17 素人の農業
その日、ツクシは、村長とシステムエンジニアの池橋礼さんと、初めてこの桜山村の山間部、泉台地区に来ていた。ローカル線の泉温泉で降りると、あの農業ガールの有野マナさんが泉台温泉パークの電気自動車で迎えに来ていた。
「有野さん、すいません、迎えに来てもらっっちゃって」
「いいえ、こちらこそ、来ていただいてうれしいわ。あ、村長さん、台場先生が農園で待っているそうです」
「え、お七さんが来てくれたのか、そりゃあ、楽しみだ」
自然農法の権威、台場七教授、あの田部泰三の研究室で会った知性派の美人だ。村長はお七さん(おしちさん)と呼んでいるようだ。
電気自動車は、快適な加速で駅から離れ、渓谷に沿った曲がりくねった道を行く。間もなく落ち着いたたたずまいの古い街並みが広がる。
「ここが四半世紀前の地震の後、お湯がだんだん出なくなり、一時は壊滅状態になっていた泉温泉だ」
村長がそういうと、車窓を眺めて池橋礼がしみじみと言った。
「お土産屋さんやお団子屋さんもあるし、浴衣姿の当時客もたくさん歩いている。すごいですねえ、ここまで活気が戻るとは」
毎週末にはすぐわきの泉台神社に夜店が出たり盆踊り大会もあるのだという。
この地域は水が豊富でいくつものわき水やせせらぎがあり、景観が変化に富んで美しい。
あの月光やアンミツの出た忍者ショーの舞台になった赤竜渓谷もここから上流側に広がり、連なる巨岩、天狗岩や天女岩などの名称がついたいくつもの変岩奇岩が見事だ。
そして渓流沿いにいくつもの養魚場があり、名物のトラウトサーモンやあのキャビアで有名なチョウザメも養殖されている。
最近は河に沿った遊歩道も整備され、今では渓流下りのボートやカヌー、キャニオニング、バンジージャンプまで人気になっている。
「あ、ちょっと悪い、若女将が玄関まで出ているようだ。有野さん、ちょっとそこの旅館に車をつけてもらえるかな?」
「もちろんですわ、今つけます」
車はさっと横に外れて湧水館という大きな老舗旅館の庭に入って行った。咲き誇る山百合などの花々、白い玉砂利、せせらぎなど、日本庭園がよく整備されている。
「お湯がだんだん出なくなり廃業や移転する旅館が多かった中、ここだけはボイラーでお湯を沸かして持ちこたえたんだ。ほかにも渓谷を眺めながら入れる露天風呂などのやアイデアを出してね。ここが頑張っていなければ、地熱発電で豊かなお湯が得られるようになるまでに、この温泉街は消えていたかもしれない」
お客さんの送りで庭に出ていた若女将がこちらに気づいて声を掛けてきた。みんなも自動車を降りて挨拶する。
「あら、村長さん、今日は?」
「これからうちの優秀なスタッフをつれて泉台の温泉パークに仕事でね」
「あ、あなたがツクシさんですね。うちの大女将からすごい仕事人だって噂は聞いてますよ。いろいろお世話になったって」
若女将は、着物の襟を正してツクシにお辞儀をしてくれた。
あれ、こんな老舗の旅館の大女将と今まで知りあっていたかなと思いつつ、ツクシも丁寧にお辞儀を返した。
「ところで、その大女将は?」
「お昼をおいしい店に食べに行くとか言って、お友達と出かけて行きましたわ」
「はは、あいかわらず元気だね」
そしてツクシたち一行は赤竜渓谷の絶景を眺めながらさらに上へと自動車を急がせた。
なぜこの泉温泉に来たのか?それは、おとといのことであった。あの、矢場鋳三刑事がプリン工房に突然現れたのだ。例の事件の報告とさらに聞きたいことがあるというのだ。娘のナオリさん、段ボール工場にいたツクシと池橋礼もかけつけた。
「皆さんのご協力のおかげで、事件は最小限の被害で済み、軽度のけが人だけで事なきを得ました」
何といってもシークレットファイブの将軍、大病院の院長でもある吉宗先生があの場に来ていて、事件直後に適切な処置を早急にしてくれたのがおおきかったようだ。あの細菌に汚染されたエビを食べてしまった海の男浜崎さんもすぐに胃の洗浄や殺菌を適切に行った結果、何事もなく済み、爆破事件のけが人も応急処置で大事に至らなかったのだ。
「だが、あれだけ警察車両で囲んだはずなのに、グレイローズ、灰原薔薇代たちには逃げられてしまった。すまん」
まさかナンバープレートから車の色まで変えて逃げるとは、さすがにだれも予想しなかったのだ。
「でも、安徳寺ミツさんが命がけでつかみ取ったバッグがありましてね…」
そう、あの非常階段で、アンミツの顔を思い切りひっぱたいたあのバッグだ。刑事は、詳細な鑑識結果を読み上げ始めた。
「見事なほどに指紋、掌紋、DNAなどは検出できず、でも、風邪薬に見せかけたカプセル錠剤の中から細菌テロに使われた食中毒の菌が見つかりました」
そう、やっぱりあそこでシークレットファイブが動き出さなければ、大事件になっていたのは間違いなかった。
「他には、アクセサリー型の精巧な爆弾もいくつか発見されましたが、中でも注目すべきは、エメラルドのペンダント型のメモリーです」
「メモリー?」
「中は暗号化されていて、まだほとんど解読されていません。そこで白壁大学の工学部に協力を求めたところ、解読の専門家チームが今学会に出ていて不在、急ぐのならここにきている池橋君に頼んだらどうかという話で…」
そこでメモリーは、急きょ、池橋礼の手に渡り、解読が進み、昨日一部が解読されて、再び矢場刑事の手に渡ったのだった。
「メモリーの中に入っていたのは、いくつかのファイルです、例えば、風邪薬のカプセルに入れた細菌兵器の取り扱い方とか、武器にもなる高出力のレーザーポインターの使い方などマニュアルが数種類、それとなぜか論文が入っていますね、えーっと、『鹿に乗るサル』という題名の論文で…」
池橋がそこまで言った時、村長がすっとんきょうな声を出した。
「…ちょっと待て、その論文は、私が若いころ書いたものだ…、なんでこの女のメモリーの中に…?」
みんな唖然とした。何が何だか分からなかった。さらに、池橋は次に進んだ。
「それと、何の文章かわかりませんが、日付と時刻、そしていくつかの気になる単語の書いてあるファイルがありました…。日付はもうすぐです、来週ですよ。来週、やつらはまた何かをやらかすつもりなんですかね?!」
「それで、その気になる単語とは…?」
「…ええっと、品種改良センター、…ドクターホワイト、…ブラックビューティー、一体なんのことでしょう?、誰か、何か、心当たりありますか?」
すると早速情報通の中ナオリさんが小さく手を挙げた。
「ドクターホワイトは、キシリトールのとても多いイチゴの品種、ブラックビューティは、抗酸化作用の高い色素思ったイチゴの品種、どちらも今研究中の白と黒の新しいイチゴの品種だわ。確か泉温泉の奥の品種改良センターにあるはずだけど…」
すると、矢場刑事の瞳が鋭く光った。
「まだ市場に出る前の新しいイチゴの品種…やつらはそれを狙っているのか?」
それを聞いて村長は表情を硬くした。
「その二つの品種とも、今協力関係を結んでいる森中町との共同開発の品種だ。盗まれるようなことがあれば、森中町との協力関係にも大きなひびが入る…。それに品種改良センターは広大な敷地の中にある、守るのは結構手間だぞ」
とりあえず警察が守ってくれることになったが、こちらも現場を見ておこうということになり早速やってきたというわけなのだ。
「おお、ここが泉台かい、葡萄畑の広がるいいところだねえ」
山の中腹の開けた空間に出る。葡萄農園や果樹園が点在し、緑の傾斜の上に澄み切った秋空が広がる。池橋礼が感心する。果樹農園の広い空間となだらかな斜面を使った広大な施設が目の前に広がる。奥にある大きなドーム状の建物が地熱発電所、その手前にファミリー向けの広々とした温泉パークと林間学校やスポーツ合宿の宿泊施設がある。ここはもともと地熱発電所で沸かしたお湯なのだが、人体に無害なマグネシウムなどの鉱物フィルターに通すことにより、弱アルカリ性の美人のお湯にしてある、本格温泉だ。
「あら、上の方にローマの神殿みたいなのがある。あれは一体?」
ツクシが指さす。見れば温泉パークの一番高い場所に大理石の柱やいくつもの石像が並んでいた。しかもかなり規模がでかい。
「はは、あれが今年の夏にオープンした古代ローマ大浴場だよ」
なんでも温泉パークの中にはスライダーのある温泉プールやジェット風呂、岩盤浴など、いろいろな施設があるのだが去年ジャングルや洞窟を進んでいく探検風呂がオープンしたそうだ。蘭の花とハチドリのトロピカルぶろや、7メートルのロボットワニが大人気だ。そして今年、古代ローマの大浴場を再現したゴージャスな大理石の風呂や、薬草を調合したハーブ風呂がオープンしたのだそうだ。
そしてその周囲に涼やかな緑に囲まれたテニスコートや球戯場があり、その周辺に例のフグやエビの養殖場の建物が点在する。
「あ、木陰におしゃれな建物がある」
ツクシがつぶやく。実は白壁大学の肝いりの施設「せせらぎ3D劇場」だという。ドーム型の360度スクリーンだけでなく、豊富な水を使った特殊な噴水スクリーンに立体画像を映し出す最新の3D画像が楽しめるそうだ。そしてここのフルーツや、キャビア、サーモン、フグ、エビなどを使った高級レストランも併設されていて、立体画像を見ながら有名シェフの料理が食べられるという施設なのだ。
さらにプラネタリウムや立体画像で恐竜も見られるという大学の電子図書館も併設されていて、この村に関する貴重な資料も自由に見ることができるので、この温泉施設に林間学校や合宿でやってくる青少年の先進的な学習施設にもなっているという。
「この辺りも昔は過疎化が進み、温泉のお湯がでなくなってきてからはますます人口が減るばかりだった。でも今は、温泉も復活し、働く場所もたくさんできて、豊かな村に変わってきた」
「さあ、到着です」
電気自動車はそのままカーブを切って、なだらかな斜面にある自然農園へと入り、有野マナが車を止めた。
「ここが、無農薬の自然農園。奥に地熱を使った熱帯ドームやっ品種改良センターがあります」
果樹園や露地栽培の畑の中を通る道をどんどん進んでいく。
ここの特徴は、1:碁盤目状に小道が多く、広々として見通しが良い。これはドローンや農作業ロボットが効率よく作業できるためのものだという。通路などのきまった場所の草を伸びた分だけ毎日刈ってくれる芝刈り機の様な草刈りロボット、収穫したものを自動で運ぶ運搬ロボットは、静かに動く電動ロボットだ。この五番目のような農園の道が全部GPSによって人工知能につながっていて、場所を指定するだけで、碁盤目をうまく動いて最短距離で移動する。人間がそばにいないときはスピードを上げて能率よく動き、人間が近くに行くと警戒音を鳴らして停止する安全なロボットだ。ドローンも毎日、全体を回って畑中を画像分析してくれるので、病害虫の被害の出た部分だけを世話をするだけでよく、効率的だ。
そのほかにも、2:樹高がコントロールされ、極端に背の高い果樹などがなく楽に作業できる。3:短めに刈り込んではあるが、通路や畑の脇は雑草や見たことのない草に覆われている。
「あら、いらっしゃい。待ってたのよ」
道の奥から、麦わら帽子姿の美しい女の人が歩いてくる。
「よ、お七さん、肌がつやつやして元気そうじゃないか」
そう、この人が村長の昔からの友人で自然農法の権威、台場七教授だ。
「困ったものねえ、この農園が怪しい奴らに狙われているなんて」
お七さんは、村長たちと今回の事件のことを話しながら歩いて行った。
ツクシが何気なく質問した。
「自然農法の畑って初めて見るんですけど、なんであちこちに雑草が茂っているんですか?」
すると台場教授はにっこりして答えた。
「なかなかいい質問ね。じゃあ、今までの農業って、雑草はどうしていたかしら」
「刈るとか、ひっこ抜くとか。除草剤とか…」
「そうね、今までの農業は、人間に有用な植物だけをぎっしり植えて大量に栽培し、いらない植物はひっこ抜き、除草剤で殺してきた」
「そうなんだ…」
「でも、その一方で、単一の植物だけを植えるために病気や害虫が大量に発生することが多く、また、多様性を失った土壌の中の微生物の量も減り、土壌は貧相だったの」
「へえ、そんなことになっちゃうの?」
「だからここでは、単一の植物に偏らないように、草や畑の周りには雑草を残すし、害虫や病気に強い、ニンニクやハーブなどもあちこちに植えているのよ」
そういうことだったのか。言われてみれば、ハーブの様な草が実際に植わっている。また、近くに植えると相性のいい植物の組み合わせがあり、基本的には、数種類ずつ組み合わせて栽培することも普通だそうだ。
「それに農薬も一切使っていないし、長年にわたって数えきれない植物が生えているし、さらにここの畑はわざと土を耕さない。耕さないので土の中まで紫外線に当たらず、枯れた雑草が層になってふわふわの土を作り、土壌生物がますます豊かになる。土壌生物が豊かだと、アミノ酸が多くなって野菜の味が実際おいしくなったり、樹木が生き生きして、農薬なしでは栽培が難しい作物もいくつも育っているのよ」
そして台場七教授は言った。
「必要なものだけ増やし、あとは殺していく農業ではなく、それぞれの良さを生かしながらみんなで支えあう農業への転換ね。それがダイバーシティ、多様性の自然農法なの」
台場七教授はそう言って笑った。実にいろいろな植物が植えてあるので、病気や害虫の大量発生はないのだそうだが、農薬や除草剤なども使わないし、雑草も伸びすぎを刈るだけなので、そのままでは害虫の駆除や、草刈りの手間はたいへんだという。そこでドローンのカメラの映像分析で、病害虫の被害の様子をリアルタイムで知らせて、先手先手で対策を練ったり、必要以上に伸びた草をロボットが効率よく刈ったりと、いろいろな場面にロボット技術が生かされている。
「みんなうちの白壁大学のロボットやドローンなんですよ」
池橋礼がちょっと自慢げだった。
「さあ、じゃあこれから熱帯農園に入るわ。実はココが私の新しい勤め先、素人でもできる農業の現場なの」
森林におおわれ、水の豊富なこの地区は、その水を地下の熱で蒸気化させ、発電タービンを回して電気を発電している。その時大量に発生する豊かなお湯が温泉に送られている。そしてその時の豊富なお湯や熱を使って作られたのがこの熱帯農園だ。
今ではここの職員となった有野マナがみんなを熱帯農園の入り口にある準備室に連れていく。
「中はやっぱり無農薬なんだけど、そのために病害虫を持ち込まないように鉄壁のガードをしているの。ここで全員、エアーシャワーで外のほこりを落として、白衣に着替えてください。ゲスト用のロッカーはそちらに用意してあります」
なるほどこれだけ徹底してあれば、虫だって入ってこれない。農薬は使わなくて済みそうだ。やがて、ツクシや村長たちや台場七教授たちもみんなで二段階になったエアーシャワーを通り抜け、大きな扉を超えて中に入った。
「わあ、さすがにあったかい」
ツクシが大きな声を出した。部屋のあちこちにある表示板、一番近いものは温度28度、湿度65%を示している。まずは広いホールで目を引くのはフルーツだ。マンゴーやパパイヤ、オレンジやパイナップルなどもある。驚いたのはすべて天然光ではなく、LED照明が使われていることだった。しかもピンクや青などで、ちょっと変わった色だ。
「実は植物は緑色の光を必要としていない。だから緑を跳ね返すから緑色に見えるんだそうです。その植物の一番栽培に適しているLEDライトの色が調節されています」
温度や湿度、LEDの色、さらには光合成に必要な二酸化炭素の量までコンピュータのAIによってコントロールされているという。
「あ、おもしろい、これってグレープフルーツよね。でも、思ったよりずいぶん背が低いわね」
ツクシがブドウのように連なって身を着けている果物に近づいていく。するとあの台場七教授が教えてくれた。
「普通日本でグレープフルーツを育てると、実をつけるまでに25年ほどかかって10メートル以上の大木になります。でもここでは高さも1・5メートルほどで、しかも数年で実をつけるようになるのです」
「へえ、あったかいからですか??」
「いいえ、根元を見てください」
見るとグレープフルーツの木はみんな大きめの植木鉢のようなポットに入っている。
「このようなポットで育てると根が大きくなれないので、盆栽のように木も大きくなりません。そして条件を整えてやると、大きくなれなくなった木は実際より早く、数年で実をつけるようになるのです」
しかもこのポットは、やはりAIで管理されていて、最適な水分や養分を自動的に与えてくれるのだそうだ。ここではフルーツだけでなく、ほかにも大木になってしまうアボカドやその他の柑橘類、また、クローブ、ナツメグなどのスパイスなども、背を低くして育てているのだという。
「背が低いから、私でも世話や収穫がとても楽なのよ」
有野マナがニコニコして説明してくれた。
「私たちの仕事は種や苗のセッティングや収穫、機械のメンテナンス、データ管理が中心かな。害虫の駆除とか草刈の仕事は原則ありません。温度やその他の難しい条件はみんなAIがやってくれて、しかもほとんど間違いがない。やる気さえあれば素人にもできる農業なの」
素人でもでき、しかも今まで日本で栽培できなかったいろいろな品種の栽培も研究するし、品種改良もどんどん行っているという。有野マナはそれもとても楽しみなのだそうだ。
「ほら、これを見て!」
見ると壁にモニター画面があり、そこに見たことのない熱帯の植物が育てられている部屋が映った。
「ここの施設はね、どの部屋からでもすべての部屋がボタン一つで見られるの。連絡を取るのも楽だし、植物の異常もすぐに確認できるのよ」
どうも今映っているのは有野マナの担当植物なのだという。
奥の個室では条件を変えながら、現在はバニラとカカオの栽培がおこなわれているわ。バニラは私の企画が通って栽培が始まったの。うまくすると来年からバニラは製品化ができるかもしれない。バニラを使って、ほかにない、健康にいいソフトクリームが作れないかなって今考え中なの。それからその奥にあるのが品種改良センターよ。
品種改良センター、そう、あの謎の女のバッグのメモリーにあった言葉だ。
奥の扉を出ると、品種改良センターと呼ばれる建物が別棟で建っていた。ラボと呼ばれる4階建ての研究室のビルと山側に面した広いビニールハウスに分かれている。
台場教授が説明してくれた。
「ラボは4階建てのいくつにも仕分けされたセキュリティの高い建物です。その植物に最適な温度、湿度やその他の環境条件を建物の中に作り出し、生育データを集めて分析します。そこで分析されたデータをもとに、コストをかけずに実際にたくさん作ってみるのが隣のビニールハウスです」
そしてみんなはビニールハウスのほうへと案内された。中では受粉のためのミツバチがたくさん飛び回っていた。今ここでは森中町との共同研究で生み出された新しい品種の実験栽培が大規模に行われているそうだ。
「キシリトールがとても多く、子供の歯の育成によいと注目されているドクターホワイトと、抗酸化作用のとても強い色素を持っているブラックビューティーは、どちらもここでたくさん栽培されていて、来年の春には一部市場に出る予定なんです」
今実をつけているのはクリスマス向けのケーキ用の品種、狙われている品種も来年の1月には身も膨らんで、白、黒、ピンク、ルビーレッドのカラーイチゴセットとして、出荷が始まるそうだ。だが、その広いビニールハウスを見て、村長や池橋礼は表情が少し険しくなった。池橋はあちこち監視カメラの数を数えて、その少なさに驚いていた。村長は外壁に当たるビニールの素材を触って確かめていた。このビニールだと、プロなら工具で簡単に切り裂いて侵入可能だという。
「ここは山に面しているから、夜間に山側からビニールハウスに忍び込まれたら今のところ手の打ちようがないなあ」
セキュリティの高いラボのほうに場所を移せばいいのだが、ここにはかなりの数のイチゴの苗があるため、すべて移動させるのは無理だという。
「これでは来週、奴らが来るまでにどれだけ対策が立てられるか…?!」
さすがの村長も考え込み、数か所へ電話をかけていた。台場教授が心配そうに話す。
「実は今度の事件とは関係なさそうなんですが、この近くの果樹園が、農園泥棒にたびたび襲われて収穫間近の桃や高級な梨などが盗まれているんです。あと去年から猪や鹿などの山の獣が果樹を食い荒らしたり、ビニールハウスに穴をあけたということもありました。私も二度ほど自然農園で猪を見かけたんです」
「農園泥棒に猪か、それに怪しい奴らも来るとなると、一筋縄では行きそうもないなあ…。なんか画期的な作戦を立てないと…」
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