第25話 混乱

 大広間の奥の扉が開いた。


「ふぅ〜死んだ死んだ」


 サトギリがメイネの死体へと無遠慮に近づく。


 メイネの頭に足を乗せた。


「どんなに強くても所詮は人だね〜。簡単に死ぬんだから」


 ぐりぐりと足に力を込める。


 反応の無いメイネの頭部がその動きに合わせて揺れた。


 一方で、メイネが入る時に壊した大扉の残骸に乗り上げる者がいた。


 踵の辺りから莫大な魔力が噴きその場から消えた。


 サトギリの顔面を機械的な籠手が掴み、


「死ねよ、クソロン毛」


 ゼロ距離で魔力の衝撃波が炸裂した。


 内部まで浸透して暴れ回る振動の波。


 サトギリの頭部が弾けて胴体ごと吹き飛んだ。


「ロトナ!?」


 アニカがメイネの死体に触れる。


 着地した足が液体を踏み、ビチャッと不快な音が鳴った。


 それが血液だと分かったアニカの顔が青褪める。


「ねぇ、死んでないわよね!? ねぇ!」


 汚れるのも気にせず膝をつき、メイネの肩を揺らすが反応は返ってこない。


「何があったのよ!?」


 遮る物の少ない広い空間に、少女の叫びが木霊する。


「私たち、まだ仲直り出来ていないじゃない!」


 洞窟を訪れたあの日、別れてそれっきりだった。


 アニカの視線がルプスへ向く。


「あの子だって、助けるんじゃないの……?」


 嘆く体が震える。


「いっつもだらけてるくせに、なんでこんな時だけ一人で飛び出しちゃうのよ!」


 伝う冷たい体温。


 やけに重く感じる体。


 過度なスキンシップを嫌がるメイネが逃げない。


 状況の全てが、メイネは確かに死んだのだと実感させてくる。


「はいはいキショいキショい、なんで凡人が混ざってるかな」


 サトギリが体を払いながら引き攣った笑顔で立ち上がる。


 次に動いたのは、イルティアだった。


「貴様ぁぁ!」


「あ、君の相手はこっちね」


 サトギリが指を鳴らすとイルティアの前に、ぞろぞろと騎士たちが現れ立ち塞がる。


「お前たち……」


 イルティアが剣を下ろした。


 彼女が騎士団に所属してから毎日顔を合わせ、苦楽を共にしてきた同僚たち。


 一人一人、顔を見るだけで思い出が浮かぶ。


「……団長」


 イルティアがかつて所属していた第七騎士団の団長。


 王都で暴れ回っているアンデットとは違い、騎士たちは口が縫い付けられていることを除いて生前の姿形そのままだ。


『お前さんも団長だろ、しかも第一騎士団のよ。もう団長って呼ぶのはやめろ。痒くなる』


『気をつけます、団長』


『あ゛〜やめろって!』


 冗談混じりに送り出してくれた記憶は、昨日のことの様に鮮明に思い出せる。


 俯き、歯を食いしばる。


「ほら、僕を殺したいならさっさとお仲間を殺しなよ。まぁもう死んでるんだけど。得意でしょ、家族殺しのイルティアちゃん?」


 サトギリは、イルティアが動かない様子を見て表情を歪ませる。


 家族殺し。


 不穏な単語を聞いたアニカも、イルティアを見つめていた。


 メイネを傷つけたことで言い合いもしたが、仲間としてなら頼もしかったイルティア。


 その背中が、今はなんだか小さく見えた。


「……サトギリ、貴様の目的はなんだ? 何故こんな真似をしてヘラヘラと嗤っていられる!?」


 怒りに身を震わせ、イルティアが吠える。


「大きい声出さないでよ、怖いなぁ」


 大げさに身を竦ませ、サトギリが続ける。


「僕の目的は平穏。その為にはまず人間を消さないと。取り分け、そこで転がってる死霊魔術師と君には消えてもらわないと困る」


 顎でメイネを示し、次にイルティアを見据える。


「原初の一片ひとひらって言うらしいよ。世界枝せかいしに一人しか生まれない、幹世界かんせかいに存在した化け物たちの先祖返り」


 聞き齧った程度の知識。


 これは木人の言葉を思い返しながら言っているに過ぎない。


「魂の格が根本的に違うとかで、普通に戦っても勝てる訳ないんだってさ」


 態とらしく溜め息を吐く。


「僕は自分より弱い奴を痛ぶるのが好きなだけで、戦うのなんて嫌いなんだ。だから死んでよ」


 抵抗する素振りを見せないイルティアに、騎士だった者たちが詰め寄る。


 アンデットの騎士たちが武器を振り上げた。


「しっかりしなさいよ!」


 慌てたアニカが飛び出し、最もイルティアの近くにいたアンデットに籠手を翳す。


 それが衝撃波を放つ寸前。


 イルティアがアニカの腕を掴んで下げさせる。


「ちょっと、何するのよ!?」


 振り返ったアニカの背後から剣が振るわれる。


 イルティアが空いている手の甲で刀身をへし折った。


「頼む、彼らを傷つけないでくれないか」


 イルティアの声が震えていた。


「もうアンデットにされてるじゃない! 貴女が出来ないなら私がーー」


「それでも!」


 迫り来るアンデットの武具を破壊し、遠ざかりながらイルティアは声を張り上げる。


「傷つけないでくれ……」


 弱々しく呟かれた。


「……分かったから、その代わりなんとかしなさいよ」


「……」


 返されるのは沈黙。


「たぶんこいつらが狙ってるのは貴女だけ。私がサトギリをるわ」


「無理は、しないでくれ」


「無理するくらいがワクワクするじゃない?」


 アニカがイルティアと離れ、サトギリを狙う。


「まぁそうなるよね、けど君の相手をするのも僕じゃない」


 サトギリの前にルプスが立ち塞がる。


 不気味な真っ白の少女。


「っ……」


(私だって、あの子は殺せないわよ……!)


 メイネの大切な人だから。


 立ち止まったアニカ。


 しかし次の瞬間、アニカとルプスの間で空間が唸りを上げる。


 ピシッと空間に亀裂が入り、力場が形成され裂け目が現れる。


 そして内側から人影が飛び出した。


 黒い髪の少年、桜色の髪の少女、青紫の髪の女。


 少年と少女は同じ白と黒の制服姿。


 燃える様な紅い瞳の少年は、だらしなく緩んだネクタイとよれよれのシャツから見るに、なんとも生活力が無さそうだ。


 そして最も特徴的なのは、右腕の袖に何も通されていないことだろう。


 垂れ下がるのが邪魔だったのか、無理矢理破いたらしく袖口の荒い半袖の様になっている。


 少女の方は制服の上着が大きく丈が長い為、短めのスカートと合わさり履いていない様に見える。


 剥き出しの素足には火傷の跡。


 また彼女の右腕は顕在だが、少年と同じ様に袖が破れていた。


 そして青紫で毛先が外側に跳ねたショートカットの女。


 肩や臍、腿の外側が露出された変わった服を着ている。


 胸元を覆うインナーに短い丈だが大きなジャケット。


 大腿部に巻かれたベルトに、安っぽい半透明な水鉄砲が取り付けられていた。


「っしゃラッキー、天使の目の前」


 片腕の少年が辺りを見回し、ルプスを見つけて視線を止める。


「ラッキーじゃない! 準備とかあんでしょ……」


 桜色の髪の少女は呆れた様に少年に半眼を向けた。


「いんじゃない? こんなこと滅多にないんだしさ。楽しくいきましょ」


 青紫の髪の女がタバコを咥え火をつけながら言う。


「てかここ城の中? 不敬罪で捕まったりしてな」


「いっかい檻にでも入れてもらったら?」


 軽口を叩く少年少女。


「ふ〜ん」


 女は煙を吐きながら辺りの様子を具に確認する。


 倒れたメイネに視線が向いた時、少しだけ止まった。


 突然の乱入者。


 必然、三人へ注目が集まっていた。


「君たちさ、誰だか知らないけど出て行ってくれるかな。今忙しいんだ」


 あまりにも予想外の事態。


 サトギリにとって、今はターニングポイントだ。


 自身より格上の存在であるメイネとイルティアを確実に殺す。


 そして崩壊するであろうこの世界から脱し、別の世界にアンデットの軍勢で攻め込む。


 こんなイレギュラーは受け入れ難い。


 何故ならばサトギリの目に映る少年の魂が、メイネやイルティアのものより異質で禍々しかったから。


「ん? マジ? じゃ行くわ! 失礼しました!」


 そう言って少年はルプスに体当たりし、壁を破ってルプスごと大広間を飛び出して行ってしまった。


「あ! 待ってっ!」


「それではみなさんごきげんよう」


 少女は慌てて、女は愉快そうにヒラヒラと手を振って出て行った。


 イルティアが騎士たちの攻撃を捌く中、アニカとサトギリはぽかんとそれを見送った。


「遺書は認めているのかしら? 下衆ロン毛」


 気を取り直したアニカがサトギリを睨む。


「代筆して欲しいのかい? 舐めんなよ、凡人」


 苛立ちを隠せないサトギリが上から睨み返した。

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