16 始まりの花火

アイデアコンテストの受賞者たちを祝福しながら、舞台の下をゆっくり歩くのは中村長だ。村長はこれから歩いて5分ほどのところにある、船宿ホテルへと来賓たちを案内し始める。これから精霊流しや花火大会を見ながらの来賓を招いてのパーティーがあるのだ。そしてそこは、協力団体や市民達の労をねぎらう事だけではなく、外部から来た来賓たちとの大事な交渉の場でもあった。中村長の隣には、豊かな果樹園で有名な森中町の佐藤町長さん。そして後ろにいるのは、魚や貝類の養殖に力を入れている磯貝町の浜崎さんだ。

ここ、桜山村は村長の改革が進むまでは破産寸前だった。だからこの村と協力態勢が取れれば、この村とおなじように赤字から立ち直れる、自分の町や村だって活気づくと言う期待があるのだ。

こっちの村だってフルーツの新しい技術や海産物の取引ができればさらに活気づく。

だが、村と村との協力は、この桜山村となると簡単ではない。

どこまでこの村のシステムを取り入れるのかが問題だ。この村のシステムは、斬新過ぎるからだ。

地域通貨ラビットやポイント制を受け入れるのか、市の職員を大幅に減らし、市役所の窓口を、あのキズナさんに任せられるのか、ネットのシステムや人工知能を採用するのか、カルガモバスや、シカサンはどうするのか、ごみの分別は、脱プラスチックは…?そのほかにも細かいことを上げたら、きりがないし…、でもある程度取り入れなくては赤字から抜けられないだろう。果樹園の森中長はかなり積極的だが、磯貝町の方はまだまだ慎重だ。何といっても海での養殖が中心の磯貝はここ桜山とあまりに環境が違うので、ここのシステムがどのくらい有効なのか未知数だった。

「ではこれからこの船宿ホテルの最上階で行われる立食パーティーにご案内します。パーティー会場のすぐ前は展望台になっていますから、花火もよく見えるし、あちこちの運河を流れていく精霊流しを見下ろすにも最高の場所です」

立食パーティーは1時間弱で終了だが、時間のある人は、地下の船着き場から出る屋形船の運河見物も最高。板前さんの手作り料理もおいしいし、精霊流しも花火も、川からの特等席で鑑賞できる。

結局今日は雲に覆われていたものの雨は一滴も振らず、夕暮れを迎えて雲は晴れて、涼しい川風も吹いてきた。

そして、たくさんの来賓が訪れたこの船宿ホテルで、もう一つの戦いが行われようとしていた。ホテルの支配人室に、あのシークレットファイブの有賀タミさんが入り込んでいた。

「…あなたがお忍びで来るとは何事かと思いましたが…もしそれが本当なら大変なことになる」

「情報の出所はわけあって言えませんが、やつらがこのホテルを狙ってくるのは間違いないでしょう」

もちろん情報の出所は同じシークレットファイブの真加田宮夏からの密書に他ならなかった。密書には「花火が上がるころ、天守閣の最上階で闇の下部が牙をむく」とあったのだ。もう一つの天守閣といえばここ船宿ホテル、最上階といえばパーティー会場に他ならない。

「また、祭りの実行委員長の中村長にも承諾を受けております。これが中村長からの手書きの手紙です」

そう、真加田宮夏からの密書で、みんなが動き出したのだ。支配人の郷田は手紙を見て表情を険しくした。

「ええ、存じております、この桜山村で最近起きている謎の事件のことは…。やつらの目的は、一体なんなのでしょう?」

「ええ、もうすぐ大原の警察署から、担当の矢場刑事が来てくれるはずです。警備体制もさらに厳重にお願いします」

さいわい来賓も身元がチェック済みだし、出入りする人々も顔認証でチェックされ、自由にホテルの出入りはできない。顔認証で不審な人物が見つかれば、すぐに警備員が駆け付ける体制ができている。

「わかりました。警備員の数を増やして、こちらも態勢を整えておきます。それで、そのほかに何をしたらいいのでしょう」

郷田支配人がそういうと、有賀タミさんは、別の紙を取り出して支配人に渡した。

「…ふぬふむ…、わかりました。こんなことならお安いご用です。すぐに手配しましょう」「よろしくお願いいたします」

シークレットファイブの次の作戦が動き出した…。

それから1時間後、最上階では、祭りの実行委員たちや来賓たちが集まりだしていた。宴会に使われる大ホールでは、立食パーティー用の机やワゴンに色鮮やかな和食やイタリアンなどの料理が盛りつけられ、おいしそうな匂いが立ち込めていた。

そして、大ホールからエレベーターや階段のあるゲートを抜けると、そこは屋上庭園になっている展望台、こちらにも今日はバーベキューセットと生ビールの樽が用意されていて、焼き肉や生ビールが無料でふるまわれている。

その大ホールと展望台を時々行き来する若い女性がいた。

「あら、池井ケイさん、あのカシミールのピジョンブラッドのルビー、とっても良かったわ。また掘り出し物の宝石があったら、すぐ連絡してね」

「あ、インドのカシミールと言えば、来週そこから、特別なスターサファイアが入る予定なの。連絡を待ってね」

そう、あの矢場刑事が灰原薔薇代と呼び、葛飾内三がトモコと呼んでいた謎の女だ。偽造したパスポートを使って池井ケイという住民票や関係書類を別にとり、偽の村人登録をしてなりすまし、堂々と乗り込んできたのだ。彼女は今日のために宝石鑑定士の資格を取り、本物の宝石をずらりとそろえて、1週間前からこのホテルに滞在していた。宝石セミナーと即売会を開催し、すっかりホテルの一因となっていた。だからこの立食パーティーの会場でも何食わぬ顔をして歩きまわり、こっそりと下見をしていたのだ。

「展望台へのゲートから出られる、外階段の非常通路があるわね。今日もここなら警備員も監視カメラもないわ。いざとなったら階段の下までミスターGに来てもらえば逃げ切れるわね」

さらにあの風邪薬のカプセルに入れた細菌兵器をどうやってばらまくかも何パターンか考え、今日の会場に最適の方法を決めたのだった。

「あとはターゲットね、そろそろ上にあがってきているはずだけれど…。あ、いた、いた」

遠目から池井ケイは数人の男を確認していた。一人は中村長、そして森中町の佐藤町長、そして磯貝町の浜崎さんだった。池井ケイはうっすらと笑って、その集団に近づいていったが、途中で足が止まった。

「…やば、矢場鋳三…、あの刑事が来ている。お化粧も服装も依然あったときとは全く違うけど、あいつは妙に感が働くから、要注意だわ…」

矢場刑事は部下の刑事を二人ほど連れて、あちこちの警備員たちとあいさつを交わしながら、この最上階をチェックして歩いている。

池井ケイは何事もなかったように宝石セミナーに来てくれたマダム達を見つけておしゃべりの輪の中に入り、矢場刑事から離れて行った。そして来賓がそろうと、イベントステージに照明が当たり、音楽とともに中村長が上にあがり、簡単に挨拶した。みんなの頑張りをほめ、祭りの成功に感謝の言葉を述べた。

「…ええ、私のつまらない話はこのくらいにしましょう、あと5分ほどで一発目の花火が上がり、それを合図にここの足元を並行して流れる西の運河と東の運河に、一斉に精霊流しが流れはじめます。展望台とこの大ホールは出入り自由です、ごちそうをつまみ、バーベキューや生ビールをお楽しみください」

「乾杯!」

大きな達成感、グラスの音が響き、みんなが思い思いに動き出した。

村長は磯貝町の浜崎さんと話を始めていた。

「いやあ、私も皆にこわれて漁労長や村会議員をやっているんだけど、2年前までは漁船にも乗っていたし、鯛やハマチの養殖もやっていた。妻の実家も牡蠣の養殖をやっているしね。海のことなら専門だけど、地域通貨だとか、人工知能だとか言われてもピンとこなくてね、いやあ、すまん、すまん」

そして浜崎さんは豪快に笑った。その話を聞くと、村長はにっこりして話し出した。

「実は今までほとんどやられたことのない養殖の新技術がありましてねえ、ぜひ、浜崎さんにご意見をうかがおうと思っていたんですよ」

そして村長は大学と協力して開発しているある計画書を浜崎さんに見せた。浜崎さんは苦笑した。

「うそでしょう、こんなもの、養殖しなくてもいくらでも取れるじゃありませんか。うちの養殖上でもペルー産のエサを安く買って使っていますよ。あ?もしかして、そういうことですか?!」

それは養殖魚のえさになるイワシとオキアミなどの小魚や小エビだった。

「海にいくらでもいるから誰も養殖してこなかった。でも、養殖場や加工品などの需要が年々増えて、餌としてのコストが上がっているんじゃありませんか?」

なるほど、いわれればそうだ。あちこちで養殖が盛んになって確かにコストが上がっている。

「実はうちの大原地区ではね、ごみの焼却場から出る多量の二酸化炭素を有効に使って、ミドリムシやその他の微生物を多量に養殖しているんですよ。それが使えるんじゃないかと思ってね。しかもイワシのDHAやEPA、オキアミのアスタキサンチンなどは健康成分としてますます注目を浴びています」

企画書を最後まで見ていた浜崎さんも驚いた。

「いやあこれはすごい、なんでこんなに低コストで養殖できるんだと思っていたらそういう裏があったんですね。このコストで安定してこれらの魚介が生産できれば、新しい需要があるかもしれない。具体的にはどういう手順で…?!」

「ふふ、実はね…」

おじさんたちの話が盛り上がっているころ、窓の外でドン、という大きな音が聞こえた。みんなが一斉に窓のそばや展望台のほうに動き始める。ついに花火と精霊流しの開始だ。

ドン、ドン、パパパンパンパン

ツクシはそのころ、あのせせらぎ公園に来て花火を見上げていた。

「わあ、いとうツクシの花火だわ」

蔵川地区は、電線が地下化されているので電信柱もないし、古い街並みを守っているので高い建物もほとんどない。だから、ちょっと広場に出ればどこからでも花火がよく見える。だが花火の2大名所と呼ばれている場所がある。一つは台地の上にある倉河城址公園、ここからは精霊流しの行われる東と西の運河を含め、町全体を見下ろしながら花火が楽しめる。

夕方に隣の神社で行われるもう一つの12匹の干支の動物の舞う干支神楽を見てそのまま花火を楽しむわけだ。そしてもう一つがここせせらぎ公園である。ここは広いので夜店もたくさん出て、浴衣姿の花火客もどっと押し寄せる。そして例年、ごみも一番散らかる場所なのだ。せせらぎ公園には運河側とせせらぎ水路側、そして公園の出入り口の3か所にリサイクルボックスが設置され、ツクシはその中でも一番混雑する出入り口に陣取っていた。

「あら、ツクシさん、ご苦労様、がんばってるわね」

通信機能付きの1眼レフを持ってやってきたのは村長の娘のナオリさんだ。タウン誌の編集長でもある彼女は、今日も取材で飛び回っていた。

「あちこちから報告が上がってくるけどリサイクルボックスの評判はかなりいいようね」

各所のリサイクルボックスの写真をナオリさんがいくつか見せてくれた。どこもよく片付いているようだ。タウン誌の会員レポーターは100人以上いて、リアルタイムで会場のあちこちから短いレポートや写真を送ってくる。送っただけでポイントになり、文章が採用されると高いポイントがその都度もらえる。

「うわあー、幻想的、これが精霊流しなんだ」

せせらぎ公園の前を流れる西の運河に、紙と木でできた素朴な灯がゆらゆらと流れてくる。花火は一時お休み、船宿ホテルからは屋形船の第一弾が出港したころだ。

リサイクルコーナーを手伝ってくれるボランティアの人たちは子の会場にもたくさんいてツクシと明るく声をかけあう。

「あ、北石照三さん、受賞おめでとうございます!」

北石さんは浴衣姿の奥さんと娘さんとニコニコで手を振ってくれた。浴衣姿の人々はますます数を増して、後半の花火を期待している。

パーティー会場ではそのころ、池井ケイが、計画をついに実行に移したのであった。彼女はきらびやかなアクセサリーを輝かせながら、料理コーナーから飲み物コーナーへと歩いて行った。

「あら、高原ミルク、おいしそうね」

彼女はジュースを飲む用の長い細手のグラスをさっと取ると、中にプリン牧場特製の高原ミルクを半分ほど注いだ。まわりにパーティー客は多いが、誰も気づいてはいない。そしてそこにあの高級バッグに忍ばせておいた、例の風邪薬のカプセルを1粒入れた。もう、カプセルはミルクの白い色にのまれて全く分からない。データでは20秒で溶けだすと30秒で、もう溶けきって探しても見つからない。池井ケイは念のためにストローで数回かき回し、完全に溶かしきった。誰にも見られなかったろうか?これで第一弾階は終了だ。

でも注いだミルクをストローでかき回すという意味不明な行動をちゃんと見ていた人がいたのだった。

「よかった、蒸しエビと蒸し蟹のマヨドレがあるわ」

池井ケイがほくそえんだ。この船宿ホテルの人気メニュー、蒸したばかりの、ほかほかの殻をむいたエビとカニにマヨネーズドレッシングをかけたものだ。太いかに芦屋ぷりぷりの 大エビがごろごろ入ったボリュームたっぷりの料理だ。池井は二つの小皿にそれを盛りつけた。次の段階に移る。

「あら、池井先生じゃありませんか?先日は宝石セミナーでお世話になりました」

知り合いのマダムが声をかけてくる。笑顔で迎える池井ケイ。

「先生にお世話いただいたあの深い青のタンザナイトがお友達のパーティーで大評判で」

池井ケイはマダムとの会話を楽しみながら、でもその顔と両手は全く別の動きをしていた。ストローをスポイト代わりに使って、細菌兵器を溶かしこんだミルクをグラスからエビやカニの入った二つの小皿にたっぷりと垂らしたのだった。白く乳化したドレッシングに白いミルクは紛れてまったくわからない。

「あら、あの方、村長さんかしら、ちょっと挨拶に行ってくるわ」

池井は偶然気づいたふりをして、お盆にグラスとエビカニの小皿を2皿載せて歩き出した。村長の横には佐藤町長や、浜崎さんもいる。

「村長さんですよね、来賓の方々もよかったらこれをどうぞ、皆さんでお召し上がりください。この船宿ホテルの人気メニューですのよ」

突然現れた金ぴかの美女のお勧めとあっておじさんたちは笑顔で迎えた。村長が遠慮していると、海の男、浜崎さんがさっと小皿を受け取った。

「ほほう、エビやカニは大好物でね」

浜崎さんが大きなエビをガブっと食べた。やった。ターゲットの口に入った。作戦成功だ。池井ケイが思わず微笑んだ。これで、ホテルの食中毒事件となり、磯貝町との交渉は決裂になる。ところがそこに、妙なおばさんが割り込んできた。

「あらちょっと、来賓の先生方ちょっとだけ待ってもらえば、蒸したてのアツアツのエビカニとお取り換えしますよ」

何だ、このおばさんは?一応ホテルの従業員の制服を着ている。

「ちょっと、私がせっかくよそったのに…?!」

せっかくの計画が台無しだ。だが池井ケイが文句を言っても、いっこうに気にしないでグイグイくる。浜崎さんの持っていたエビカニの小皿を奪い取るように持っていく。

「だって熱々のほうがいいでしょう?ほらほら、片付けますよ」

一瞬の早業だった。さらにさっと洗われたもう一人の若い従業員がもう一枚の小皿と細菌入りのミルクのグラスを持って行ってしまった。

「ちょっと!何をするんですか!!」

これはまずい、池井が本気で怒ると、先に来たおばさんがふりむいた。

「あら、なにかまずかったかしら?」

池井は目をまん丸にして驚いた。それはあの道の駅の時のおばさんのリーダー、有賀タミではないか?そう、ホテルの郷田支配人から従業員のユニフォームを借りて会場に忍び込んでいたのだ。有賀タミの目に力が入り、池井を威圧した。

「もうあきらめなさい、まったく何をしようとしていたんだかねえ」

その時、突然近づいてきたあの矢場鋳蔵刑事が池井の左手首をつかんだ。

「やっぱりお前か、灰原薔薇代!」

さらに刑事の部下が足早に駆け込み、小皿二枚とミルクグラスを確保した。

「うう、なぜ、なぜわかった?!」

「いやなに、このおばさんから緊急に連絡が入ってね、半信半疑でやってきたら、灰原薔薇代さんがいたというわけだ」

「く、まさかそんな」

「さ、年貢の納め時だ。あきらめて一緒に来るんだ」

そう言って矢場が左手を引いた時だった、

ぐぉおおおお、な、何をした!

矢場が掌を抑えて苦しんだ。

「左手の指輪には、激痛を伴う特殊な毒針が仕込んであるの。じゃあね」

池井ケイは、体中に仕込んである宝石を外しながら走り始めた。

「ま、待て!」

逃がすまいと立ちはだかる刑事の部下、そして警備員たち。だが、足元に池井ケイが外した宝石を投げつけると次々に爆発を起こした。小型の爆弾だったのだ。のけぞる男たち、しかも爆発の後に白い煙が立ち上る。

「うわ、催涙ガスだ。に、逃げろ」

突然の出来事にパーティー会場はパニック状態となる。あわてて思い思いの方向に走り出す客たち、その人ごみの中をさっと走りぬけていく池井ケイ。目指すは展望台へのゲートから出られる非常階段だ。走りながらミスターGへと緊急通信を送る。

そのころパニック状態になったパーティー会場では、騒ぎを収めようと刑事や警備員が駆け回っていた。

「矢場刑事、犯人はゲートから非常階段へと逃げたようです」

「よし、高橋刑事、けが人の手当てと非常体制の連絡だ。おれはすぐにあの女を追いかける!」

矢場刑事がはれ上がった掌を押さえながら走り始めた時、将軍、吉宗先生が割り込んで叫んだ。

「今うちの救急病院の車両がここに向かっています。けが人はすぐに私のところへ。そして、小皿のものを食べてしまった人もすぐにここに、吐かせて胃の殺菌消毒をします」

パニック状態は収まりつつあった。

「うわあっ!」

ゲート前を固めていた警備員どもを大粒のルビー爆弾で蹴散らし、ゲートへと出る池井ケイ。だがその時、池井ケイの後ろにぴたりとついてくる誰かがいる。

「速い、一体誰なの?!」

さっきの若い従業員のようだった。

そしてついに非常階段に出た淡い非常灯の下、その従業員がつかみかかってきた。

「なにすんのよ!!」

あの高級バッグを振り回し、顔面をひっぱたき、振り払い、階段を下りだす池井ケイ、負けずに追いすがる従業員。二人はこの地上数10メートルの階段の上でもみ合いになる。

「く、あんたはあの時の!」

従業員に変装していたのは葬儀屋のエリート社員、黒の姫、安徳寺ミツ、セクシー美女、アンミツだったのだ。

「く、なかなかやるわね、あんた」

特殊訓練を受けてきた池井ケイは、格闘でも自信はあった、だがこのアンミツはなかなかしぶとく、突き離されても何度でも階段を下りて向かってくるのだ。

「ふふ、葬るのが仕事なもんでね…」

そのころ精霊流しが見事に見下ろせるこの非常階段の下でも、別な戦いが始まろうとしていた。

「わかった、タミさん。じゃあ、西の非常階段だな。下から行って挟み撃ちにしてやる」

ホテルのロビーから一人の男が外に飛び出した。シークレットファイブの忍者修行僧、月光だ。だが、非常階段の下まで走ったとき、立ちふさがる影があった。

「あきらめな、ボーイ。ここから先は通れない」

192センチの長身、鋼の様な筋肉を黒いスーツに納めて、サングラスが光る。非常階段の入口に現われたのはあのミスターGだった。

「いや、今はどうあっても通してもらう!」

月光が走り出て、非常階段に無理やり登って行こうとする。

「失せな!」

その瞬間、ミスターGの鉄拳が容赦なく月光を吹っ飛ばす。

「ぐ、鉄のハンマーで叩かれたみたいだ。だが…」

しかし、月光はむくりと起き上がり、鋭い正拳突きと蹴り技連打で、今度は逆にミスターGをのけぞらす。

「やるな、ボーイ。だが中国憲法とも空手とも違う…」

「うちの宗派は密教の荒行の一つとして日本の古武道を取り入れている」

どちらも引かない、火花が散る。

だがその時、非常階段を転げ落ちるように二つの影が飛び込んできた。

「遅いぞ、こっちだ」

「ごめん、例のやつらに付きまとわれて」

だがミスターGはさっと池井ケイを先に逃がすと、後ろに来ていたアンミツをさっと背中から抑えて、月光を威圧した。

「動くとこいつの命はないぞ」

「ひ、卑怯な?!」

うごきの止まる月光、池井ケイはさっと止めてあった自動車に飛び乗った。動き出す自動車、だがその時まさかのミスターGがうめいた。

「グワオオ!」

なんとアンミツがハイヒールを、ミスターGの足の甲を踏みぬかんとばかりに突きさした。激痛で一瞬力が抜ける。さっと逃げるアンミツ、すかさず襲いかかる月光、あわてて自動車に飛び乗るミスターG。追いすがる月光を必死で蹴飛ばして動き出す自動車。

「グォオオオン、ブロロロロロ!」

スピードを上げる自動車。そこに非常階段をかけ下りてきた矢場刑事が追いついた。

「…ほら、あっちこっちからパトカーのサイレンが聞こえるだろう。この一帯はもう警察が取り囲んだ。車の情報はもう送ってある。やつらの命も時間の問題さ」

そう言われると確かにあちこちからサイレンの音が聞こえてくる。

だが驚いたのは、池井ケイが運転する車が次の角をまがった瞬間だった。

「ここの角から100メートルほどは監視カメラもない。さあ、今がチャンスね」

運転する池井ケイが何かボタンを押すと、自動で瞬時に窓ガラスにスモークがかかり、内部が見えなくなった。そしてその一瞬にして車体の色がシルバーからブラックにチェンジしナンバープレートまでが書き変わった。これも組織が開発した最新鋭の特殊なスパイカーだったのだ。

そしてグレイローズ、謎の女が運転するスパイカーは、最初の非常線を突破、町の外に出る大きな道路をぐいぐい進んでいった。するとそこに今度は謎のトレーラーが現れた。

「トモコちゃんこっちだ」

トレーラーの後ろの扉が開いて、中から中年の男が叫んだ。誰でもない、あの葛飾ストアーの店長、葛飾内蔵だ。そのままトレーラーの中に滑り込んでいくスパイカー、トレーラーは、そのまま葛飾ストアーの倉庫へと走り去った。

「しかし、やつらプロだな。パーティー会場には手がかりらしい手がかりが何ものこっていないらしい」

だがその矢場刑事の言葉を聞いたアンミツが何かを取り出した。

「これ、何かの手がかりになるかしら…」

それは、池井ケイを追跡中、顔面をひっぱたいてきた高級バッグだった。悔しくて無理やりつかみ取ったのだった。

「こりゃ、えらいものを手に入れたな。わかった、すぐ鑑識に回してみよう」

「ちくしょう、行っちまった」

悔しがる月光、そこにアンミツが近づいてきた。

「お疲れ様。私が捕まらなければきっとうまくいっていたのに。ごめんなさい」

「いいや、君は自分の力で逃げ出したんだからたいしたものさ」

悔しがる月光。その時アンミツが何かに気づいた。

「…あら、あっちを見て」

「えっ?」

すると船宿ホテルのすぐ横の西の運河に数えきれない明りが流れてきた。

「精霊流しか…やっぱきれいだな」

さらに頭の上では花火が景気よく鳴り響いた。そう、花火大会の公判が始まったのだ。

そのころ、花火を見上げながらツクシはつぶやいた。

「今のところごみのリサイクル作戦は、このせせらぎ公園でもうまくいっている。あとひと頑張りね」

老人会や町のボランティアの活躍は目覚ましかったが、小学生がみんなで率先してリサイクルボックスに来てくれたのがよかったようだ。ツクシは、運河に明りが揺れ、夜空に花火が光りまたたく、このすばらしい夏の夜に、もうひと頑張りと汗をぬぐい、顔をあげたのであった。

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