第3話 死霊魔術
メイネが目覚めた時に見たものは、倒れている五匹の魔物。
そして、お座りしてメイネが起きるのを待っていた、
身体中に裂傷があり、普通ならまともに動けないだろう。
寝ぼけ眼に映った大惨事に戸惑い、きょろきょろと挙動不審気味なメイネ。
「だ、大丈夫!?」
ルウムは平然とお座りしたまま。
見た目は酷いが命に別状はなさそうだと安堵する。
命は尽きているが。
そしてなんとかこの光景の意味を理解できたらしい。
「もしかして……助けてくれたの?」
メイネが眠って無防備な間、魔物から守ってくれていたのだろう。
返事は、返ってこない。
何も知らない者が見れば、ルウムが既に死んでいるとは思わないだろう。
だが確かに死んだ。
知らない振りをしていたい。
でも、状況がそうはさせてくれない。
こんなところで寝ていたのは、ルウムが動いていることが原因でもあるのだから。
メイネがそっと手を伸ばす。
少し躊躇いながら、それでもルウムを撫でてみた。
特に反応はない。
これでもか、とわしわし撫でてあげるが無愛想にお座りしたまま。
生きていた頃のルウムなら、目を細めて気持ちよさそうにしただろう。
お腹を見せてくれたかもしれない。
「ほんとに、死んでるんだ……」
なんの気なしに撫でただけなのに、ルウムが死んだのだと実感させられる。
けれど、手は届いた。
あの時は届かなかった手が。
今のメイネの側にはルウムだけ。
だから、例え生きていた頃とは違うのだとしても、ルウムが愛しかった。
「ありがとうね……」
いろんな感情がごちゃ混ぜになって笑っている筈なのに、メイネの世界がぼやけていく。
心が見えたとしたら、ちょうど心もそんな感じになっているかもしれない。
メイネがぐちゃぐちゃになった顔をルウムに擦り付ける。
ふさふさの毛並みがしっとりとルウムの肌に張り付いていく。
前までのルウムだったら、嫌そうにしたのだろうか。
ひとしきり泣いた後、少し落ち着いたメイネは思い出したように魔導書を出現させた。
パラパラと頁を繰ると、それを見つけた。
「
ルウムの死体の前で叫んだ時にも開かれていた頁には、呪文が記載されていた。
アンデット、即ち生命が死したままに動く不思議な存在。
恐らくはこの魔術を無意識に発動した結果が、今のルウムなのだろう。
呪文を呟いた途端、魔導書の文字が輝きを放ちメイネから魔力が流れていく。
「え……?」
そして、魔物の死体の内の一つ。
光が収まると、
ルウムの時の様に。
「読んだだけなのに……」
「ど、どうしたの」
メイネは爬虫類の様な縦長の瞳孔と、余りにも鋭い鉤爪をチラッと見てたじろぐ。
特に後肢の鉤爪の発達が異様で斬りつけられたなら、人間より頑丈な
十歳のメイネが見下ろす程度には小さいが、それでも怖いものは怖い。
おどおどとするメイネと無反応な
数瞬の間を置いて、
「もしかして、何か言って欲しいの?」
命令を待っているではないかと思い至る。
「じゃあ、お、おすわり」
試しに言ってみる。
すると
当たりだったようだ。
なんだか可愛らしくて、メイネは
「言うこと、聞いてくれるんだ……」
本当に酷い怪我だ。
寝ていたメイネには、怪我をしてからどれくらいの時間が経過したのかわからない。
だが未だに塞がることのない裂傷痕を見ていると思ってしまう。
もしかしたら、アンデットは傷が治らないのではないか。
痛みは感じていない様だが、その形を留められなくなった時どうなるのか。
嫌な想像をしてしまう。
「アンデットも動かなくなるのかな」
考えなしに村の大人でも近づかない森の深奥へと逃げてきた所為で、またいつ魔物に襲われるかわからない。
襲われた時、ルウムはまた守ってくれるだろう。
メイネだってルウムを守りたい。
ただ、深奥の凶悪な魔物はメイネ一人の力でどうにかなる程甘くない。
なら。
再び視線を
「仲間は、多い方が良いよね」
メイネが他の
そして恐る恐る魔導書の呪文を唱える。
「
先と同じ様に
何度も見れば
死体をアンデット化して使役できる魔術なのだろう。
それでもルウムを守るためにメイネが出来ることは、例え死霊魔術であったとしてもしておきたい。
子ども故でもあるのか禁忌の力の行使に躊躇しないメイネだったが、もう一度
「うぅ、気持ちわる……三回だけで魔力無くなるんだ……」
自身の魔力量が減り過ぎたことによるものだ。
今のメイネの魔力量だと、魔力を使い切って作れるアンデッドは三体。
これが多いのか少ないのかはわからない。
「ちょっと休んでまたやろ。これからよろしくね」
メイネは、アンデッドたちに挨拶するとルウムのふさふさの体に凭れて瞼を閉じた。
十分に休息をとったメイネは更に二体の
現状の戦力はメイネ、ルウムと五匹の
木々を跳び移り奇襲を仕掛けてくる非常に危険な魔物で、更には少数の群れで狩りを行うのだという。
こと人にとっては、気配を察知しやすい大型の魔物より警戒しなければならない魔物だ。
しかし今はその
これ程頼もしいものはない。
これだけの戦力があれば、危険な森でも安全に探索できるかもしれない。
そう思い、メイネは行動を始める。
「喉、渇いた」
走り続けていたのだから当然だろう。
川が見つかれば良いのだが……。
ここは勝って知らぬ森の深奥部。
土地勘などある筈もなく。
「村に帰って……」
そう考えたところで、石を投げる村人と拒絶した母の姿が脳裏を過ぎる。
少し思い出しただけでも呼吸が荒くなり、胸が締め付けられた様に苦しくて嫌な汗が出る。
その想像を振り払う様に頭を振った。
メイネにとって村はもう帰る場所ではなくなってしまったから。
「見つかりたくないから村から離れないとだし、森の深くに行くのも危ないから……」
選択したのは、森の深奥を迂回して村の反対側へ抜けること。
「たしか奥に行く程紫の花が多いって言ってから、紫の花がない方に行けばいいよね?」
メイネがフードの様な形の紫色の花を見る。
「途中で川かなんかも見つかるでしょ」
楽観的だが、今はこれくらいの気の持ち様で良いのかもしれない。
少女と小さな獣たちが共に歩む。
そして小一時間ほど歩いたところでそれは起きた。
突如木陰から二頭の魔物が飛び出した。
飛び出してきたのは
肘に生えた羽毛と、後肢の第二趾のやけに大きな鉤爪、長い尻尾が特徴的な魔物だ。
それがメイネに向けられている。
周りにいるアンデットたちには目もくれず、メイネに飛びかかった。
開かれた口から覗く、骨まで噛み砕きそうな程に強靭な牙と四肢の鋭利な鉤爪がメイネの眼前に迫る。
「わっ!?」
メイネがびっくりして腰を抜かし、尻餅をつく。
そして
目にも止まらぬ速さのルウムが、横から
速度の乗った体当たりは、
更にルウムが顎に力を加えた。
そこに
前肢の鋭い鉤爪で
鉤爪を振り回し、その度にルウムと
中には致命傷に見えるものもあり、普通ならばそれで力が緩み、拘束を抜け出すことも反撃することも叶っただろう。
しかし、相手が悪過ぎた。
ルウムも
アンデットは痛みを感じない。
どれだけ抵抗しようと、部位を欠損でもさせない限りアンデットの拘束が緩むことはない。
気配を忍ばせ
魔物たちの抵抗があることも想定していた。
しかし、そんなものは取るに足らない。
小柄な狼と
一頭なら負けも有り得るが、二頭ならまず有り得ない。
経験を基にした確かな勝算があった。
なのにこれはなんだというのか。
アンデットたちはどれだけ傷つけても、まるで痛みなど感じていないかの様に一心不乱に喰らい付いてくる。
体格で優っている筈の
実際は、アンデットたちにとってそれは主を守る為の行動でしかなく、嬲っている訳ではない。
しかし
そう見えてしまっても仕方ないないだろう。
もう一方でも同じ様に、四体の
メイネはその光景を呆然と見つめていた。
「アンデットって、こんなに強いんだ……」
だが結果は圧勝。
ルウムや
メイネはそのことを誇らしくも思うが、それと同時に情けなくもある。
「私だって、戦わなきゃいけなかったのに」
みんなにばかり戦わせて、自分はへたり込んでいただけ。
「次は私も頑張らないとっ!」
両手で頬をばちんっ、と叩き気合を入れる。
「まずはこの子たちを仲間にしよう」
そしてメイネは
かなり体の損傷が激しく、思わず顔を顰める。
特に
「つ、次からはもうちょっと綺麗に殺してね」
メイネが呆れ混じりに
相変わらず無反応だが、メイネからの言葉は理解している様なので対応してくれると思いたい。
メイネは気を取り直して魔術を唱える。
「
するとルウムや
やがて光が収まると、既に立ち上がっていた
メイネは撫でようと手を伸ばし、倒れた。
「そういえばさっき二体アンデットにしたばっかりだった……」
これで休憩してから三体目のアンデット化。
更に
「アホすぎ……」
メイネは気を失った。
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