夏休みの課題デート

第25話 偽物

『未来の家ってどこ?』

『公園で待ち合わせしよう。連れていくよ』

『了解』


 私は朝ごはんを食べ終わってから、リビングで未来とメッセージを送りあっていた。お母さんが不服そうに私をみている。


「また遊びに行くの?」

「違うよ。今日は勉強しに行くんだ。友達の家に」

「ふーん? 実は彼氏だったりしない?」


 お母さんはニヤニヤと私をみつめてきた。あたっていると言えばあたっているけれど、わざわざ真実を明かす必要もないと思う。偏見は少なくなってきたけれど、やっぱり驚かせてしまうと思うから。


「友達だよ。女の子」

「ふーん。あなたの見た目ならモテそうではあるけどねぇ」

「この見た目に産んでくれたことは感謝してるよ」

「私に似て美人だもんね」


 まったくどうして私の周りには、自分の容姿に絶対の自信をもって疑わない人が集まっているのだろう。未来然りお母さん然り。類は友を呼ぶ的なあれだろうか。私も自分の容姿には自信あるし。


 肩をすくめながら頷いていると、お母さんは「私が若いころは……」なんて遠い目をしながら語り始めた。私は慌てて身振り手振りで会話をキャンセルして、玄関に向かう。


「帰ってきたら聞いてあげるから」

「約束よ?」


 お母さんに見送られながら外に出ると、日差しの眩しい夏日だった。一気に汗が噴き出してくる。私はうんざりした気分で、待ち合わせの公園に向かった。木陰でしばらく待っていると、可愛い声が聞こえてくる。


「詩子。こっちだよ。もうみんな家に来てる」


 今日も未来は黒い日傘をさしていた。私はその柄の部分に手を重ねて、二人で歩いていく。流石にもう慣れたのか、未来は平気そうにしていた。


「ねぇ未来。姫野さんと加藤さんってどんな感じの人?」

「んー。姫野は静かなタイプかな。加藤は元気」

「元気」

「うん。元気だからじめじめした感情を寄せ付けないんだよね。中学の頃、嫌がらせを受けてたときなんて救われたよ。本当に。……というか、覚えてないんだね。二人のことも」


 未来は眉をひそめてつげた。


 覚えてないも何も、会ったことがそもそもない。


「会ったことないからね」

「……そっか。私はもしかすると、想像以上にたくさんのものを君から奪ってしまったのかもね」

「奪う? よく分からないけど、会ったことあるの? 私とその二人が?」

「うん。友達だったよ。私たち四人は」


 理解できない。流石に友達を忘れるほど、薄情じゃないはずだ。でも忘れてしまっているというのが真実なら……。その瞬間、私は一つの仮定を思い浮かべる。


 いや、でもまさか。未来が私から記憶を消す理由がない。記憶を奪うほど嫌っていたというのなら、今私と付き合っているのはおかしい。そもそも前提として、未来の言葉が正しいと仮定するなら、私たちは友達だったのだ。


 なのに、記憶を奪うなんて。やっぱりこの仮定は成り立たない。未来の能力を用いれば実現可能ではあるけれど、動機がないのだ。


「……君が何を考えているか、よく分かるよ」


 未来は小さな声でつぶやいた。


「私が記憶を消す能力を用いて、君から色々な記憶を奪った可能性を考えている。けれどその仮定は成り立ちそうにない、とも思っている。でもそれは、私が善人だという前提ででしょ? 私は悪人なんだよ」

「……悪人?」


 未来が悪人? まったく想像できなくて、笑ってしまう。だって未来は私がからかうたびにそれを真正面に受けて、顔を赤らめてしまうような、そんな純粋な女の子なのだから。


「未来は誰よりも純粋だよ。悪じゃない」

「……純粋なら嫉妬なんてしないよ。人の恋路の邪魔もしない」


 未来は表情を歪めて、うつむいていた。


「私の初恋の人は君だった。でも君の初恋の人は私じゃなかった。君が好いたのは、別の女の子だったんだ。でも私はそれを受け入れられなかった。だから君から君が好いた女の子の記憶を消した」


 未来は顔をあげて、じっと私をみつめてくる。


 私が別の女の子を好いていたなんて、信じられない。けれど未来の苦しそうな表情をみるに、本当なのだろう。未来は震える声でつげた。


「その罪悪感に耐えられなくて、私は君の転校を機に大好きな君から私に関する記憶を消した。そのせいで巻き込まれるように姫野と加藤の記憶も消えたんだと思う」


 未来はもうほとんど涙を流しそうな表情だった。でも歯を食いしばって、必死でこらえている。まるで私に嫌われることを覚悟しているみたいな顔だった。


「……私は自分のために、君からたくさんのものを奪ったんだよ。今の私たちの恋は、偽物でしかないんだよ」

「それで?」

「えっ?」

「だからどうしたの?」


 私が真っすぐな視線を向けると、未来はきょとんとした表情をしていた。

 

 正直、ちょっと驚いた。私が過去に未来じゃない女の子を好きでいたなんて。でもだから何だって言うの? 私が今好きなのは未来で、未来も私が好きで。それだけでいいはずだ。


「だからどうしたのって、君は驚かないの? 私、君の記憶を消したんだよ? 自分勝手な理由で、君の恋を踏みにじったんだよ? 私は君に恨まれるべき人間なんだよ?」

「さっきから気になってたんだけど、私は「君」じゃなくて詩子だよ」

「……なんで」


 私が微笑むと、未来はなおさら辛そうな顔をした。


「なんで私を責めてくれないの?」


 私はそっと未来を抱きしめた。


「好きだから」


 そう囁いた瞬間に、未来は涙を流してしまった。嗚咽を漏らして、小さく震えている。私は優しく背中を撫でてあげた。


「パフェを食べた。花火大会でデートをした。お互いの水着を選んだ。海でエロいキスをした。それだけって思うかもしれない。でも私からするとどれもが一番大切な記憶なんだよ。私は未来が好き。それだけでいいんじゃないかな」

 

 未来のことだから、きっと私の言葉では罪悪感を消してくれない。それでも私にできるのはこれだけだ。私の心からの愛を伝えることだけだ。


「好きだよ。未来」


 笑顔でそうつげて、私はそっと未来の唇にキスをした。未来はうるんだ瞳で私をみつめたかと思うと、私の胸に顔をうずめた。

 

「偽物なのに、本当にいいの?」

「未来がいい」

「余命一年なのに、私でいいの?」

「未来がいい」

「私、誰よりも自分勝手だよ? みんなの記憶だって、消すつもりなんだよ?」

「……大好きだよ。未来」


 もしも未来が私たちの恋を「偽物」だと定義するのなら、あり得たかもしれない「本物」の恋よりもずっといいものにすればいいのだ。例え一年でも不可能なんかじゃない。私たちはきっと誰よりも幸せになれる。


 ぎゅっと強く未来を抱きしめた。

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