第15話 水着
エスカレーターで二階に上って水着売り場にたどり着く。夏なだけあって若い女の子を中心に人が多かった。未来はビキニタイプの水着を手に取りながらつげる。
「ね、詩子。お互いに着てほしい水着、別々に探そうよ。それで試着室の前で待ち合わせるの。あ、でもえっちすぎる水着とかダメだよ? 人前で詩子に襲われたら困るし」
なんて体を庇いながら、ジト目で私をみつめてくる未来。流石にその発言には納得できない。ため息をついてつげる。
「……襲うなんて発想、未来の口から聞くまで思い浮かばなかったよ。というか、人前でってことは人前じゃないなら襲ってもいいの?」
冗談で聞いたつもりだった。けれど未来は顔を赤らめたかと思うとおろおろした様子で「そ、そんなわけないでしょ!」と口を開く。かと思えば、慌てた様子で水着を探しに私の前から消えた。
やれやれとため息をつきながら、私は未来に似合いそうな水着を探した。
体育の時間とか同じ部屋で着替えてるわけだけど、どんなスタイルか厳密には知らない。どちらかといえばすらっとした感じで、胸はそんなに大きくないと思う。たぶん。
というのもまさか好きな人を凝視するわけにもいかない。好きでもない人なら平気でみることができるけれど、それが好きな人に変わったら途端に恥ずかしくなってしまうのだ。
どれが似合うのか想像しつつ、何気なく水着を手に取る。それは黒いビキニでひもで結ぶタイプのものだった。未来がこれを着ているのを想像してしまって、顔が熱を持つ。うん。これはだめだな。平常心を保てるか怪しい。
そう思って、ビキニのコーナーを出ていく。着てほしいのはビキニだけど、でも海水浴ってことは人目があるってことだし、あまり肌の露出があるのは良くない。
露出が少ないのを探していると、白いワンピースタイプの水着を見つけたから、ひとまずこれを持っていくことにする。試着室の前に向かうと、大量の水着を抱えた未来がいた。
私はジト目で未来をみつめる。
「……。それ全部私に着せるつもり?」
「うん」
「私って一応人間なんだけど。牛じゃないよ?」
「……同時に着せるわけないでしょ。ファッションショーだよ」
未来は私をみつめてニコニコしている。でも私が一つしか水着を持っていないのをみて、少し悲しそうにした。
「もしかして詩子って私にそんなに興味ない?」
私は小さく首を横に振る。
「……そんなわけない。興味はある。けど私は未来と違って、人を着せ替え人形みたいに扱わない」
「ふーん。私にはわかんないなぁ。よくお母さんに着せ替え人形にされてたし」
「とにかく、私は未来に凄く興味を持ってる。でもあんまりたくさん着せるのは良くないかなって思ったから、これを持ってきただけ」
すると未来は嬉しそうに「そっか」と笑った。でも私の手にした白いワンピース水着をみつめて、首をかしげている。
「でもなんでそれ? 私なんて詩子にビキニ着せる気満々なんだけど」
視線を向けると、確かに未来の手にしている水着はビキニばかりだった。というか、ひもみたいな変な水着があるんだけど……。
私はジト目で未来をみつめた。
「……未来は俗物だね」
「詩子は地球滅亡まであと一日になっても、いつも通り学校に行くタイプだね」
もしも仮に私が未来の立場なら、それでも特別なことはせずいつも通りに過ごしている気がする。それでちょっとだけ後悔しながら死んでいくのだろう。もう少しはめ外しても良かったかも、なんて思いながら。
「それじゃ、さっそく詩子にはこれを全部着てもらおうか」
「……でも失望とかしないでよ。私、そんなにスタイルに自信ないから」
肩をすくめていると、未来は笑った。
「詩子は健気で可愛いね。でも大丈夫。私、詩子が詩子だってだけでどんな詩子でも愛せるから。みせてよ。詩子の可愛い水着姿」
私は顔をほんのり熱くしながら、逃げるように試着室に入った。とりあえず、手渡された水着の中から、布面積が多いのを選んで身に着ける。それでも未来が選んだ水着の中にはワンピースタイプのものはなく、全てビキニだった。
着替え終わって、鏡をみつめる。やっぱり私には似合わないなと思う。未来に失望されたくないなぁ、なんて思ってしまってなかなか決心がつかない。
「詩子。まだ?」
「もう少し」
心の中の未来の割合が日に日に増しているような気がするのだ。いつだって未来のことばかり考えてしまう。
「うーたーこ。はやくはやく。みせてよ」
「……はぁ。分かった」
もしも似合わないとか言われたらどうしよう。不安に思いながらも「覗いていいよ」とささやく。するとカーテンの隙間からひょいと未来の可愛い顔が現れた。
私は体を抱くようにして、うつむく。ちらりと上目遣いでみつめると、未来はじっと食い入るように私をみつめていた。
「ちょ、ちょっと。未来?」
私が声をかけると、未来は照れくさそうに頬を赤らめて視線をそらした。
「あー。ごめん。あんまりに可愛いものだから見惚れちゃった」
その瞬間、飛び跳ねたくなるくらいの喜びが湧き上がってくる。ただ一言褒められただけでこんなに舞い上がるなんて。馬鹿みたいだって分かってるくせに止められないのだ。
でも一人悶えていると、不意に未来が口を開いた。
「……っていうか、その、エロいね」
その瞬間、顔がとても熱くなる。私はジト目で未来をみつめた。
「変態」
「だ、だって仕方ないでしょ? 詩子がエロいのが悪いよ」
「……そうやってすぐに人のせいにする。わがままだよ。未来は」
「そんなわがまま女を好きになったのは、どこの誰でしょうね?」
ニヤニヤする未来を、私は睨みつける。でも実際その通りなのだ。未来が未来だというだけで、あらゆる全てを受け入れてしまえるのだから。
「でも流石にその姿をみんなにみられるのは嫌かな……。ちょっと待ってて。別の取って来るから」
そう告げて、未来はひょいと顔を引っ込めた。しばらくすると、ワンピースタイプの黒い水着を持って戻って来る。
「はい。どうぞ。これ着てみて」
「……分かった」
着替えると肌の露出が少ないだけあって、ビキニよりは落ち着く。
「着替えたよ。未来」
そう告げるとひょこっとカーテンの隙間から未来の可愛い顔が現れる。
「おお。いいじゃん。似合ってるよ。エロくもないし、清楚って感じ」
「そりゃよかった」
「詩子はどんな感じ? それでいい?」
「未来がいいなら、私もこれでいいよ」
私が頷くと、未来は満足げに笑っていた。私が私服に着替えて出てくると、未来は私の手渡した白いワンピース水着を手にして、試着室に入った。
「着替え終わったよ」
その声に私が覗き込むと、未来は恥ずかしそうにもじもじしていた。やっぱり可愛い。可愛すぎて可愛すぎて目が離せなくなるほどだ。
「どうかな?」
「可愛いすぎる」
「そ、そっか。良かった。っていうか、可愛すぎるって……。ふふ」
とても嬉しそうに笑うものだから、私までつられて笑ってしまう。未来は弾むような声色でつげた。
「旅行でもなんでもさ、準備してる時が一番楽しいっていうけど、本当にそうなのかもね」
「本当にね。でも海水浴も楽しみだよ。未来と二人ならなんでも楽しみ」
「詩子にしては随分素直だね……。雨降りそう」
「……ひねくれ者で悪かったね」
私がジト目でみつめると、未来は遠い目をした。
「最初はもっと素直な子なのかなって思ってた。昔と違ってさ。けど今の詩子も魅力的だよ」
「昔?」
「あ、いや、なんでもないよ。詩子サイコーってこと」
私は目を見開いて、顔を引っ込める。案の定、試着室の中からからかうような声が聞こえてくる。
「あれれー? もしかして照れちゃった?」
「そんなつまらないこと言う暇があるなら、さっさと着替えて」
「はいはい」
あぁ。本当に幸せだ。幸せだからこそ、怖い。ますます気持ちが大きくなっていくのだ。未来はやがてこの世界からいなくなる。その時、私はどうするのだろう?
ひとりぼっちで生きていられるのだろうか?
「それじゃあレジに行こうか」
試着室から出てきた未来は、当たり前のように恋人つなぎをした。私たちは途中、イルカの浮きも手にして、レジでお金を払った。ぬいぐるみも合わせてかなりの大荷物になってしまった。それでも恋人つなぎはやめないのだから、お互いに大した根性だと思う。
二人で人ごみの中を歩いていると、未来が口を開いた。
「さて。そろそろお腹すいてきたしご飯行かない? そのあとゲーセンでも行こうよ。ゲーセン」
「ラーメン食べたいなぁ」
「それじゃあ私もラーメン」
そうして微笑み合いながら、私たちはフードコートに向かった。
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