贈り物

青いひつじ

プレゼント


私は自分に自信がない。


小学校のの入学式、引っ込み思案で根暗の私に友達ができるはずもなかった。


1ヶ月が経ち、みんな自分と感覚が近い人を見つけあだ名で呼び出し始めたが、私はずっと高橋さんと呼ばれていた。



ある日、女の子グループが「はるなちゃんかわい〜」と騒いでいた。

はるなちゃんとはクラスで1番可愛く、明るい人気者の子だ。

フリルのついたスカートにデニムのジャケットを着て、三つ編みの髪に宝石のようなヘアゴムをつけていた。



「でしょ〜。ママの好きなお洋服屋さんなの。三つ編みは自分でしたんだ〜、教えてあげる」



はるなちゃんの周りには、すぐにたくさんの人が集まり、私からは見えなくなった。


その日から、人に好かれるためには何かを与えなくてはいけないと考えるようになった。



私は、女の子が好きそうなラメ入りのペンを持ち歩いたり、ペンダントを作ってあげたりしてみんなの気をひいた。

そのおかげで友達ができて、はないちもんめで最後まで残ることもなくなったし、みんな私に「みっちゃん大好き」と言ってくれた。



高学年になるとそのまま性格となり、私は所謂 "いい子" になっていた。

その理由が、"友達が自分から離れていくのが怖いから"だと知ったのはもう少し大きくなってからだった。

正確に言うと、春(はる)ちゃんと出会ってからだ。



春ちゃんは小学6年生の夏に転校してきた女の子だ。

東京から引っ越してきたこともあり、転校してきた日、周りには多くの人が集まった。

みんな、春ちゃんと呼んでいた。


彼女は、自分の心に正直な子だった。

たまに正直すぎるその言葉に、人は少しずつ離れていった。

2週間後には、彼女は1人ぼっちになった。




ある日の帰り道、友達と別れていつもの道を歩く。

カンカンカンと音が鳴り響く踏切に、見覚えのある後ろ姿があった。

春ちゃんだ。

彼女は、降りていく遮断桿に向かってジリジリと近づいているように見えた。





「お家、この辺なの?」



春ちゃんが振り向いた。



「誰?」




「誰って、、同じクラスの高橋 美智(たかはし みち)だよ。お家この辺なの?一緒だね」





5分後、踏切が開き、2つの影が並んで歩く。





「なんで私に声かけたの?」




「えっ、なんでって。だって、いつも1人でいるし、寂しくないのかなって、、」




「そういうの"余計なお世話"って言うんだよ」





嫌われているのかと思った。


でも横目に映った彼女が、ほんの少しだけ笑っているように見えて、私も少し嬉しくなった。


その日から、私たちは踏切で待ち合わせして一緒に帰るようになった。




「春ちゃんは、いじめとか怖くないの?」



「気にしない。だって、私を傷つけようといじめても、本当に傷付いてるのはいじめた人だから」



彼女は、自分をよく見せたり、無理に好かれようとしなかった。

私にはないものを持っていた。

そんなふうに生きれたら、どんなに気持ちいいだろうと思った。


初めはつんけんしていたけど、その態度は彼女なりの照れ隠しだと分かり、私たちは少しずつ打ち解けていった。






桜の蕾が膨らみだした。

今日は入学式だ。


小学校からの友達、舞(まい)• 朱里(あかり)とクラス表を見に行く。



「やったー!3人同じクラスだよー!」



舞が嬉しそうに私の手を握る。

私は彼女の名前を探していた。



「村田 春」


彼女の名前は隣のクラスにあった。

春ちゃん最近喋ってないけど元気かな、そんなことを考えていた。





中学生にもなると女子特有の"面倒くささ"が顕著にあらわれてくる。




「そういやみちさぁ、隣の村田って子と仲良いの?」



私の心臓が音を立てた。


舞が、小学生の頃から彼女を嫌っていたのを知っているから。

そして、そう聞いた舞の向こう側に、彼女がいたから。



どちらが先に目を逸らしたかは分からない。




「なんで?」




違うよとは言わなかったが、そうだよとも言えなかった。



視線を戻すと、私を少しだけ真っ直ぐ見て、振り返り、行ってしまった。


その日から、私は彼女に声をかけることができなかった。



クラスも部活も違ったので、帰り道以外で私たちが出会うことはなかった。


廊下で会っても気づかないフリをした。

何度か踏切で見かけたけど、隠れるように別の道で帰った。



話さなくなって、半年ほどが経ったある日。

舞から彼女が転校することを聞いた。

そういえば、転勤族だと聞いたことがあった。



帰り道、朱里と別れ踏切までの道を行く。

2人のことが嫌いなわけじゃないけれど、1人になると少し気持ちが軽くなる。


金木犀の匂いがする。秋がすぐそこまできている。

私は目を閉じて、深く息を吸った。

どれくらいそこに立っていたか分からない。






「渡らないの?」




その声は、振り向かなくても誰か分かった。





「春ちゃん」





久しぶりに、2つの影が並んで歩く。





「聞いたよ。引っ越すって」



「うん。次に行くところは寒いとこなんだって」



「そっか。風邪ひかないようにね」



「そうだね」




空気のような言葉が飛び交う。

 



「いつ引っ越すの?」



「明日」




「明日?!何時に出るの?!」




「朝学校に挨拶に行って、昼くらいかな?」




「そっか、、。向こうでも元気でね」




「ありがと」




何も伝えられないまま、私は「じゃあ」と手を振り春ちゃんと別れた。





「ただいま」



「あら、おかえりなさい」




お母さんの顔は少し疲れているように見えた。




「お母さん、なんか元気ない?」




「あぁ、昨日の夜、同級生が亡くなったみたい。さっき連絡あって」




「友達?」



「そうね。でも高校生の時に喧嘩別れして、それっきりまともに話してなかったの。

来月の同窓会に来るって聞いてたから、その時ちゃんと謝りたいなぁなんて思ってたんだけどね」




お母さんが、小さくため息をついた。




「思い知らされた。

また今度って思ってたって、その今度が絶対に来るとは限らないのね」









彼女が飛び立つ朝。

それは、いつもと同じ朝だった。




「はい、じゃあ教科書36ページ開いて。

日直の人から順番に、ことわざと意味読んでください」



「はーい。後悔先に立たず、意味は、事が終わった後で悔いても、とりかえしがつかないという意味です」




後悔先に立たず、かぁ。




外を見ると、校門を出ていく彼女が見えた。




後悔先に立たず。




私は「先生、トイレに行ってきます!」と席を立ち、学校を飛び出した。




踏切を抜けて、駅に入り、周りを見渡す。




改札をくぐろうとする彼女がいた。




「春ちゃん!!!」



彼女は振り向き、すぐに私を見つけた。


息が切れてうまく話せない。





「私ね、


私、


本当は、


もっと、


ちゃんと仲良くなりたかった」




ひどいことをしたのは私なのに、どうして涙が出るんだろう。

どうして、ただ好きな子と友達になることがこんなにも難しんだろう。




彼女は下を向き、拳を握った。




「私と仲良くしたら、みんなからハブられるもんね。嫌われてるって知ってる」




あ、そうか。


私、怖かったんだ。



そして、




「それでも、踏切ではじめて声をかけてくれたあの日、私すごく嬉しかったよ」




その声は真っ直ぐだけど震えていた。


怖かったのは、きっと彼女も同じ。




「みっちゃんよく、自分に自信ないとか、勇気がないって言ってたけど」




2人の目が合った。




「そんなもの無くったって、私みっちゃん好きだよ」




その言葉は、両手で渡されたように私の心へ入ってきた。



彼女はその頬に輝いていた一筋の光を擦り、背を向けた。




「もう行かないと、じゃあ」




改札をくぐった背中がどんどん小さくなっていく。

心臓に足が生えたように、体が勝手に動くのが分かった。





「春ちゃん!私、言えてないことがあった!



 ありがとう!!!」




まるで、そこに2人しかいないみたいに、大きく手を振った。




「またね!!その日まで、どうか、元気で!!!」




そう言った私に、春ちゃんは驚いた顔で、それでもあの日みたいに少し笑っているように見えた。






20歳になった今も相変わらず、自信はないけれど、

でも、少しだけ顔を上げて歩けている気がする。



だって私は、彼女からとても大切な贈り物を受け取ったのだから。


















  

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贈り物 青いひつじ @zue23

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