第9話 VS放浪騎士

 ─────ガキンッ。


 風化した大剣とルカの大剣が衝突した。

 ただただ重い攻撃が、ルカに襲い掛かった。


「…………ぬぐぐッ!」


 脚の骨が軋む。腕が痛い。

 ルカは何とか、放浪騎士の大剣を受け止めているがいつ負けても可笑しく無い状況だった。


「ルカから離れろッ!」


 ティアはクレイモアを放浪騎士に向けて、振り下ろした。

 ガンッと重々しい音を立てながら、放浪騎士の鎧に当たった。


 放浪騎士は風化した大剣を少し浮かせて、ルカの腹部を蹴り飛ばした。


「うぐっ!?」


 ルカはくの字に曲がって、後方に吹き飛んだ。そのまま五メートルほど、飛ばされま位置に落下した。


「ルカッ!」

「う、うぐっ、うぇぷ」


 胃の内容物が食道を上がり、外へ吐き出しそうになるルカは我慢して嘔吐しないようにしていた。黒死病仮面ペストマスクの中で顔面を蒼白にし、冷や汗が滝のように流れていた。


「はぁぁぁぁッ!!」


 ティアはクレイモアを再び、振り下ろした。当たる場所は先程の同じ、上腕部鎧リヤーブレイスに当たった。ただ、金属同士が衝突するだけ。


 ─────ダメだ。これでは攻撃を与えたとは言えない!


 ティアは焦燥感に駆られていた。

 ルカの心配や異例イレギュラーな怪物など、様々な事がティアの中で駆け巡る。

 放浪騎士の攻撃を避けながら後退した。


 ────私が他人の心配…………だと?馬鹿げている。冷静になれ、非情になれ。私が私であることに変わりは無い。


 ティアは息を深く吸って、吐き出して心を落ち着かせる。

 クレイモアの柄を握り直して、剣先を放浪騎士に向けて構える。

 放浪騎士はティアの方へゆるりと顔を向けて、燃えるような紅い瞳で見る。


「gaaaa…………Graaaaaaaaaa!!」


 放浪騎士は狂ったように雄叫びを上げ、地面を蹴って駆け出す。

 ザッザッと灰を踏み付ける音を立てながら、放浪騎士がティアへ近付く。


「はぁぁぁぁッ!」


 放浪騎士が飛び上がって、そこから落下の威力を用いて風化した大剣を振り下ろす。

 ティアはそれに合わせて、クレイモアを振り下ろした。


 ─────ガチンッ。


 クロスに交わった剣は、火花を散らした。

 ぷるぷると震えるティアのクレイモアとは対照的に、放浪騎士の風化した大剣は逞しくがっしりとクレイモアにぶつけていた。

 圧倒的に放浪騎士の方が、筋力は上だと分かる。そして幾度となく修羅場を潜り抜けたであろうその技量を、ティアに見せ付ける。


 クロスした大剣を互いに離して、何度も衝突させる。

 放浪騎士はティアの左上腕部を目掛けて、蹴りを出す。

 ティアはそれを左前腕で防御する。


「あっ、くっ!」


 ギシギシと前腕の骨が軋む。今にも折れてしまいそうになる。ティアは痛みに耐えるように喘いだ。負けじと放浪騎士の脚を払って、クレイモアを振り下ろす。

 放浪騎士は後退して、振り下ろされたクレイモアを避けた。


 ティアは脚を前に出して駆け出す。放浪騎士に攻撃をさせない為だ。隙を作ってはならない。そう判断したティアは、後退した放浪騎士に迫る。


「だりゃぁぁぁぁッ!!」


 ティアはクレイモアを、放浪騎士に振り下ろした。

 放浪騎士は後退して、ティアの攻撃を避ける。

 ティアは振り下ろしたクレイモアを、上へ振り上げた。それも避ける放浪騎士を追い掛けながら、横振りや振り下ろしなど何度も攻撃を繰り出す。

 そして一歩大きく前に出して、クレイモアを振り上げた。振り上げたクレイモアは、胸鎧を剣先で掠めて行く。

 首元の何かしらの装飾品アクセサリーに剣先が引っ掛かるが、ティアはそのまま装飾品を断ち切るように振り上げた。


 ────ブチッ…………。


 銀色の装飾品ペンダントが宙を舞って、灰の積もった地面に落ちた。

 放浪騎士は大きく後退した。放浪騎士は胸元を触っていた。


「ん?」


 ティアは足元に落ちた銀色の装飾品ペンダントを拾い上げた。

 返り血で汚れているが、傷一つ付いていない装飾品ペンダントであった。

 ティアは装飾品ペンダントの蓋を開けると、そこには一枚の写真が飾られていた。


 ─────これは…………奴の家族写真…………か?


 三人の仲睦まじい家族写真であった。中央には子供と、その母親と思われる人物。その隣には、今とは比べ物にならない程綺麗な鎧を着た人物。

 母親と子供の表情は豊かで、万遍の笑みを浮かべていた。幸せという概念が、これでもかとその一枚に凝縮されていた。


 放浪騎士はティアを見て、何かに気が付いたのだろう。届かない手を伸ばして、虚空を掴む。その腕が、手がふるふると小刻みに震える。


「Graaaaaaaaaaa!!!!」


 天を仰いで轟いた雄叫びは、何処までも続く曇天の空に消えた。

 その雄叫びは怒りか、嘆きか。或いは


「Graaaaaaaaaaa!!」


 放浪騎士は再び、雄叫びを上げて地面を蹴った。ある程度の距離まで近付いたら、放浪騎士は飛び上がった。一回転し、その遠心力を用いて風化した大剣を叩き落とした。


 ティアは横へ回転して避けた。

 放浪騎士が落ちた場所は、粉塵が舞い上がり視界を悪くさせる。しかしそれを放浪騎士が気にする訳も無く、粉塵から飛び出してティアに襲い掛かる。

 放浪騎士の攻撃が、先程より素早く鋭い攻撃へと変わった。

 受け止める事も、避ける事も紙一重なティアは身体に擦り傷が増えていく。


「チッ!」


 ティアは舌打ちをしながら、ひたすら回避する。


「ぬぁぁッ!!」


 放浪騎士の一撃をくらって倒れていたルカが回復し、その身体能力を活かして一気に放浪騎士との距離を縮めて来た。


「!」


 放浪騎士は側方から勢い良く飛んできたルカに気が付いたのか、顔をルカへ向けて大剣を横へ振る。


 ガキンッ。


 ルカが振り下ろした大剣と、放浪騎士が横へ振った風化した大剣が衝突した。

 火花が散る。

 大剣はルカと同じ身長だと言うのに、それを意図も容易く操って何度も振っていた。


 放浪騎士の風化した大剣を避け、攻撃を繰り出す。

 二人の剣戟は、まるで剣聖同士の戦いであった。


「はぁ…………はぁ………。ルカ…………極限集中状態ゾーンに入ってるのか?」


 高い集中力。緊張と緩和リラックス状態が良い均衡バランスで保たれた状態。

 ──────極限集中状態ゾーン








 ♢









 ルカは周囲の音や景色が消え、極限まで感覚が研ぎ澄まされていた。

 背景は白く染まり、放浪騎士だけの動きが見える。その放浪騎士の動きも、遅く緩やかに見える。


 放浪騎士の動きを身体を横にズラすだけで回避し、大剣を振るった。

 斜めに振り下ろされた大剣は、放浪騎士の胸部を切った。


 黒く染った血が、放浪騎士の胸から溢れた。

 灰色の地面を黒く汚す。

 ヨロヨロとよろめいた放浪騎士は、片膝を付いて風化した大剣に体重を預けるように座る。


 ─────今だッ!


 ルカは放浪騎士の首を狙って、大剣を振るった。トドメの一撃。首を跳ねれば、流石に動くまい。

 しかしルカの大剣が、放浪騎士の首に届く事は無かった。


「は?」

「え?」


 ティアは素っ頓狂な声をあげた。

 それはルカも同じようで、何が起きたのか理解出来なかった。

 片膝を付いた放浪騎士は、首が切られる刹那目にも止まらぬ速さでルカの右前腕の真ん中付近を切断したのだ。

 故に、彼女のトドメの一撃が放浪騎士には届かなかったのだ。

 果たして、あの風化した大剣に切断する程の鋭さがあった。


「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ア゙ア゙ア゙ア゙ア!!!!」


 突如、ルカは劈くような叫び声をあげた。失った右前腕を抑え地面に蹲った。

 赤黒い血がドバドバと流れ、灰色の地面を赤く染め上げる。


「あ"あ"ッ!あ"あ"あ"あ"あ"…………あぁ…………ぁ…………」


 ルカの意識は一瞬にして闇の中へ消えそうになる。ヒューヒューと浅い呼吸へと、変わっていく。

 放浪騎士はゆるりと立ち上がり、足元で蹲るルカを見下ろした。

 慈悲は無い。あるとすれば死だけ。


 放浪騎士は風化した大剣を逆手持ちし、ルカへ剣先を向けて突き刺した。









  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る