第33話 タイムリミット

 大広間から飛び出したメイネ。


 無数のアンデットとプテラが犇く王都。


 それでも目的のルプスはすぐに見つかった。


 白く大きな翼を広げて宙に静止していたから。


 相変わらず背から伸びた白い管で大地と繋がっている。


「ルーちゃん……!」


 無事では済まなそうな高さから飛び降りたメイネだが、手足を狼化させ軽やかに着地。


 ルプスの元へと駆け出す。


 しかし、道中には障害だらけ。


 呪文を唱えずに発動した死霊改竄チェンジ・アンデット


 メイネに敵対する異形のアンデットたちの体が杭となる。


 それは兵隊ソルジャー男爵級バロン子爵級ヴァイカウント


 多様なプテラに向かって放たれる。


 兵隊ソルジャーが体液を撒き散らし、男爵級バロンの樹木の様な体がへし折れる。


 だが子爵級ヴァイカウントは巨体に見合わぬ洗練された動きで杭を切り裂く。


 メイネはめんどくさそうに舌打ちし、子爵級ヴァイカウントに向かって跳躍する。


 握っていた結晶が砕け、入れ替わる様に二又の槍が顕現した。


 力任せに振るった槍が、子爵級ヴァイカウントの鋭い鎌の一撃とぶつかる。


 メイネと子爵級ヴァイカウントには圧倒的な体格差がある。


 しかしメイネの槍撃は、鎌ごと子爵級ヴァイカウントの腕を千切り飛ばす。


 メイネの勢いは止まらず、そのまま子爵級ヴァイカウントの首を刎ねた。


 強力な個体を倒したことにより、メイネが王都に放ったアンデットの軍勢が勢いを増す。


 雑魚をアンデットの軍勢に任せ槍撃の嵐となったメイネは、空に浮かぶルプスの下方へと駆け抜けた。


 そこで強大で異質な魂の気配を感じて急制動をかける。


 地を踏み締め片手をついて勢いを殺す。


 引き摺られるように止まったメイネの視界には三人の男女の背中。


「んあ? おおっ! この世界枝せかいしのすげーやつ!」


 黒髪で隻腕の少年が振り返って嬉しそうに叫ぶ。


「え、あの子って……」


「さっき死んでたように見えたけど、生き返ったとか?」


 桃色の髪の少女と青髪の女が、メイネを興味深く観察する。


 対してメイネは警戒を最大に高め、相手の一挙手一投足を見逃すまいと瞬きすら忘れていた。


(青は、なんか混ざってる? でもやばくはない。やばいのはピンクと片腕……特に片腕)


 魂が強大な者は見たことがある。


 アリアとイルティア、次点でシュレヴとバリヒネ。


 更にその次にサトギリ。


 桃色の髪の少女はアリアとイルティアに相当する。


 しかし、黒髪の少年は。


(怖いとか思うのいつぶりだっけ……)


 嫌な汗が頬を伝う。


 魂を知覚できるメイネには悍ましい化け物に見えた。


 悪意を凝縮して煮詰めた様な、邪悪が人の姿をとっている様な。


 強くなったメイネの本能ですらも、全力で警鐘を鳴らす。


 悪寒が質量を伴って肩に重くのしかかっている錯覚まで覚えた。


「あんたら、なに?」


 メイネが無意識に一歩後退る。


「私たちはホロウを閉じに遥々やって来た救世主ってとこね」


「うわ、胡散臭〜」


 胸を張る青髪の女を、桃色髪の少女が半眼で見る。


「ルーちゃんに何するつもり」


 メイネにとって大事なのはそこだ。


「誰だそいつ?」


「天使と接続された子のことじゃない?」


「あちゃー、そういう感じか」


 勘が鈍く馬鹿っぽい少年と、勘の良い桃色髪の少女。


 青髪の女が困った様に、額に手を当てて頭をぐりぐりと動かす。


「質問に答えて」


 メイネが催促する。


「天使は、倒すしかねーよ」


 少年が言い切る。


 それがメイネの癪に障った。


 ルプスを助ける方法がある筈だと、希望を抱いて足掻こうとしてきた。


 その全てを、関係無い人間に否定されたから。


「なんも知らないくせに、勝手なこと……」


「知ってんだよっ!」


 少年が遮る。


 先程までのおちゃらけた雰囲気は鳴りを潜めていた。


「何だって試した! けど、無理だったんだ! 早く倒さねーとこの世界枝せかいしが折れちまう!」


 打って変わった少年の必死さに、メイネが目を丸くする。


 少年から目を逸らし、少女と女に視線を向ける。


「あんたらも、考えは同じ?」


 少女と女は気まずそうに、


「……ごめん」


「ごめんなさいね」


 謝罪を口にする。


 己の無力を嘆く様に。


「俺がやるから、お前は帰ってろ」


 少年はメイネに気を遣ったのだろう。


 しかし、


「お前が帰れば」


 余計なお世話だった。


「ルーちゃんは私が何とかする」


「だからっ……」


 少年の腕を少女が掴む。


「任せてみない?」


 少年は少し間を置いて、


「……いんじゃねーの?」


 と引き下がった。


 入れ替わりで青髪の女が前に出る。


 メイネの目線に合わせる様に少し屈んで話し始める。


「一つだけ、約束してほしいの。天使を倒さないとホロウは閉ざせない。開いたままだと王級キング女王級クイーンっていう私たちじゃ倒せるかわからない個体がこの世界枝せかいしが滅ぼしにくる」


 女が淡々と事情を説明する。


 見ただけで三人組の強さを理解しているメイネにとっては恐ろしい話だった。


 しかし、この三人の話を鵜呑みにする訳にはいかない。


「だから、制限時間は公爵級デュークが現れるまで。それを越えたら私たちも全力で天使を倒しに行くから」


「……好きにしたら」


 話が真実かどうかは、公爵級デュークとやらが現れれば分かること。


「ありがと、応援してるねー」


 メイネの回答がお気に召したのか手をヒラヒラと振って離れていく。


 女が少年の肩をグイグイと押し、少女がそれについていく。


「制限時間、か……」


 もはや一刻の猶予も無い。


死霊覚醒クリエイト・アンデット飛竜ワイバーン!」


 取り出した結晶から紫黒の光が溢れ、巨大な翼を持つ竜が現れる。


 蝙蝠の様な翼膜。


 腕の外側から翼が生え、刃物の様な研ぎ澄まされた翼手と鋭利な爪は獲物を立ち所に斬り裂くだろう。


 メイネは飛竜ワイバーンに乗り、ルプス目掛けて飛び立った。

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