第32話 Und ead

(私が、殺したんだ……!)


 認めたくなくて、背き続けていた。


 両親の千切れた上半身が宙に跳ねる。


 イルティアに向かっていた力が残っていたのか、上半身がイルティアにぶつかる。


 肩から腕を回し、抱きしめるように重なった。


『大きく、なったね』


『立派になった』


 聞こえる筈の無い両親の声。


 それが現実か、イルティアの抱いた幻想か。


 分かるものはいなかった。


 イルティアの頬を伝う透き通った雫だけが、その答えなのかもしれない。


「ごめん、なさい……!」


 無理矢理吐き出した言葉。


 嗚咽を漏らすイルティアの背が摩られる。


 もうすっかり忘れてしまっていた、いつかの記憶と同じ、優しい手。


 その手が肩を押さえてイルティアを振り向かせる。


 視線の先でサトギリがアニカに迫っていた。


 そしてトンッと押し出される。


 イルティアがたたらを踏んだ。


 背の向こうでドサッと何かが床に落ちる音がした。


 振り向きたい気持ちを必死で抑える。


「ありがとう、行ってきます」


 己の過去に向き合う覚悟をしたイルティアが、アニカの元へ駆け出す。


 周囲を灼き続けていた炎が、白く白く変色していった。






「オマエは、僕をイラつかせる為に生まれてきたの……?」


 サトギリは肉体を再構築しながらアニカを睨む。


「自意識過剰なんじゃない?」


 アニカが挑発する様に鼻で笑う。


「あの死霊魔術師と随分仲がいいみたいだから、オマエの命は有効活用したいところだけど、殺したくて殺したくて、自分を止められそうにないよ」


 サトギリが狂気を向ける。


 しかし、対するアニカの視線はサトギリの後方に向けられていた。


 白く揺らめく炎を纏った銀髪の少女。


 白き炎は、アンデットも存命の騎士も狼も。


 大広間にいる全てのものを包み込んだ。


 その炎がサトギリとアニカをも覆う。


「え? 熱く、ない?」


 アニカが不思議そうに身動きをとる。


 一方で、


「あがっ、あ゛、あぁぁぁぁ!」


 サトギリが呻く。


 ただの高熱とは異なり、激痛を伴う魂の浄化。


 存在の核を徐々に削られ、肉体も溶けて消滅していく。


 この空間に存在するアンデットだけが、次々にその身を灼かれ膝を折る。


 アンデット騎士の体が焼失し、既に燃やされ続けているのはサトギリのみとなった。


「あー、もうほんと、嫌になるなぁ!」


 これまで苛立ちを表に出すことはあっても、サトギリが声を荒げたことはなかった。


 しかし、窮地に立たされ余裕が無くなったのか語気が強まる。


「ぽっと出の餓鬼共の癖にさあ! 黙って死んどけよ!」


 炎の中から怨嗟が溢れ出す。


 皮膚が焼け落ち、ローブも溶けて骸骨となったサトギリが宙に浮かぶ。


 そして横に振った手の中に骨の武器が顕現した。


 人骨を加工した鞭の様な剣。


 その刀身がサトギリの周囲を巻き付く様に漂う。


 鞭剣を振り抜いて伸ばし、イルティアに叩きつける。


「重い……!」


 イルティアが刀身の波打つ剣で弾き返す。


 だが、予想を遥かに上回る重撃で手が痺れた。


「やっぱこれならオマエらにも届くよなあ!」


 サトギリが追撃を仕掛ける。


 軌道を読みづらい鞭剣の乱打。


 イルティアは常人ならざる反応速度でその全てを捌く。


 額には汗が滲み、表情には焦りが見える。


 しかし、それはサトギリとて同じ。


 着実に白い炎で魂を擦り減らしていた。


 お互いに、タイムリミットのある膠着状態。


 痺れを切らしたイルティアが鞭剣を紙一重で躱し、距離を詰める。


「セダーの力には頼るのは癪だったけど、初めからこうしていればよかったよ!」


 鞭が撓り、先端が反転してイルティアの背を狙う。


 まるで生き物の様な複雑な軌道を描く。


「下衆の考えそうなことだ!」


 イルティアは、速度を緩めずに柄頭で鞭剣を打つ。


 その勢いを殺さずに回転し、鞭剣を斬り上げる。


「くそがッ!」


 鞭剣がサトギリの手から跳ね上がった。


 すかさずイルティアが炎を巻き上げて加速。


 サトギリの懐に飛び込んだ。


 好機。


 しかし、サトギリが不気味に口端を吊り上げる。


 ゾッと嫌な予感がイルティアを襲う。


「振り向かないで!」


 アニカの声が響き、イルティアがフッと表情を緩めた。


 サトギリの手を離れて尚もイルティアを狙って蠢いていた鞭剣。


 それを狼に乗ったアニカが兵器で殴り付ける。


 白い炎を纏った重撃が鞭剣を叩き落とす。


「クソ餓鬼ィ! ……!?」


 アニカを忌々し気に睨みつけたサトギリ。


 その体中に複数の狼が喰らいつく。


 サトギリの視界が狼に埋め尽くされた。


幽体化レイスフォーム!」


 狼の牙が空を噛み、続々と着地していく。


 晴れたサトギリの視界では、


終末審判オフルマズドっ!!」


 イルティアが両手で持った剣を逆手に構えていた。


 白炎を纏った剣がサトギリ目掛けて振り下ろされる。


 その剣は、実体が無い筈のサトギリの頭部を捉えた。


 鼻骨が砕け、剣が突き立つ。


 柄頭から白炎が噴き上がり、イルティアとサトギリが急速落下する。


 その勢いは床に衝突しても止まらない。


 床を砕き続け、王城が縦に割れた。


 サトギリが地に打ち付けられると同時に、白炎の爆発が起こり王都を白く染め上げた。


 王都中で暴れ回っていたアンデットとプテラが、白炎に灼かれ焼失していく。


 やがて白炎がイルティアの剣に収束し、そこには膝をつく満身創痍のイルティアと消えゆくサトギリの姿が。


 サトギリの手が弱々しく上へ伸ばされる。


 届かぬ何かを掴もうとする様に。


「……サ、チ……」


 サトギリの体が崩れ、消失した。


「イルティアー!」


 アニカが上階から穴を覗き込んで手を振る。


 家族と仲間を殺すことになったが、それでも守れたものもある。


 イルティアが手を振り返そうとするが、体力も精神も限界だったのだろう。


 その体がふらつき、横倒しになる。


 この世界を救った銀髪の少女が、晴れ晴れとした寝顔を晒していた。

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