第6話 それぞれの思惑が交い



 宵の祈りがいつも通り終わって、夜が更けていってもまだ、聖堂にサーティスはいた。

 燭台の灯りはとうに消えていたが、盲目の法王には関係のないものだった。

 法王はふと何かの気配を感じたのか顔を上げると、動かずにただ静かに告げた。


「出てこい」


 昼間の優しい雰囲気とは打って変わった口調だ。

 普段の彼を知る者がそこに居たら皆こう思うに違いない。


 似た顔の別人だ、と。


「へいへい」


 暗闇から現れた男はへらっと笑ってサーティスの前に立った。


「そんな怖い顔すんなって、…って、そっちのが素やんな?」


 独特の地方鈍りで彼は、いかにも鉄面皮といった具合のサーティスに向けて、慣れっこなのか余裕綽々に笑みを向けた。


「で、どうなんだ」

「王宮は次のコロッセオに王子様を挑戦させると内々に決めたらしいで」

「…早いな」

「せやな。まだ俺らの計画には時期が早すぎる」


 サーティスは思案するように目を伏せた。


「…王子の挑戦を阻止する事は可能か?」

「言っとくが、俺がそれに対して努力もせんと、こんな報告をしたんと思うとるんちゃうやろな」

「……違うのか?」

「……お前なあ…」


 男はがっくりと肩を落とす。


「俺かて根回しも進言もやれる事はやったって」

「…」


 それでもサーティスの表情が堅いままだった為か、男は神妙な面持ちで言った。


「宰相一派が推してんねや」


 騎士の国である西の国には年に一度、国中の猛者が集いコロシアムで試技が行われる。

 その昔、この祭典で騎士王が見事優勝し、雷鳴と共に神器の剣を抜きさった事で有名であり、騎士王の没後、聖殿の祭壇に鎮座し誰も抜けなくなった剣の挑戦権を賭けて、今も年に一度、伝統の祭典は行われている。


「頭の悪い王子を担ぎあげて国の実権を握るつもりか。だが王子が剣を抜く事は万に一つもない」

「せやな」


 青年は意味ありげな視線をサーティスに送り頷いた。


「だから、その為に大金使って王子を見事勝利させ、偽の神剣を抜かせでもするんやろ」


 王子の優勝。そして王子が剣を抜く。

 国民が最も望む形で抜かれた剣は、観衆の目には本物にしか映らないだろう。

 そんな世論への求心力が、王子に向いてしまうのは好ましくない。


「で、国王陛下はどうなん?」

「国王は、王子がコロッセオに出ることには難色を示しいる。密かに、王子が出場しないようにして欲しいと相談された」


 王子の婚約者は宰相の娘で、王子は父王より、自分の言うことをなんでも聞いてくれる宰相と仲が良い。

 そのため、王は王子の出場自体を阻止して、宰相一派の目論見を崩したいのだ。


「そんならそれに乗ってやるのがええんじゃないか?」

「そう思っている。それに国王には聖殿に対してこれまで以上に便宜を図ってもらわなくてはならない」


 国王は宰相に対抗するために聖殿勢力を味方につけようと、これまでも数々の手厚い待遇をしてくれている。

 その見返りとして、王子の出場を阻んでほしいと頼んできたのだ。

 王は息子はかわいいが、かと言って宰相の権力がこれ以上膨らむのは阻止したいらしい。 


「こちらとしても、今は王宮には立てつかず、聖殿には心の信仰をという良いバランスを保った世論を引っ張りたい。今回、王子には自ら退場してもらうしかないだろう」

「こちら側からは何ともできないんや」


 サーティスの目の前に立つ男は、決して無能ではない。彼は彼の持てる力の中で尽力した事だろう。

 それ以上に宰相の力が強いという事だ。


「…何とかしよう」

「すまんな」

「引き続き王宮の様子を探ってくれ」

「分かった」


 男は返事を返すとさっと気配を消した。

 サーティスは聖殿の天窓から見える、ぽかりと浮かんだ月明かりの中で、独り思案に暮れていた。




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