいとか、勘違いキモいですよね」


流石さすが無学むがくのkも最低限の底の底の倫理感りんりかんはあると見えて、すこぶる怒った様子で紙ストローをガジガジんでいる。

吾輩は思考のレベルを下げるのに面倒めんどうになったからい加減にその場を胡魔化ごまかして家へ帰った。

この時から吾輩は決して彼氏をつくるまいと決心した。


しかし、kのパパ活の誘いに乗って御馳走ごちそうあさってあるく事もしなかった。御馳走を食うよりも寝ていた方が気楽きらくでいい。深窓しんそう美少女びしょうじょでいると内面も純真無垢じゅんしんむくはぐくまれるとみえる。

要心ようじんしないと今に神格化でもされて、祈られるかも知れない。



彼氏といえば、吾輩の学友も近頃ちかごろに至っては到底、色恋において望みのない事を悟ったものと見て、ある日のTwitter裏アカにこんな事をかきつけた。


ウチの学校はめっちゃレベルが高い。同級生の中にメッチャいい子がいるって聞いてて今年同じクラスになったけどマジでヤバいわ。


あれだけ美人だと大学生の彼氏がいるとか先輩の彼女だとか、いろいろ噂があったけどそうでもないっぽい。


ああいう子を彼女にできたら最高なんだけどなー


gみたいな奴とか、論外のは置いといても、当たって砕けろ見たいな奴も多いし。絶対フラれるのわかんねーかな。


俺でも会話すら相槌だけは返ってくるようになったのに、そこらの勘違い告白一回一回、断ってるって勘違い共は相手の迷惑考えねーのかな。


迷惑云々めいわくうんぬんはちょと首肯しゅこうしかねる。

また彼女を装飾そうしょくのように語るところは男児として呟きにすべからざる愚劣ぐれつかんがえであるが、吾輩のみてくれにおける批評眼ひひょうがんは確かなものだ。

学友はかくのごとく自知じちめいあるにもかんせず、その自惚心うぬぼれしんはなかなか抜けない。

中二日なかふつか置いて先日のTwitterにこんな事を書いている。


昨日の夜に俺がLINE送って既読付かなかったから、その辺にスマホおいて寝たら夜中に返信が返ってきて次の日遊び行く夢見たわ。


遊びに行ってめっちゃ話していい感じになって、最高だったわー。このあと告れば絶対いけるっところで、夜中3時に目が覚めてそっから数時間意味わかんなかったけど朝飯中に寝てたスタンプきてやっぱ夢だよなぁってなった。


学友は吾輩の絶世ぜっせいの女子高生パワーに頭がやられてしまったと見える。男女仲は置いておいて、これではこじらせをぎてキモい。



彼奴が吾輩とのデートを夢に見た翌日よくじつ、例の丁寧語の女子高生が久しぶりに彼奴に言い寄っていた。

彼女は隣の席の椅子に座ると「筋トレどう?」と口を切った。

彼奴は平気な顔をして


「全然一人で何とかなってるわ、報告制いいなって思ったけど俺結構ハイペースだから、他人を付き合わせるの悪いなって感じで。でもめっちゃいいアイデアだったわ」


とTwitterの本鍵垢に上げていた筋トレ報告自撮りが途絶とだえていることはおくびにも出さないで、また彼女の好感度ケアにも余念はない。

彼女は笑いながら

「えーすごー。一人でってすごくない」とすごいだけで会話をつなぐ。


「いやフツウだよフツー」と彼奴はまだ吾輩へちらりと視線を飛ばす。


「そんなことないってー、前言ってた前カレなんか、途中からテキトーにやり始めて最後は部活内の筋トレだけになったし。ちゃんと続けてるってまじやばいよ!」


大肯定だいこうていていである。

吾輩は窓辺でこの対話を聞いて彼奴の今日のTwitterに筋トレツイートが呟かれるであろうかとあらかじめ想像せざるを得なかった。

この頭の悪い女子高生はこんないい加減な事を吹き散らして、クラスカーストの上の者とつるみ自身もそうだと思うことに優悦ゆうえつを感じている女である。

彼女は現状クラスの中心である彼奴に取り入って女王様を気取きどりたいらしいく、美の女神たる吾輩をどうにかやっつけたくて下のような事をしゃべった。


「マジで頑張ってるってー、そうゆうコト一切できなさそうな子に逆に声かけてあげるのめっちゃ優しかったし。てゆうかそれ断るとかマジありえなくない?ウチの前のクラスでもああいうのいたわー、その子とかまじ空気読めなくてサイアクだったし、こっちがただ話してんのに陰口だとかイミフ事いってきてキモくてー。

イジメじゃないかって学校から聞き取りとかあって、ホント辞めた後も関わって来ないで下さいみたいな。だから去年Bクラだったのは空気読めないヤツはマジありえないって感じなんだよね。」


彼女も恋仲候補こいなかこうほの彼はいい落としどころを探した。


「そういうのはそもそも他にもなんか問題抱えるタイプなんじゃねーかな」


吾輩と彼女に敵対てきたいせぬ程度ていどの落としどころだ、流石はクラスの人気者であるワンチャン狙いの彼奴には彼女は狙い目なのだろう。

彼女も頃合ころあいいとみたようだ。


「まあ、別にイイんだけど、ウチは結構優しいからマジでヤバくならないと」


と云ってけらけら笑っている。

この女子高生は赤点は回避しているがその性質せいしつはK高のkに似たところがある。

彼奴はハンドグリップを握りながら己にはそんな考えはないと云わんばかりの目を向けてくる。彼女はその視線の間に入らなければという目付めつききで。


「でもそういう子に声かけまくるの逆効果になるかもだから、それでウチ等のせいでやめたみたいになってたし。イジメ扱いされるとかまじウザいから、てか昨日のドラマ見た?この俳優めっちゃ似てるーって画像送ったやつ。今度このドラマの映画やるから一緒にいこーよ」


「いいなそれ、何人か声かけてみるわ」


と彼奴は流れに身を任せた。しかし彼奴は吾輩にも声をかけたいようだ。



K高のkはその後、妊娠した。

彼女の金遣かねづかいは鳴りをひそめ甘味はたまに食す程度だ。

吾輩が蠱惑的と評した素肌すはだ一切いっさい露出ろしゅつもなく胸も目立たぬ服装に統一している。

ことにいちじるしく吾輩の注意をいたのは彼女の口数の消沈しょうちんとその顔色の悪くなった事である。

吾輩が例のスタバで彼女にった最後の日、どうだと云ってたずねたら


「――――――――死にたい。」といった。


数学の授業は微分と積分にさしかかり、ギリシア文字どもが破竹はちくの勢いで進撃しんげきを続けて盛者必衰じょうしゃひっすいことわりいまだ実現せず。

けた消しゴムにシャープペンシルのしんを突き刺し毬栗いがぐりを転がす。

この時分じぶんは聞こえる鳥の声もからす以外はほとんまれになって、西日にしびが窓辺に強烈に差し込み、吾輩の睡眠もうまくいかず数学も覚えてきたような気がする。


皆は毎日学校まで来る。集まると幅広はばひろに騒ぐ。

教師が来ると、蜘蛛の子を散らすように席に着く。

授業中も小声で話す。筋トレの話は聞かなくなってひさしい。

教師は感心かんしんに鐘が鳴るとえる。

居なくなると、また集まって騒ぎ立て、時々吾輩に騒ぎがする。

吾輩はパパ活もしないから別段べつだん羽振はぶりもよくもないが、

まずまずの小遣いで甘味をははにもならずにその日その日をらしている。


彼氏は決してつくらない。gはいまだに嫌いである。

フォロワーは伸びなやみ始めているが、欲をいっても際限さいげんが無いから当分とうぶん美少女現役女子高校生びしょうじょげんえきじょしこうせいインスタグラマーでいるつもりだ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

吾輩は女子高生である。 namu @namu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ