第14話 恋のエキスパート
秋山の問いは今まで考えてもみなかったことを僕に突きつける。
僕に彼女という存在ができるとして、そのきっかけは僕が告白されるという想定だった。
別に僕が女子から見て好ましいと自負していて、放っておいても向こうからやってきてくれると考えていたわけではない。
単に、僕が告白するということに思い至らなかったというだけだ。
だが、冷静になって考えれば僕から行動に移さなくては結果が出るはずもない。
ぼうっとしていても彼女ができるなんていうのはイケメンだけの特権だ。
でもなあ、まったく想像もしていなかっただけに困惑が大きい。
「お兄ちゃん、また険しい顔をしているよ。どうしたの?」
瑛次が僕の顔色をうかがっていた。この表情は心配しているというよりも……。
「恋の悩み?」
いい笑みを浮かべている。ほらね、予想が当たった。
あ、でも、いい機会かもしれない。
僕はこういう面で瑛次と張り合うつもりはなかったし、既に全面的に負けを認めていた。
「瑛次、お前、クラスメートから告られたりするよな」
これは単なる事実の確認。
「お前の方から行くこととかあるのか?」
「んー、ない」
「そっか。まあ、そうだよな」
「声かけてくる子は顔目的だしさ、あんまり興味ないというのもあるけど……」
珍しく瑛次が言い澱む。
顔目的とか言えちゃうのは羨ましいな。
こうやって口ごもっているんだから、それどころじゃないか。
「なにか嫌なことでもあるのか?」
「僕と付き合うと迷惑かけそうで」
整った顔が少しだけ曇った。アンニュイな感じがして、これはもう情緒を乱す装置なんじゃないかと思う。
「これ以上聞かない方がいいか? 僕にできることは限られてるし。でも、聞くだけでよければ聞くよ」
「僕って女の子っぽいところがあるでしょ。小柄だし。それでねえ、トランス女って呼ぶやつがいるんだ。さっさと性適合手術受けろって騒いでる」
「それ、完全にアウトなやつじゃねえか」
「でね、僕は男だと抗議すると、そういう人に見られるのを嫌がるってことは馬鹿にしているからだと、今度は僕を差別主義者呼びするんだよ」
「ひどいな。話がおかしいことになってないか」
「そうだよね。ネットで聞きかじったことを叫んでいる猿だと思ってる」
猿呼ばわりか。この調子だとそれほど心配しなくてもいいのかな?
「瑛次、大丈夫なのか?」
「正直うっとうしいとは思ってるよ。いちいち反応しないようにしてる」
「担任は?」
「たぶん知らない。知っても何もできなそう。僕のクラスの担任は若くて頼りなさそうだから。でも、兄ちゃんも知ってる原田先生は信頼できるかも」
「で、このまま、耐えるのか? 僕から原田先生に連絡してもいいけど」
「そこまでしなくて平気だよ。アホの相手を真剣にしてもつまらないから。今はまだふざけているレベルだし。僕の手に負えなくなりそうだったら僕が原田先生に相談するよ」
「いや、こんな話を聞いて何もできないのが歯がゆいよ」
「あいつら、ノリがまだ小学生なんだよね。頭悪いから、いずれ一線を越えて、そのときに怒られると思う。それに僕は孤立してるわけじゃないから。心配してくれている子もいるし」
「子ってことは女子か?」
「うん、そうだね。休み時間とかはだいたい女子と話してる。だから、格ゲーの話とかできないんだよ」
ん? なんか風向きが変わったぞ。僕はひょっとすると相談の形を借りた自慢話を聞かされているんじゃ?
「本当に大丈夫なんだな?」
「うん。どちらかというと、兄ちゃんの恋愛のほうが気になる」
にまぁと笑う。ああ、これは作り笑いじゃない。
「そういうところが、お前の言う猿たちの癇に障るんじゃないか」
「それどういう意味?」
「ああ、ムカつくって感じ」
「なるほど。まあ、そうかもね。でもさ、僕の顔がいいだけで、体も小さいし、足も速くない。兄ちゃんみたいに勉強もできないし、ゲームだって下手だよ」
「お前、絶対に外で自分の顔がいいなんて言うなよ。お前が思っている以上に、イケメンってことは他人を刺激するんだから」
「さすがに僕だって、それぐらいは分かってるよ」
とか言いながら、唇を尖らせる姿が小憎らしい。うちのクラスの女子が見たら、黄色い声をあげること間違いない。
確かに個性の一つではあるのだけど、顔がいいことのアドバンテージは凄く大きい。
少なくとも恋愛面においては強力なパスポートだ。
中身も大事とかいうけれど、それを見てもらうために相手のフィールドに入らねばんらず、そのためにはまず外見でのチェックを突破しなければならない。
そして、中身はどうでもいいという女子だって相当数いると思う。
匿名で発信しているSNSを眺めていると、はっきりとそう書いている投稿を見ることは少なくなかった。
僕は実際に使ったことはないけれど、男女の出会いをあっせんするアプリでも、顔写真の良し悪しが、成否に大きく影響すると聞く。
かく言う僕自身にだって、外見の好みというものはあった。
何かのきっかけで性格や内面が僕にぴったりということが知れるまでは、とりあえず、外面から順序付けてアプローチするしかないんじゃないかと思う。
僕より数段有利な顔を持つ瑛次が僕のことをじっと観察していた。
「ねえ。さっきの電話、女の子?」
「ちげーよ。男だ、男。クラスが一緒で部活も一緒なんだ」
「恋愛とか、付き合うとか、そんなこと言ってなかった?」
「人の電話を盗み聞きするとは悪い弟だ」
「兄ちゃんの声がでかいのがいけないんだよ。へえ、電話で恋愛相談をしたりするんだ。青春してるね」
「いや、なんか友達が僕の応援をするって張り切ってるだけだよ。ちょっと困りごとを解決するのを手伝ったら、そのお礼だってさ。恋は先手必勝だからとか言ってる」
「それは正しいんじゃないかなあ。女の子って中学生でも結構もう意識しているよ。男はその点まだガキだけど。そういう面では男の方が遅れているんだから、早く動いた方がライバルは少ないよね」
むむむ。普段、女子と話をしているというだけあって説得力があるな。
しかし、顔が良くて、女子の心の内も知っているなんて、道を踏み外さないか兄として心配になってしまう。
「そ、そうなのか?」
「兄ちゃんだって、結構イイ感じだと思うんだよね。少なくともマイナススタートじゃないはず。ほら、女の子って良くクラスの誰がいい、って話題でさ、誰か他の子が熱心に推しているカッコいい男子とかの名前を挙げるじゃん」
「いや、そういう話題をしているのを聞いたことすらない」
「女子だけだとそういう話をしていることがあるんだよ。それでね、あれって無難だし、自分が本当に好きな相手の名前を出すと面倒だから本当のことを言わないだけで、結構別の男子のことを気にしてたりするんだよ」
「そういうものなのか?」
「そうだよ。割とパーツに萌えるって子もいる。細い指とか、長い睫毛とか、密かに観察してるね」
「意外とマニアックなんだな。男はもっぱら胸の話しかしてない気がする」
「男子はそうかもね。あと、そうだ、声も重要」
「瑛次の話聞いていると、俺にもチャンスはあるかもって気になってきた」
「あるって。まあ、兄ちゃんが気に入った相手が逆に兄ちゃんのことを好きかどうかというのは運だけどね。そこは好感度を普段から上げておけば可能性は上がるよ」
「いや、本当に凄いな。中一でそんな恋愛のエキスパートだなんて」
瑛次は笑みを大きくする。
「それじゃあ、僕で練習してみる?」
「え? 何を?」
「僕が女の子の役をするからさ、どのように振る舞えばいいかロールプレイするの。ちゃんと女の子の格好するからリアリティが出ると思うよ」
「いや、それは……」
「いろいろ言われてるけどさ、やっぱり女の子は、彼にスマートにリードして欲しいってのが本音なんだよね。あまり場慣れしてるのもどうかと思うけど、告るとき舌噛んだりしたら、やっぱダサいと思うよ。こういうのは場数だから。ね?」
ね、じゃないんだけどな。
そうは思うがちょっとは練習した方がいいのかと思ってしまった。
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