第14話 妄想

 星空のなかを鳥が飛んでいる。体調は30㎝ほどで大きな頭部と長い尾が特徴的だった。鳥は戦列艦『キースリング』の上空を旋回し、やがて弩砲どほうのある船首部分へ舞い降りる。そこにはダンテが立っており、鳥は器用に帆柱マストを避けながらダンテの腕へとまった。


 鳥の足には小さな円形の筒がとりつけてある。ダンテは筒を開けてなかから手紙を取り出した。手すりにそなえられたランプに手紙をかざしていると急に人の気配を感じた。振り向くとそこにはレインが立っている。


夜鷹よたかが飛んでいるのを見たからね。ダンテだと思ったんだ」

「さようですか。また星をご覧になっていたのですね」


 ダンテが微笑みかけるとレインは頷きながら夜鷹を見つめる。夜鷹は夜行性の鳥で飛行距離が長く、危機を回避する能力も高い。ウルドでは伝書でんしょ用の鳥として飼育し、活用していた。


「手紙はダルマハルから?」


 レインが尋ねるとダンテは首を振った。


「いいえ、南方のウルキアからです」

「ウルキア……」

「はい。南方のカリム海よりガイウス大帝率いる連合艦隊が上陸したそうでございます」


 ウルキアとはウルド砂漠の南方に位置する海辺の都市だった。ガイウス大帝は水陸両用の帝国艦隊を引きつれてウルド砂漠へ入ったということになる。レインはガイウス大帝の進軍速度を気にした。


「ダンテ、ガイウス大帝がウルディードに到着するのはいつぐらいになる?」

「はい。我々が到着してからちょうど三日後あたりになるでしょう」

「……時間がないな」

「はい。ですから、ベルには婚礼の準備を急いでもらわねばなりません」


 そう言うとダンテは手紙を筒に戻して夜鷹を放つ。夜鷹は再び『キースリング』の上空を旋回し、やがて進行方向へと飛び去った。その姿を確認するとダンテは黒髪をかき上げながらレインへ視線を向ける。


「それにしても、我が主君の護衛が見当たりませんが……」

「ジョシュならもう寝たよ」

「ジョシュらしいですね。主君を差し置いて寝るとはいい度胸です」

「本当だよ……」


 ダンテが笑うとレインも少し呆れ気味に笑う。ジョシュはソフィアと会ってから戻ると、『紋章』の経緯いきさつを話してすぐに寝てしまった。


 ソフィアはリリーの親衛隊隊長。ジョシュなりに気疲れしたのかもしれない……レインがリリー一行を思い浮かべているとダンテは船尾にある扉を見た。


「リリー殿下が『キースリング』に乗っているとはいまだに信じられません」

「僕もだよ。ウルディードを出たときには結婚するなんて思ってもみなかった」


 レインが本音を言うとダンテは少し考えてから口を開いた。


「リリー殿下は本当にお綺麗な方ですね。意思が強く、慈悲深い」

「慈悲深いかな……」

「そうですよ。ジョシュの命を救い、それに……レインと結婚してくださるのですから」

「あはは、確かにね。僕なんかと結婚してくれるんだから、慈悲深いよ」


 レインは茶化すように相槌を打つ。そんなレインを見てダンテは目を細めた。


「……好きなのですね」

「え?」


 意外だったのか、レインは思わずダンテへ視線を向ける。そして、すぐに困り顔になった。


「会ったばかりだからまだわからないけど……リリー殿下を見てると思うんだ。寂しそうだなって……」

「寂しそう……ですか?」

「うん。変かもしれないけれど、そう思うんだ。特に、後ろ姿を見てると……」


 レインは気恥ずかしそうに目を伏せる。レインの照れる仕草がダンテには新鮮だった。長い付き合いだがこんなレインは見たことがない。思わずダンテは口元に柔らかな笑みを浮かべた。


「レインは面白いですね。リリー殿下は絶世の美女。それなのに、後ろ姿に惹かれるのですか」

「わ、笑うなよ」

「申しわけありません。ですが、人を好きになるときはそんなものです。些細ささいなきっかけや雰囲気が気になり、惹かれてゆくのです」

「……ダンテは経験が豊富だからな」


 今度はレインがダンテをからかう。ダンテは「そうでしょうか」ととぼけてみせながら空を仰いだ。

 

「レイン、風が出てまいりました。そろそろ船室へお戻りください」

「わかったよ。ダンテは?」

「わたしはまだ少しやることが残っております」

「……わかった」


 レインは頷くと船首を離れてゆく。レインを見送ったダンテはおもむろに船首部分の棚へと近づいた。そこには鳥籠が設置され、なかには一羽の夜鷹がいる。ダンテは懐から手紙の入った筒を取り出すと、夜鷹の足にとり付けた。


「夜遅くにすいません。あなたも働いてくださいね」


 ダンテは小さく呼びかけながら夜鷹を放つ。そして、飛び去る姿を見つめながら物思いに沈んだ。それはリリーに随行ずいこうする『皇女親衛隊 4000騎』と『皇女近侍きんじ隊 1000人』のことだった。


 『皇女親衛隊』と『皇女近侍隊』はリリーと一緒に藩都ウルディードへ移住することになっている。しかし、生活用品を積んだ荷駄にだがあまりにも少なかった。それにも関わらず、弩砲どほうや二輪馬車といった武器や戦車せんしゃ周到しゅうとうに用意されている。


 彼らは皇女の身辺警護を任務としている。当たり前と言えば、当たり前の話かもしれないが、ダンテにはあまりにも不自然に見えた。それに……。


──普通ならば友軍を見たなら気がゆるむはず。それなのに、彼らはレインの大軍を見ても臨戦態勢を解かなかった。むしろ、殺気立っていた。あれは……。


 ダンテは暗い予想に眉をひそめた。


──戦機せんきうかがう軍隊そのもの……きっと、数日以内に……戦う相手がいるとするなら……。


 ダンテの想像は突飛とっぴで大げさなものだった。しかし、本人は最悪の事態を本気で考えている。そして、そのことを楽しんでいた。


──何が起こるかわかりませんが、もし大乱が起これば……わたしはレインさまを大将にいただいて才能を振るうことができる……。


 ダンテは帯剣たいけんつばに左手をそえると親指で何度もはじく。それは、妄想にひたりながら自己陶酔するときの癖だった。

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