第24話 相談ごと

「君が初めてここに来たときに、ここでのルールは説明したな」

「はい。聞きました」

「私は、ルールその二として、同じことを繰り返し話をさせるなと言った。そして、先日、君の名前を名乗る必要はない旨のことも伝えたね。それにも関わらず、再度、君の名を口にしたということは、明確にルール違反をしたという自覚はあるかい?」

 僕は唇を噛みしめる。

 無理やりに言葉を押し出した。

「いいえ。ルール違反をしたとは考えていません。あの時は、僕の名前を記憶する価値はないので名乗る必要はないとのことでした。でも、その後、円城寺さんは僕との間には名付けることは難しいが何らかの関係があると言われましたよね。親密度が増した今であれば、その相手を表す記号である名前にも、記憶するに足る価値ができたのではないでしょうか?」

 ここまで一気にしゃべると酸素を求めてあえぐ。

 円城寺さんは、僕のセリフを聞いて、左の眉を上げた。

「ふむ。実に青いセリフだな。だが、未熟とはいえ理屈は通っている。ペナルティは勘弁しようじゃないか。だが、君の願望に対する答えはノーだ。ここの生徒である以上は、なべて少年か、お嬢ちゃん、ということにしている。私にとって君たちは透明人間であることが好ましい。さて、少しおしゃべりが過ぎたようだ。今日はもう帰りたまえ」

 最後は事務的な態度になり、部屋を出るように促される。

 僕は複雑な気持ちで扉に向かった。

 部屋を出て扉を閉める寸前に円城寺さんの声が響く。

「また何か面白い謎を持ってくることを期待しているよ」

 この最後の言葉だけで僕の気分はだいぶ良くなった。

 呼び方に関しては全生徒に対する共通ルールと言われれば仕方ない。

 ベランダ男への警告も僕のためにというわけではないにせよ、きっかけではあったわけだし、結果を教えてもらえたということはそれなりに信用されている証だろう。

 ひょっとすると円城寺さんは謎を解くことそのものだけでなく、僕を相手に話をすることも楽しいのかもしれない。

 僕は何か新しい謎を探し求め始めた。

 求めよさらば与えられん。

 僕は部活後に添田さんから呼び止められる。

 声をかけてきたものの、添田さんは部活中にあったとりとめのない話をした後にようやく本題を切り出した。

「結城くんの知り合いって、どんな謎でも解けるって本当?」

「さあ、どうだろう。謎が好きなのは間違いないし、僕が持ち込んだものは見事に解決したよ」

「それって、どんな謎だったのか教えてはもらえないよね」

「それは僕がしゃべっていいことじゃないと思う」

「ごめんね。変なこと聞いちゃって。そうだよね」

 一旦、添田さんが口を閉じる。

「ということは、私が相談した内容も結城くんは誰にも話さないって信じていいかな? あ、もちろん、その名探偵さんは別にしてね」

「可能な限りはそうするつもりだけど」

「それじゃあ、聞いてくれる?」

 添田さんが困っているということを話してくれた。

 家ではゆっくりと勉強できないので、添田さんは早めに来て自習室でノートパソコンを使って課題をしているらしい。しかし、しょっちゅうネットワーク障害が起きてデータを保管できないのだそうだ。

 僕らの借りたノートパソコンは基本的にパソコン上にデータを保管させないシンクライアント端末なので、通信ができなくなるとそれまでの作業が無駄になる。

「それでね、事務の人に相談してみたのだけど、原因が分からないんだって。確かにその朝の時間に通信障害は起きているの。でも、日中は発生しないし、特に機械も故障してないそうで、どうしようもないんだって」

「それは困るね」

 添田さんは弱々しい笑みを浮かべた。

「データが保存できないのも困るんだけど、なんか私が呪われていて障害が発生しているんじゃないかって話になっちゃって。自習室に行きづらいんだ」

 あー、そういうことか。

 言い出した方はその場のノリで言っただけなんだけど、伝わるうちに尾ひれが

つくやつだ。

 即座に冗談として流せればいいけど、添田さんはあまりそういうのは得意そうじゃない。かくいう僕も当意即妙に返せるかといえば無理だ。

「誰かに来るな、とか言われているの?」

「そんなことはないけど、やっぱりね……」

「そうか。じゃあ、いくつか質問していい?」

「どうぞ」

「つないでいるパソコンって、借りたときのまま使ってる? そうだな、何かソフト入れるとか、設定変えたりとかはしてないかな?」

「うん、私そういうのはよく分からなくて……」

「じゃあ、明日自習室に僕も行くよ。いつも行く時間は?」

 添田さんが答える。

「でも、そこまでしてもらうのは悪い気が……」

「僕もきちんと状況を把握しないと相談しづらいから。それじゃ、また明日」

 添田さんはペコリと頭を前に傾けた。

「結城くん、ありがとう。じゃあよろしくね」

 

 翌日、朝早く家を出て登校する。ここ数日同様に季節を一カ月以上先取りしたような陽気だった。

 遅れないように早足で歩くと少し汗ばむ。

 自習室は旧館の一階にあった。僕が円城寺さんに会いに行くときは中央にある正面玄関から入るが、自習室は運動棟よりの通用口が近い。

 中に入ると昔の職員室をそのまま使っているような造りになっていることに気づいた。

 古めかしいが、空調が入っている。これはありがたい。

 見回すと部屋の中には、早朝だというのに数名の姿がある。

約束より僅かに早かったので、まだ添田さんの姿は無かった。

 適用な机に座る。机もよくある学習机ではなく、ちょっと古めのスチール製の事務机だった。

 向かいと両わきに間仕切りがあり、周囲を気にしなくていいようになっている。

 机の上には青いケーブルがとぐろを巻いていた。ふうん、ここは有線接続なのか。

 思い込みで無線だと思っていたので、何かWi-Fiに干渉するものを持ち込んで居るという仮説の一つが崩れた。

 扉が開いて添田さんが入ってくる。

「待たせちゃった? ごめんね」

 立ち上がって出迎えた。

「大丈夫、部屋の様子も確認したかったから」

 そうささやき返す僕にいくつかの視線が刺さる。

 正確には隣にいる添田さんと僕とを密かに値踏みしているようだ。

 いたたまれなさそうな表情をする添田さんに隣の席に座るように促す。

 今までと同じようにノートパソコンを使用するようにお願いした。 

 添田さんはノートパソコンを取り出しケーブルを繋ぐ。蓋を開けて本体スイッチを押した。 

 ロゴが表示されて起動している間にプラスチック製の水筒を取り出して、向かって右横に置く。

 そんな様子を観察していると、添田さんはなにかモジモジとしている。

 そうだよな。このアウェイ感だとやりづらいよな、と思いながら見回すと目隠しに隠れて周囲の視線は遮られていた。

 画面が切り替わるのを待つ添田さん同様にモニターを注視する。

 ログイン画面に切り替わったので、ID等を見ないように目を逸らした。

 キータッチが終わった気配が終わったので視線を戻す。

 添田さんが僕の方をチラリと見るので、いつも通りに過ごすようにお願いした。

 理科のレポートらしきものを作成し始める。

 僕はぼんやりとその様子を見ていた。

 何か異常が発生するのを待つ無為な時間が過ぎていく。

 添田さんが水筒からお茶か何かを飲んだ。鞄から小さなペットボトルを取り出すと僕に勧めてくる。

 まだ冷たい微糖のカフェオレをありがたくいただきながら変化を待った。

 添田さんが画面の右下の時計を確認して呟く。

「あれ? 今日はエラーが出ない」

 僕は了解を得て椅子を寄せ、パソコンの中身を覗かせてもらった。

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