逃亡の手助け

三鹿ショート

逃亡の手助け

 隣家の住人から奪った金銭や宝石を手にしながら、私は夜の街を駆けていた。

 今頃は、住人が然るべき機関に通報しているに違いない。

 言い訳をするつもりはないが、旅行で留守にすると言っていたものの、予定よりも早く戻ってこなければ、私と鉢合わせすることはなく、怪我を負うこともなかっただろう。

 突然姿を現し、大声を出されれば、驚く人間は私だけではないはずである。

 ゆえに、私は窓硝子を破壊するために使用した金槌を隣人に振るってしまったのだ。

 血液を流した相手を見て罪悪感が強まってしまい、私はその場から逃げ出してしまった。

 残った一つの部屋に高価なものがあったのではないかと考えながら走っていたが、無駄な行為だと即座に思考を停止させ、逃亡することに専念する。

 繁華街に逃げ込み、人混みに紛れ込みながら移動を続けていくと、やがて背の高い建物の間に辿り着いた。

 路地裏の奥に進み、物陰で戦利品を眺めていたところで、その扉が目に入った。

 扉の中央には、逃亡の手助けをすると書かれている。

 怪しいことこの上ないが、わずかながらの希望からか、私は扉を開き、建物の内部へと進んでいった。

 人間がすれ違うことが出来ないほどに狭い道の先には、案内所のような場所が存在していた。

 受付の人間と思しき女性は私を認めると、口元を緩めた。

「どうやら、困った事態に陥っているようですね」

「外の扉には、逃亡の手助けをすると書かれていたが、それは事実か」

 私の問いに、彼女は首肯を返した。

「勿論です。それなりの金銭は頂戴しますが」

「具体的には、どのような手助けをしてくれるのか」

 近くに置いてあった椅子に座りながら訊ねると、彼女は微笑を崩さずに、

「しばらくは此方で用意した部屋に滞在してもらいます。私以外の人間と接触することは不可能となりますが、ほとぼりが冷めた頃に、外の世界へとあなたを戻すという流れになります」

「だが、世間の関心が薄れたとしても、私が罪を犯したということに変わりはないではないか。外の世界に再び出たとき、捕まってしまう恐れもあるではないか」

「あなたが望むのならば、此方で用意した部屋で気が済むまで生活をすることも可能です。そうなれば、追加で生活費を頂戴することになりますが」

 彼女が本当に私のことを匿ってくれるのかどうかは、不明である。

 私を何処かに隠したところで、密かに通報し、逮捕の手助けをする可能性も存在するではないか。

 そのような疑念が顔に出ていたのだろう、彼女は私が歩いてきた方向を手で示すと、

「信じられないのならば、踵を返してください。あなた以外にも私を必要としている人間は多く存在しているのですから」

 突き放すような言葉をかけられ、私は悩んでしまった。

 彼女の口ぶりでは、本当に私の逃亡の手助けをしてくれるのではないか。

 己の力のみで逃亡するにも限界があるだろうと考えた結果、私は彼女を頼ることにした。

 奪った金銭の一割を渡すと、彼女は満足そうに頷いた。

 それから立ち上がると、私を案内し始める。

 しばらく歩いたところで、この建物に入ったときとは異なる扉が姿を現した。

「地下へ移動します」

 どうやら昇降機の扉だったらしく、私と彼女は中に入り、地下へと向かった。

 昇降機を出、再びしばらく歩を進めると、

「しばらくは、此方で生活してください」

 彼女が開いた扉の奥は、寝台や様々な本が詰まった本棚などが設置されている部屋だった。

 私が室内を見回していると、彼女は壁の突起物を指さし、

「何か用事がありましたら、此方で知らせてください」

 そう告げ、頭を下げると、部屋を後にした。

 何気なく寝台に横になったが、疲労が蓄積されていたらしく、いつの間にか夢の世界へと旅立っていた。


***


 どうやら、彼女は本当に、逃亡の手助けをしてくれているらしい。

 半年以上が経過したが、未だに私が捕まっていないことがその証左である。

 話し相手が彼女だけだということが唯一の不満だが、贅沢を言うことができる立場ではない。


***


「明日からは、追加で生活費を頂戴することになりますが、如何しますか」

 どうやら、この部屋での生活も長くなっているらしい。

 折角奪った金銭を失うことになってしまうことは残念だが、何もせずに生活することができるという魅力を失うこともまた、避けたかった。

 手持ちの金銭が半分ほどになってしまうが、私は彼女に金銭を渡すことにした。


***


 気が付けば、手持ちの金銭が無くなってしまった。

 彼女は即座にこの部屋から出て行くようにと告げてきたが、

「新たに金銭を用意すれば、ここでの生活を続けても良いのだろう」

 私がそう問うと、彼女は頷いた。

 私は部屋を飛び出し、昇降機に乗り込むと、外の世界を目指した。

 今度は何処で盗みを働こうかと思いながら路地裏を抜けた瞬間、私は制服姿の人間たちに捕らえられてしまった。

 地面に倒された状態で人々を見上げると、いつの間にか姿を現していた彼女に向かって、制服姿の人間が頭を下げ、感謝の言葉を吐いていた。

「あなたの手助けで逮捕することが出来た人間は、これで百人を迎えました」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

逃亡の手助け 三鹿ショート @mijikashort

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ