かりそめの、家族。
「そっか。私、『勇者の記録』を探そうとして、ここに来たんだ……」
そうすっかり思い出して、少しだけ気持ちが落ち着いた。
そして、遠くに見える建物を見て、思い出す。
「そうだ、あの建物、『勇者の記録』に出て来た勇者学校に、そっくりなんだ……」
『勇者の記録』では。
主人公は、異世界へとやってきて、勇者になるために勇者学校に通うことになる。
その勇者学校の建物に、私の目に映る建物は、とてもよく似ていた。
この草原にいつづけても、何も変わらない。
そう思って、私は建物に向かって歩き始めた。
数十分後。私は、建物の前に立っていた。
「うそ……」
建物の前にある門は閉まっていて、中に入ることができない。
それで困っているのも、もちろんなんだけど。
門の隣にある、表札。そこには文字が書かれていた。
『勇者学校』、と。
「おや、キミ、迷子かい?」
突然、門の中から声をかけられた。
門を見ると、警備員さんのような服装な人が、こちらを見ている。
「もうすぐ、夜になる。お父さんかお母さんは、どこ?」
そう言われて、私は固まった。
人に話しかけられて緊張したのも、もちろんある。
でも、気づいたんだ。
この世界がもし、私がいるべき世界じゃないのだとしたら。
ここには、お父さんも、お母さんもいない。
頼れる大人も、いない。
うつむいた私に、警備員さんが門を開けて近寄ってくる。
「困ったなぁ、どこかに預けた方がいいかなぁ」
そう頭をかく警備員さん。
頭の中では、ただ、どうしよう、どうしようという気持ちだけが渦巻く。
「とりあえず、交番に行こうか。ついてきてくれるかな?」
そう尋ねられて、とりあえず首を横に振る。
何度も、何度も首を横に振る。
交番、そんなところに預けられてもどうにもならない。
それに、身元が分からない人間が、どうなるか、なんて分からない。
きっと、牢屋に閉じ込められちゃう。
どうしよう、どうしよう……!
こんなところ、来るんじゃなかった。
どうして、『ここじゃない場所に行きたい』なんて願っちゃったんだろう。
そう思っていたら。
「ああ、ごめんなさい。うちの娘が何か問題を起こしたでしょうか」
優しい声が降ってきた。
思わず顔を上げると、そこには男の人が立っていた。
年齢は、お父さんと同じくらい、だと思う。
そして、どこか。……どこか、懐かしい感じがした。
「ああ、ユウキさんでしたか。あなたのお子さんで?」
警備員さんが尋ねると、男の人は頷いた。
「ええ。この子、わたしと同じく勇者学校に入りたいと言ってましてね、それで今日は、近くまで来たものですから……」
「学校を遠目から眺めていらっしゃったんですね」
「そういうことです」
警備員さんと男の人は楽しそうに話している。
「お仕事のお邪魔でしょうし、今日はこれで失礼します。……ああ、次の入学試験は、いつになるでしょうか」
男の人の問いかけに、警備員さんは言った。
「ああ、それでしたら明日がそうです。明日出して頂ければ構いませんので、よければ書類、持ち帰られますか」
「ああ、ぜひそうさせてください。なんて運がいいんだろう!」
そう言いながら、男の人は、私の身長の高さまでかがんで小声で言う。
「……とにかく、ついて来るといい。このままだと、交番送りだぞ」
誘拐されるかもしれない。でも、なぜか、この人は信用できる。
そう思った。だから。
「私、この学校の入学試験、受けたいです」
そう、自然と答えていた。答えてびっくりした。
今日、あんなに出なかった声が、ごく普通に出たことに。
男の人は、私を見てにやっと笑った。
「そうこなくっちゃ」
書類を受け取ると、男の人は、私に行った。
「さ、帰ろう。オレたちの家に」
♦♦
「……すまなかったな、娘のフリなんてさせて」
「いえ。助けてくれて、ありがとうございました」
男の人は、私を自分の家まで連れて帰ってくれた。
「オレは、ジェームズだ。よろしくな」
「あれ、さっきはユウキさんって呼ばれてませんでしたか」
私の問いかけには答えず、ジェームズさんは、フード付きコートを外した。
すると、さっきまでコートの中で見えていた黒髪が、消えた。
代わりにきれいな金髪が姿を現す。
「ユウキは、前の勇者だ。そしてオレは、アイツの格好をして世界を旅してる。……アイツを見つけるために」
「ユウキさん、いなくなっちゃったんですか」
「そうだ。十数年前、魔王を倒した後、姿を消した。オレは、アイツと一緒に魔王を倒す旅をしていた仲間でな」
「なるほど」
「魔法でアイツの姿をまねてみたものの、アイツの情報は一つも出てこない。それなら、と思って今日、アイツが昔、通っていた勇者学校に行ってみたら」
「私がいた、と」
ジェームズさんは頷く。
「勇者学校に入るためには、オレはもう年を取りすぎてる。子どもがいれば、子どもを入学させればすむけどな。あいにくオレにはそんな相手……」
「ちょっとジェームズ! 子どもを誘拐してきたって本当!?」
突然家のドアが足で開かれた。
ドアを蹴って入ってきたのは、ショートカットの髪型をした、かっこのいい女性だった。
私の姿を見て、女の人が口を覆って言った。
「ジェームズ、あんた、なんてことを!」
「人聞きの悪いことを言うな! オレはただ、交番に連れて行かれそうだったコイツを助けただけだ!」
「ぜーったいに、違うわ! あなたが損得勘定なしに、誰かを助けるわけないじゃない!」
「お前だって、食い物でもない限り、人助けなんてしないくせに、人の悪口言うな!」
「食べ物大好き、お金、万歳! 人間なんだから、当たり前でしょ!」
「開き直るな!!!」
言い争いをしている二人に、遠慮がちに声をかける。
「……あの」
「ごめんねえぇえええ、ジェームズが悪いことしちゃって! おうちはどこ? あたしが責任を持って送り届けるから!」
女の人が私の前にかがんで、私と視線を合わせてくれる。
「あの、あの……!」
言葉が、うまく出てこない。
早く何か言わないと。ジェームズさんが悪者になってしまう。
早く何か言わないと。また、呆れられてしまう。
そう思うけど、言葉が、出ない。
すると、女の人はただ、私の頭をなでてこう言った。
「よしそれじゃ、こうしましょ。あたしが質問するから、あなたは首を横か、縦に振って頂戴。それで、分かるから」
そう言われて、思わず涙が出そうになった。
今まで、みんな、勝手に期待して、思った通りにならなかったら、呆れた目で私を見ていた。
だけど、この人は。
この人は、私の目線に立って、寄り添ってくれた。
それが、何より嬉しかった。
「ジェームズは、あなたを誘拐した。そうよね?」
そう問われて、首を横に振る。
「え? 誘拐したんじゃないの?」
そう再び尋ねられて、今度は首を縦に振る。
「それじゃ、どうして……」
戸惑った顔をする女の人に、ジェームズさんが言う。
「コイツ、多分アイツと同じ異世界から来た人間だ。勇者学校の前にいて、警備員に交番に連れて行かれそうだったのを、オレが自分の娘だと言って連れて帰ってきたんだ」
「異世界からの、人間……」
目を丸くする女の人。ジェームズさんは私を見て言う。
「コイツ……――、ミラも、勇者だったユウキの仲間なんだ。ユウキを探してるのも、同じだ。怪しいやつじゃない」
そうジェームズさんに言われて、少しだけ安心する。
それに、ジェームズさんが普通に、私を異世界からの人間だと思ってくれたのが、とても嬉しかった。
異世界から来た、なんて言ってすぐ信じてくれるような物語、私は見たことがない。だけど、ジェームズさんは、前にいたユウキさん、その人が異世界から来たからと信じてくれている。
それだけで。なんだか、ここにいていい、そう思えたんだ。
「オレの予想では、ユウキは魔王を倒した時に、元の世界に帰ったんだと思う。まぁまた、こっちに来るかもと思って世界を回ってきたが、それらしき人物は見当たらなかったしな」
「ユウキはね、よく話してくれたわ。自分が生きていた世界のこと。あたしも、なんとなくきっと、彼は元の世界に戻ったんだって思ってた。でももし、彼がどこかで迷っているのなら、助けてあげなくちゃって思ってた。彼と同じ世界から来た人のことも」
二人は、私を見つめる。
「お前(あなた)さえ、よかったら、家族になろう」
二人の提案に考える間もなく、私は頷いていた。
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