第4話 新たな呪文

 メイネが丸一日の眠りから目を覚まし、最初に行ったのは二体目の狩竜ラプターのアンデット化。


 更なる頼もしい仲間の増員にメイネもほくほく顔だ。


「かっこいいっ!」


 奇竜ヴェロクの時も頼もしかったが、狩竜ラプターは更に一回り大きいのもあってか仲間なら安心感がある。


 そしてメイネはそのサイズ感を見てあることを思いつく。


「この子なら乗れるかも!」


 期待に胸を膨らませて、いそいそとお座りさせた狩竜ラプターに跨る。


「歩いてみて!」


 首にしがみついたメイネに言われるがまま、狩竜ラプターは軽快な足取りで歩き出す。


「すごいすごい!」


 メイネが興奮して両手を上げる。


 支えを失った体はバランスを崩し、狩竜ラプターの背から滑り落ちた。


「あっ」


 衝撃に備えて目を瞑る。


 しかし、メイネが地面に激突することはなかった。


 放り出されたメイネの服の襟首をラプターが咥えてくれたから。


「うぷっ」


 激突することはなかったが、首が絞まりメイネの顔が青くなる。


 狩竜ラプターがそっと下ろすとメイネは蹲り、けほけほと咳き込んだ。


「み、水……」


 その水が見つからなくて困っていた筈だが。


 すると、その言葉を聞いた狩竜ラプターたちが顔を見合わせる。


 そして狩竜ラプターの一体がメイネを咥えて、もう一体の背に乗せる。


 不思議に思いながらも、くでーっとしがみつく。


「お腹も空いた……」


 メイネを乗せて狩竜ラプターはゆっくりと歩みを進めた。


 ルウムと奇竜ヴェロクもそれに続く。


 少しすると、心地良い川のせせらぎが鼓膜を揺らす。


 どうやら狩竜ラプターたちは川が何処にあるか知っていた様だ。


 川辺まで来ると、すっかり回復していたメイネが狩竜ラプターから飛び降りた。


「お股が……」


 鞍も付けていない魔物の背に乗っていたのだから当然だ。


 内股になり、ジンジンと痛む箇所を両手で押さえる。


 乙女が決して人前でしてはいけない格好だった。


「とりあえず水」


 ヨタヨタと川の手前でしゃがむと、両手で水を掬う。


 ずいっと一気に飲み干し、それを何度も何度も繰り返した。


「はあ〜」


 喉が潤っていくことでこんなにも満たされるなんて。


 水に困ったことなどなかったメイネは知らなかった。


 そして振り向くと、ルウムが食べられる木の実を集めてくれていた。


 赤や緑の果実が小さな山を作っている。


「ルウムありがとう!」


 それを見たメイネは目を輝かせ、ルウムに駆け寄って抱き付く。


 そして泥だらけの顔を擦り付けてモフッた。


 相変わらず無反応なルウムはされるがままになっている。


「汚れちゃったね」


 顔を離して笑顔を浮かべる。


 ルウムが汚れたのはメイネの所為だが。


「先にみんな体洗お!」


 命令に従いアンデットたちは川に浸かる。


 メイネも脱いだ服を洗って木の枝に掛けてから、川に飛び込んだ。


 十歳のメイネでも足がつくほどに浅く、底の石が透けて見えるほどに綺麗な川で二日に渡る家出の疲れを癒す。


「みんなありがとうね」


 タオルもないので、手で軽く擦ってアンデットたちの汚れを落とす。


 アンデットたちがいなければ、魔物蔓延る森の中で生きていられなかっただろう。


 特に、メイネは少し注意力が足りないところがある。


 本来なら気を失った時点で魔物のディナーになっていたことだろう。


 それをメイネもわかっているから、感謝を込めて体を洗った。


 傷口が開いているが出血は治っているのでさっきよりは痛々しさが薄れている。


 洗った後はルウムが集めてきてくれた食事。


 メイネは気づいていないが、量の多さからおそらく奇竜ヴェロクも運んでくれたのだろう。


 彼らの生前の知識から食べられるものを選んだようだ。


 どうやらアンデットたちに直接命令しなくとも、喉渇いたやお腹空いた、とメイネが言えば汲み取ってくれるくらいの知性はあるらしい。


「うんまー!」


 そのうちの一つ。


 真っ赤な丸い果実を一口噛んでメイネが頬を緩める。


 瑞々しく、噛めば甘い果汁が口いっぱいに広がる。


 食べていなかった分を取り戻すように、その小さなお腹に次々と果実が収まっていく。


 そうして反省も活かせず油断し切っていたからか、咎める様に野生の狩竜ラプターが襲撃してきた。


 元々この川はアンデット化した狩竜ラプターが知っていた水場だ。


 野生の狩竜ラプターたちも寄ってくるのは自明。


 気配に気づいたアンデットたちがメイネの前に立ち塞がる。


 構わず襲いかかってくる狩竜ラプターはその数五頭。


 アンデット化した狩竜ラプター二体が一頭ずつ。


 ルウムと奇竜ヴェロク一体、奇竜ヴェロク四体に分かれそれぞれ一頭ずつ食い止める。


 しかし、掻い潜った一頭がメイネに迫る。


「ふぇっ?」


 当の本人は果実を頬張り、間抜け面を晒している。


 メイネが顔を上げるとそこには飛び掛かる狩竜ラプターが。


「また!?」


 昨日襲われたし今日は襲われないだろうと、なんの根拠にもならない高を括っていたメイネが不満と悲鳴の混ざった声を上げる。


「こないでっ!」


 二度目の襲撃とあってか腰を抜かさなかったメイネは咄嗟に手を狼化させて振り払う。


 ヒュッ、と音がする程の速度で振るわれた拳。


 それが獲物を仕留めたと確信した狩竜ラプターの横面を捉える。


 狩竜ラプターは捕食対象としてしか見ていなかった幼子の小さな拳に反応すら出来なかった。


 狩竜ラプターの顔に拳が食い込み歪んでいく。


 低い衝撃音と骨が折れる鈍い音をあげて狩竜ラプターが吹き飛ぶ。


 飛ばされた先で樹木に激しく体を打ちつけ、地に落ちた。


「えっ?」


 メイネはぽかんと口が半開きのままそれを見ていた。


 驚くべき力を発揮した当の本人が一番驚いている。


 的にしていた木々にしか力を振るったことがなかった。


 だから、狩竜ラプター相手にそれを振るえばどうなるかよくわかっていなかった。


 更に言えば外見の迫力の違いもある。


 怖い狩竜ラプターをまだ子どもの自分が吹き飛ばせるなど思いもしなかった。


狩竜ラプターって、意外と弱いんだ。あの感じで」


 あまりにも見かけ倒しだったことに驚くメイネ。


 決してそんなことはないのだが。


 そして、メイネを襲った狩竜ラプターの助けを期待していた魔物たちは己の末路を悟る。


 狩竜ラプターたちは不死の魔物たちに貪られ、命が尽きていくのを感じることしかできなかった。






 それから三日川辺で過ごした。


 その間襲われることもなかった。


 狩竜ラプター七体、奇竜ヴェロク五体、影狼シャドウウルフ一体、魔戦狼人ワーウルフ一人の集団に勝算を見出せる魔物はこの付近にいなかったのだろう。


 メイネはそろそろ川の下流に向かって歩き出そうと考えていた。


 ただ心配事があった。


 アンデットたちの体がボロボロ過ぎる。


 痛みを感じてなさそうだが、見ていられない。


 それにいつか体が崩れてしまいそうだ。


 そう思って、ルウムの傷口に指先を這わせていると、魔導書がメイネの意思と関係なしに現れた。


「あれ、なんで?」


 メイネが首を傾げて頁を捲る。


 すると新たな呪文が記されていることに気づく。


「おおーっ! 新しい魔術だ! 二個目は使える人少ないのにっ!」


 一つ目を覚えたばかりなのに新たな魔術を使えるとわかって、今にも踊り出しそうな程に興奮していた。


「なになに、死霊修復リペア・アンデット?」


 読み上げると、ルウムの体を紫黒色の球体が包み込む。


 禍々しく蠢く光がルウムの体を完全に覆い隠した。


「これ大丈夫なやつ!?」


 あまりにも魔力の動きが邪悪で不安になる。


 しかし球体が消えると出てきたのは、傷跡の消えたルウム。


「ルウム! 怪我治ったの!?」


 ルウムの傷口があった箇所をペタペタと触る。


 まるで初めから怪我などしていなかったかのようだ。


「これならみんなとずっと一緒にいられる!」


 メイネは舞い上がって早速奇竜ヴェロクたちにも死霊修復リペア・アンデットをかけて、気絶した。

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