第24話 裏切り

 王城へ侵入を果たしたメイネの道を塞ぐ者はいなかった。


 不自然な程に。


 王都中にアンデットとプテラが溢れかえっているにもかかわらずだ。


 メイネが辺りを注意深く見回しながら、人気のない廊下を進む。


 そして、一際大きく豪奢な扉の前で立ち止まる。


「絶対ここじゃんね」


 ぽつり、と呟いて扉を見上げる。


回路掌握グリモアウト水竜の涙オーバーフロー


 取り出した結晶の前に現れた暗い空間に手を突き入れ、青い魔導書を取り出す。


 そして青い魔導書がパラパラと開き、輝きを放った。


 飛沫をあげて荒れ狂う水の奔流が扉を破壊する。


 大広間に傾れ込んだ水流は、その最奥に位置する玉座に迫った。


 しかし水流は真っ白な何かにぶつかると、弾けて消えた。


 水を割ってメイネの視界に映ったのは、


「ルーちゃん!?」


 幼馴染だった。


 瞳に光は宿っておらず、ただ白い何かが人間の形を取っているだけにも見える。


 以前の様に白い何かが抱きついている訳では無く、ルプスがその姿のまま白く染まってしまっていた。


 慌てて駆け寄るメイネにルプスが手を翳す。


 その手から白い粒子が放たれる。


 嫌な予感がしたメイネは即座に対応する。


死霊改竄チェンジ・アンデット!」


 メイネから現れた紫黒色の魔導書が輝く。


 手にした結晶が弾けて消える。


 するとメイネの前に骨の壁が出現した。


 そっと粒子が当たると、骨の壁に染み込んでいく。


「は?」


 メイネが間の抜けた声を出す。


 骨の壁が、劇毒に侵された様にどろりと溶けてしまったから。


 気を引き締めて迎撃体制を取ったメイネの耳にカツカツと拍手が聞こえた。


 虚な瞳の王が座する玉座の裏から手を叩きながら現れたのは、黒い長髪の男。


 顔は人間そのものだが、ローブから出た手は白骨化していた。


 穏やかな笑顔を浮かべた男が口を開く。


「随分ものにしてるみたいだね。その若さでそこまで使い熟せるなんて驚いたよ。いや、使い熟せるようになるしかない環境で育ったからかい?」


「さぁ、ジェネレーションギャップってやつ? 年寄りの言ってることはよくわかんない」


 長髪の男は顔だけで言えば二十代前半のように見える。


 しかし、実年齢は外見通りではない。


 それをメイネは感じ取っていた。


「君は口が悪いね」


「お前は性格が悪いね」


「君に何かした?」


「サトギリってお前でしょ。魂にその名前がしっくりくる」


「そうだけど」


「じゃあしまくってるよね。村を滅ぼしたのも、ルーちゃんをこんな風にしたのも、、全部お前のせい」


 メイネが指摘すると、サトギリは目を丸くする。


「……何の話?」


「どうせ語り継がれてる死霊魔術師ってお前のことじゃないの?」


 確信を持って言うメイネ。


「半分正解」


 サトギリがニヤニヤと答える。


「うざ」


「死霊魔術師の評判は僕の行動の結果が殆どだけど、君の様に生まれた死霊魔術師と僕は違う」


「……はっきり言って」


「僕はかつての死霊魔術師が作り出した擬似魂から呼び覚まされたアンデット。多少死霊魔術も使えるけど、本物には遠く及ばない。まぁそれでもこの世界では三番目に強い自信があるけど」


 メイネはアイアール大森林の深層で出会ったシュレヴの言葉を思い出す。

 

『その力はにできる。そしてその極地はだ』


 つまりサトギリは極地に至った死霊魔術によって創造された存在ということ。


「お前がやりたい放題した所為で、死霊魔術師が恨まれて私も村を追い出されたんじゃん」


 メイネがサトギリを睨む。


「それは違くない? 何百年も前の話を、自分が何かされた訳でもないのにうじうじと引き摺ってる気色悪い奴らが勝手にしてることだよ」


 サトギリが呆れたように言う。


「そもそも魔戦狼人ワーウルフが僕を憎むのはお門違いなんだよ。僕のアイデアで創ったんだからさあ」


 メイネの眉が動く。


魔戦狼人ワーウルフを創った?」


「気がつかなかったかい? 魔戦狼人ワーウルフ人馬ケンタウロスは人と獣の擬似魂を掛け合わせて創った種族だ。あんな歪な進化が自然に起こる筈がないし、そうだとしたら人間なんて下位種族として淘汰されていてもおかしくない」


 サトギリが饒舌に語る。


「あー、もういいや」


 それをメイネが遮った。


 そして続ける。


「殺すから」


 メイネが殺気を向けると、サトギリはやれやれと肩を竦めて下がる。


「僕はアンデットだからさ、どうやったって本物の死霊魔術師には勝てないんだよね。だから君の相手はそこの魔戦狼人ワーウルフにしてもらうよ。今は天使ちゃんだけど。幼馴染なんだっけ? 精々仲良くね」


 嘲るようにそう言うと振り返る。


「逃げるな!」


 踏み込んだメイネと背を向けるサトギリの間にルプスが割り込む。


 ルプスの足と床を白い何かが繋げている。


 しかしその白い何かと共に、ルプスは浮遊する様に移動している。


「ああもう!」


 苛立たしく頭を掻くメイネを他所に、サトギリは大広間の奥にある扉の先へ消えていった。


「結局ルーちゃんを助ける方法もわかんないまま、戦わなきゃいけないじゃん」


 愚痴りながら気を引き締める。


 ルプスの無機質な瞳がメイネを射抜く。


「アクセス、魔戦狼人ワーウルフ・殺害」


 抑揚の無い声音。


「絞殺」


 ルプスが呟くと、凄まじい速さで動きメイネの背後に回った。


 そして、メイネの首に手を伸ばす。


 ぞくりと嫌な気配を察知したメイネが伏せるように身を低くして避け、いつの間にか手にした二又の槍を薙ぎ払う。


 ルプスと床を繋ぐ白い何かを捉え、メイネに硬質な手応えが返ってくる。


「やっぱだめか」


 槍で白い何かを押した反動を利用して距離を取る。


「変なのに体を乗っ取られてる訳でも無いし……」


 メイネの瞳にはルプスの魂が映っている。


 何か別の存在の魂が混ざっている訳ではない。


「撲殺」


 ルプスの手に真っ白な棘の生えた棍棒が現れ、それをメイネ目掛けて振り回す。


 メイネは時に避け、時に受け流してその攻勢を往なす。


「刺殺」


 棍棒が消えたかと思うと、今度は包丁を手にして突きを放つ。


「早くなんか見つけないと……!」


 メイネが焦りを募らせる。


「射殺」


「圧殺」


 多彩な攻勢をなんとか凌ぎ続けるが、メイネの額には汗が浮かんでいる。


 少しずつだが着実に、疲労が蓄積していた。


 防勢一方。


 空中から降ってくる大質量の白い何かを弾いた時、槍の穂先が折れた。


 それを見て何かを閃いたメイネが折れた槍の穂先を、ルプスと床を繋ぐものへ押し当てる。


死霊修復リペア・アンデット!」


 紫黒の球体が槍を包み修復が始まる。


「お願い……」


 修復に巻き込まれて白い何かからルプスが離れることを祈る。


 やがて球体が消えた。


 そこにあったのは、折れた槍と変わらぬルプス。


「……これでもだめなの!?」


 やけになってメイネが何度も攻撃を打ち込む。


「アクセス、死霊修復リペア・アンデット


「原初の一片ひとひら・ハデス・死霊魔術」


「アクセス、死霊魔術師・死因・詳細」


 ルプスが淡々と呟く。


 しかしその時、ルプスの瞳が輝きを取り戻す。


 真っ白だった体が色づき、狼の耳と尻尾が生えた十四歳の可愛らしい少女の姿へと変貌を遂げる。


「メイ!? 今まで何処行ってたの!? ずっと、会いたかった……!」


 心配そうな表情を浮かべたかと思うと、次は安堵した様に瞳を潤ませるルプス。


「ルーちゃん!? 戻ったの!?」


 メイネがルプスに近寄り、その肩に手を置く。


「戻った? 何の話?」


 ルプスが首を傾げる。


「ううん、なんでもない」


 メイネも涙を浮かべて首を横に振った。


「少し痩せた?」


「背、伸びたから」


 お互いに、四年で成長した。


 同じくらいの身長だった筈なのに、メイネが少しだけ見上げていた。


「またいっぱい遊ぼうね!」


 ルプスが嬉しそうに抱きつく。


「うん……うん!」


 それを優しく受け止めて、メイネも喜びを噛み締める。


 魂も無事で、体温も感じられる。


 幼馴染の無事を何度も力を込め直して確かめた。


 そして、メイネの心臓を真っ白な刃物が貫いた。


「……っ」


 メイネが血を吐く。


 その鮮血が伝うルプスの腕は、いつの間にか白い何かへと戻っていた。


「裏切り・不意打ち」


 ルプスが感情の見えない声で呟く。


 メイネが力を振り絞ってルプスを押し、後方へ逃れた。


 刃物が抜けた胸部から夥しい量の血液が溢れる。


 メイネは聞き取れぬ程の小声で何かを呟き、膝から崩れた。

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