隣の彼はメロンの香り

蒼(あおい)

第1話

美鈴(М):窓際の一番後ろの席。ここが、この教室での私の居場所。


美鈴(М):自分から積極的に、誰かに声をかける事もない。


美鈴(М):賑やかなこの教室を、この場所から静かに眺めるのが、私の、密かな楽しみ。


美鈴(М):・・・そして、毎日、隣から甘い香りが漂ってくる。







夏樹:「あ・・・これ、当たりの味。」







美鈴(М):隣の席の、夏樹君。いつも、ぽつりと、独り言のように、パンや、飴を食べている。


美鈴(М):・・・それも、決まって、“メロン味”。


美鈴(М):普段は、この独り言にも笑っていただけなのに、この日は思わず、私は彼に話しかけていた。











美鈴:「ふふっ・・・声、漏れてるよ?夏樹君。」


夏樹:「え・・・うそ、今・・・俺、声出てた?」


美鈴:「うん、出てた。」


夏樹:「マジか・・・。」


美鈴:「今日は、何食べてるの?」


夏樹:「フジヤマ製菓のミニメロンパン。4個入り。」


美鈴:「美味しかったんだ?」


夏樹:「うん、今まで食べてきたメロンパンの中では、ダントツだね。」


美鈴:「本当にメロン好きだよね。」


夏樹:「ん~・・・いや、そんなに好きではないよ。」


美鈴:「・・・え?毎日、色んなメロン食べてるのに?!」


夏樹:「これは、加工品のメロンだから。そういうのは、食べれる。」


夏樹:「本物の、果物のメロンは、あんまり得意じゃない。むしろ、スイカの方が好き。」


美鈴:「果物のメロンは、食べられないんだ?」


夏樹:「う~ん・・・食べられないわけじゃないんだけど。・・・小さい頃に、メロン食べた時、こめかみの辺りが、こう・・・」


夏樹:「じわじわ?してさ、その感じが嫌に印象に残ってて・・・。それから、本物は食べてないかなぁ。」


美鈴:「そうなんだ・・・。変わってるね。」


夏樹:「そう?」


美鈴:「てっきり、メロン大好きなんだと思ってたから。他にも、あるの?お気に入りのメロン味。」









夏樹(М):普段から、物静かに教室を優しい眼で見つめている彼女が、初めて、その視線を俺に向けてくれた。


夏樹(М):それは、たまたま・・・偶然なのかもしれないけれど、その日、初めて見る彼女の表情や声が、


夏樹(М):俺の中にある“何か”をくすぐった。


夏樹(М):この気持ちは・・・一体、何なのだろう・・・?











美鈴:「おはよう。夏樹君。」


夏樹:「あ・・・おはよう。」


美鈴:「今日は、何のメロン味?」


夏樹:「チロロチョコ。・・・でも、今回はハズレだな。ただ甘いだけ。・・・食べる?」


美鈴:「いいの?」


夏樹:「ハズレのメロンで良ければ。」


美鈴:「ふふっ・・・ありがとう。」


美鈴:「あむっ・・・・・・確かに、メロンは感じないね。」


夏樹:「メロンを再現するのって、結構難しいのかなぁ。」


夏樹:「メロンパンもさ、外見をメロンに見立てているのがほとんどで、メロンが入ってないんだよなぁ。」


美鈴:「あぁ~そう言われれば、そうかもね。」


夏樹:「日本の最新技術でも、メロンは難題なのかぁ~・・・。」


美鈴:「本物のメロン駄目な人が、それ言っちゃう?」


夏樹:「そこは、つっこまないでよ・・・。」


美鈴:「ふふっ、ごめん。」









夏樹(М):声をかけてくれたその日から、彼女と会話をする機会が増えた。


夏樹(М):話していると、以外と声が高いんだなぁとか、笑う時、手で口元を隠すのが癖なんだろうなぁとか、


夏樹(М):今まで見たことのない、彼女の姿を垣間見ることができた。


夏樹(М):いつしか、彼女とこうして話すことが、少し楽しみになっている自分がいた。









夏樹:「花園さんは・・・好きなものってないの?」


美鈴:「えっ?私?」


夏樹:「うん。・・・聞いてみたいなぁと思って。」


美鈴:「うーん・・・・・・お団子かなぁ?」


夏樹:「お団子?なんか意外だな。」


美鈴:「みたらしとか、ゴマとかも好きなんだけど、一番好きなのは、三色団子かなぁ。」


夏樹:「花見でよく食べるイメージのやつだ。」


美鈴:「そう!それ!・・・実は、あの三色に意味があるって、知ってる?」


夏樹:「えっ?!あの色に意味があるの?」


美鈴:「季節を意味してるんだって。」


夏樹:「季節・・・ピンクは春で、白は冬・・・緑は夏で・・・ん?秋は・・・?」


美鈴:「秋がないのと、飽きがこない様にっていうのを、掛けてるらしいよ。」


夏樹:「えっ?!まさかのダジャレ?!」


美鈴:「飽きがこないから、商売繁盛の意味も込められているんだって。面白いよね。」


夏樹:「へぇ~。うまい事考えたんだねぇ。花園さん、物知りだなぁ。」


夏樹:「今度、お団子食べる時は、季節感じながら食べようかな。」


美鈴:「・・・美鈴でいいよ?」


夏樹:「えっ?」


美鈴:「名前・・・花園って、なんか言いづらくない?」


夏樹:「そう、かなぁ・・・?そんな事はないと思うけど・・・。」


美鈴:「私も、夏樹君の事、名前で呼んでるし。私の事も、名前で呼んで?」


夏樹:「えっと、じゃあ・・・・・・美鈴・・・さん?」


美鈴:「何で疑問形?」


夏樹:「あ、いや・・・まだ慣れない、というか、なんというか・・・。」


美鈴:「じゃあ、慣れるまで頑張って!」


夏樹:「えぇ?!う、うん・・・。」









美鈴(М):なんでこんな事言ったんだろう?積極的に話す性格でもなかったのに・・・。


美鈴(М):彼と話すようになってから、もっと、彼の声を聞いていたいって思うようになっちゃって。


美鈴(М):一緒にいて落ち着くというか、自然でいられるというか・・・。


美鈴(М):この頃から、彼の特別になりたいって、思うようになってしまっていた。







夏樹(М):名前で呼んで?って言われた時、正直、ドキッとした。


夏樹(М):男同士や女同士で名前を呼び合うのとは、違うんじゃないかって。


夏樹(М):友達として言った事かもしれないけれど、異性の名前を呼ぶって、とても勇気がいる。


夏樹(М):けど、それだけ・・・俺に気を許してくれているって事なのかな?











美鈴:「・・・あっ!待って!夏樹君!」


夏樹:「え・・・美鈴さん?どうしたの?」


美鈴:「あのさ、放課後って、用事あったりする?」


夏樹:「え?放課後?・・・いや、別にないけど・・・。」


美鈴:「良かったら、今日、一緒に帰らない?」


夏樹:「・・・えぇ?!い、一緒に?!」


美鈴:「だめ・・・かな?」


夏樹:「あ、いや・・・だめ、とか、じゃあ・・・ない、けど・・・。」


美鈴:「じゃあ、放課後。校門の所で待ってて。」


夏樹:「う・・・うん・・・。分かった。」





―放課後、校門前。

―美鈴が夏樹の下へ走ってくる。





美鈴:「ごめん、お待たせ。」


夏樹:「いや、大丈夫。・・・で、どうしたの?」


美鈴:「一緒に行きたい場所があるんだ。」


夏樹:「俺と・・・一緒に?」


美鈴:「そう!ほらっ行くよ!」


夏樹:「あっ!・・・ちょっと、待って・・・!」


美鈴:「ほーら!はやく、はやく!!」





―暫くして、とあるカフェに辿り着く。





夏樹:「一緒に行きたい場所って・・・ここ?」


美鈴:「そう!前に、友達と来た事があるんだけど、夏樹君も連れて行きたいなぁって思ったの。」


夏樹:「俺を?・・・何で?」


美鈴:「それは、入ってからのお楽しみ。」





―店内に入り、メニューを渡される。





夏樹:「あ・・・メロンパフェ・・・。」


美鈴:「そうなの。ここのパフェ、果物のメロン使ってはいるんだけど、そのままじゃなくて、ピューレ状にしたり、ゼリーにしてるの。」


美鈴:「これなら、夏樹君も大丈夫かなぁって思ったんだ。・・・頼んでみる?」


夏樹:「うん!食べてみたい・・・かも!」





―注文したメロンパフェが、2つテーブルへ運ばれてくる。





美鈴:「じゃあ、食べよっか。・・・いただきます!」


夏樹:「いただきます。あむっ・・・・・・。う、うまい・・・!」


美鈴:「うん!・・・おいしい!」


夏樹:「ここまでメロンを感じたのは初めてかも・・・!」


夏樹:「すごく、美味しいよ!」


美鈴:「そんなに喜んでもらえて、良かったよ。」


夏樹:「・・・でも、何で俺を誘ってくれたの?」


美鈴:「こういうオシャレな所って、一人で来るのに勇気がいるでしょ?」


美鈴:「ましてや、男子がここに一人で来るってだけでも、凄い勇気いらない?」


夏樹:「まぁ、一人ではこういう所に来ないなぁ・・・。」


美鈴:「でしょう?だから、一緒に来たかったの。このパフェを食べさせたいっていうのが、一番の目的だったんだけどね。」


夏樹:「そうなんだ・・・。ありがとう。美鈴さん。」









美鈴(М):パフェを食べさせたい・・・確かに、それもあるけれど・・・。


美鈴(М):彼と一緒に、同じものを共有したい・・・それが、私の本当の気持ち。


美鈴(М):この気持ちを知ったら、彼は、どんな表情をするのだろう・・・。







夏樹(М):彼女と一緒にいると、いつも何かにくすぐられている感覚になる。


夏樹(М):恥ずかしいけど、それが嫌とかじゃなくて。彼女の笑顔につられて、俺まで頬が緩むし。


夏樹(М):切なくないのに、心臓がチクチクと痛む時もある。


夏樹(М):彼女といられる時間が、このままずっと続けばいいのに・・・。そう思ってしまうんだ・・・。











美鈴:「夏樹君、おはよう。」


夏樹:「おはよう、美鈴さん。」


夏樹:「・・・あ、あの、さ・・・明日って、何か予定あったり・・・する?」


美鈴:「明日?・・・う~ん、特にはないかなぁ?」


夏樹:「良かったら、なんだけど・・・一緒に行きたい所があるん、だけど。・・・どう?」


美鈴:「うん、いいよ。・・・あ!もしかして、この前行ったカフェ?」


夏樹:「いや!あそこじゃ、なくて・・・別の所・・・。」


美鈴:「別の場所?・・・うん、いいよ。どこで待ち合わせする?」


夏樹:「・・・じゃあ、11時にボイコネ公園前で・・・。」


美鈴:「分かった。」





―翌日。11時、公園前。





夏樹:「お待たせ。・・・待った?」


美鈴:「ううん、さっき着いた所。それで、どこに行くの?」


夏樹:「それは、着いてからの、お楽しみ。」





―路地裏で、ひっそりと店を構える、一軒の店。

―店前に、団子の暖簾(のれん)が掛かっている。





美鈴:「ここって・・・。」


夏樹:「そう、お団子屋さん。」


美鈴:「何だかここだけ、時間がゆっくり流れてるみたい。・・・不思議な感じ。」


夏樹:「たまたま、この辺り歩いてて見つけたんだ。俺も初めて入る場所なんだけど。」


夏樹:「美鈴さん、お団子好きって言ってたし、どうかな?・・・って。」


美鈴:「こういう雰囲気も好きかも。」


夏樹:「良かった。・・・とりあえず・・・中、入ろうか。」





―店内に入り、メニューを見る。





美鈴:「わぁ~。こんなに種類があるんだぁ。悩むなぁ~。」


夏樹:「もし、決められないなら、いくつか頼んで、二人で分ける?」


夏樹:「そうすれば、色んな種類食べられるんじゃない?」


美鈴:「それいいね!そうしようかな。」


美鈴:「じゃあ、これと・・・これと、あっ!この期間限定のもいいなぁ。」


夏樹:「二人で分けるけど、ちゃんと食べきれる量を頼んでね?」


美鈴:「ふふっ・・・そこまで食いしん坊じゃないよ。」


夏樹:「はははっ」





―注文した団子を二人で食べる。

―ゆったりとした時間が流れていく・・・。





美鈴:「はぁ~美味しかったぁ。」


夏樹:「どうだった?」


美鈴:「凄く素敵な所だった!穴場って感じだし、また来たい!」


夏樹:「良かった。気に入ってもらえて。」


美鈴:「今日は誘ってくれて、ありがとうね。」


夏樹:「こちらこそ、楽しい時間だった。ありがとう。」


夏樹:「・・・じゃあ、また・・・学校で。」


美鈴:「あ・・・うん、それじゃあね!・・・バイバイ!」


夏樹:「うん・・・バイバイ・・・。」









夏樹(М):たまたま見つけた・・・なんて、嘘だよ。


夏樹(М):本当は、彼女の為にこっそり調べてたんだ。彼女の喜ぶ顔が見たくて・・・。


夏樹(М):本当の事を話したら、彼女は、どんな表情をするんだろうね?


夏樹(М):あぁ~・・・どうして、楽しい時間って、あっという間に過ぎていくんだろう。


夏樹(М):別れ際の俺、どんな顔してたかな・・・。ちゃんと、笑えてたかな・・・。







美鈴(М):彼に誘われた時は、ドキッとしたし、凄く嬉しかった。


美鈴(М):日を重ねるごとに、彼への好きの気持ちが、積み重なっていく・・・。


美鈴(М):気持ちが今にも溢れ出しそうで、彼に気づかれてしまわないかと、不安になるほどに。


美鈴(М):私の気持ちを彼にぶつけて、もし、今の関係性が崩れてしまうのなら・・・。


美鈴(М):いっそ、この気持ちは、心の奥に閉まっておいた方がいいのかな・・・?











―ある日の、学校。

―放課後。





夏樹:「・・・あっ!良かった・・・まだ帰ってなかった。」


美鈴:「夏樹君?どうしたの?」


夏樹:「えっと、話したいことがあるんだ・・・。時間とか、平気?」


美鈴:「うん、大丈夫だよ。」


夏樹:「話は・・・帰りながら、話すから・・・。」


美鈴:「うん・・・分かった。」









美鈴(М):話があるって言っていたけど、帰り道、彼は一向に話し出そうとはしない。


美鈴(М):ただただ、沈黙が続き・・・公園で、彼は足を止めた。


美鈴(М):ベンチに二人腰かけ、ようやく、彼の口元が動いた・・・。







夏樹:「最初はさ、くすぐったかったんだ・・・。」


美鈴:「うん・・・。」


夏樹:「今まで、こんな事感じたことなかったし、俺がおかしいのかなぁとか、思ったりしてさ。」


夏樹:「一緒にいると、そのくすぐったいのが、いつもあって、でも、それが嫌とかじゃなくて・・・。」


夏樹:「むしろ、心地がいいっていうか、落ち着くっていうか・・・。」


美鈴:「うん・・・。」


夏樹:「たまに、心臓がぎゅーって痛くなったり、切ない気持ちになったり・・・。」


夏樹:「と、とにかく!・・・初めてで、その・・・。」


美鈴:「・・・つまり、どういう事?」


夏樹:「俺・・・・・・美鈴さんの事が、す・・・好きなんだ・・・。」


美鈴:「・・・えっ?!」







美鈴(М):い、今・・・私の事、好きって・・・言った?・・・えっ?!







夏樹:「美鈴さんは・・・俺の事、どう・・・思ってる?」


美鈴:「えっ?!あ、えっと・・・あの、その・・・。」


夏樹:「あ、ごめん・・・。こんな事聞いても、美鈴さんが困るよね・・・。」


美鈴:「・・・わ、私も!・・・好き、だよ。・・・夏樹君の事。」


夏樹:「・・・えっ?!ほ・・・本当?!」


美鈴:「うん。・・・夏樹君の事、好きだよ。」


夏樹:「・・・!そ、そっかぁ・・・ふふっ。」


夏樹:「すごい・・・嬉しい!」


美鈴:「私も、嬉しい。今、すごいドキドキしてる。」


夏樹:「ねぇ・・・・・・キス、しても・・・いい?」


美鈴:「うん。・・・なんか、恥ずかしいけど・・・。」







夏樹(М):そういって、俺と彼女は、そっと・・・唇を重ねた。







美鈴(М):初めてのキスの味は・・・・・・甘い、メロンの味がした。









― fin. ―



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